見出し画像

風評と怒りの伝道者 山本太郎研究

── 第2回 ──

独自解析や集計ほか先行研究の紹介をまじえ論考しています。第1回より長文なので、結論をお急ぎのかたは「目次」から「まとめ」に飛んでお読みください。またグラフや図はクリック/タップすることで拡大できます。

加藤文宏


第2回のはじめに

 本論は第1回から、山本太郎とは何者か、彼の政治とは何かを、印象で語るのではなく実際のできごとと数値や数量を突き合わせて解明している。

 「 風評と怒りの伝道者 山本太郎研究」第1回では、次の5点をあきらかにした。

■山本のパフォーマンスは、人々の不安感や怒りへの抑圧された自制心を解き放つもので、手段であると同時に目的として完結していた。
■パフォーマンスは刺激が強くても、興味を維持する基盤が脆弱なため一過性で終わり、このため何度も演出され繰り返される。
■山本は何も成し得ていない。
■反原発色が濃厚だった時期から続く山本の支持基盤は──杉並区、国立市、三鷹市、武蔵野市、世田谷区、渋谷区、目黒区、文京区と、西東京市など多摩エリア。
■これらの地域で支持が生じ、支持が持続した背景は──原発事故にまつわる虚像を報道した朝日新聞の購読数が他紙より多い地域とオーバーラップし、反原発の立場をとるものが多い生協の組合員加入率が高いことと無関係ではない。

 そして、以下の仮説を立てた。

□[仮説]山本/朝日(メディア)・生協/都内支持地域の間に発生する情報の循環が、風評加害の発生回路となった。この局地的な動向が、現在に至る風評加害・被害の経過を決定づけた。

 この仮説を検証するため、マスメディアが原発事故について何を、どのように、どれだけ伝えたかあきらかにしておく必要がある。第2回は、まずここからはじめることにする。


何がどれだけ伝えられたのか

 首都圏から自主避難した12名の女性は、まずマスメディアの報道で原発事故の様子を追って、ネット掲示板やSNSで本音を吐露するほか、ネットコミュニティーの動向から影響を受けていたと証言している。他のルートで原発事故についての情報を入手していた者はなく、例外的に北関東や東北在住の知人の発言を報道と比較していたケースがあったくらいだ。

 そのうえで、ネット上の著名人よりも、過去からマスメディアに取り上げられていた山本太郎や武田邦彦のほか、原発事故を契機に広く知られるようになりマスメディアに登場することもあった小出裕章などを信頼する傾向が強かった。ある自主避難者は福島産の農作物を毒物扱いしたネット著名人の大学教授を「ヒステリックに思う」としながら、「ベクレてる」発言をした山本を「熱い人」と賞賛している。マスメディアで取り上げられて人物像が可視化される影響は大きかったのである。

 私たちが目にする報道は、「報道フレーム」と呼ばれる選択と解釈を経て、何を取材して取り上げるか、取材で得た内容をどのように整理して記事や映像にするか決定されたうえで送り出されている。原発事故にまつわる報道も、各報道機関ごとに選択と解釈に違いがある。

 原発と報道フレームの関係について先行研究を紹介する。

 朝日新聞の報道を検証した研究(大山 1999 「原子力報道にみるメディア・フレームの変遷」)では、朝日の報道フレームの変遷について論調についてはポジティブからネガティブへの動きがあり、フレームについては70年代以降にProgress(原子力への期待)が減少し、Runaway(原子力を危険とみなす)と Public Accountability(責任の要求)が主要なフレームになったと指摘されている。

 朝日新聞は国内で原発が稼働する前は期待感を語り、稼働してからは危険視する報道フレームから情報を発信するように態度を変えたのだ。

  また朝日新聞、読売新聞、毎日新聞の3紙の社説を対象にした分析(伊藤 2012 「福島第一原発事故以降の原子力報道─事故後3ヶ月間の新聞社説の論調から見えてくること─)では、朝日と毎日が脱原発、読売が原発推進と論調の違いがあり、読売は地球温暖化対策と日本経済の維持両面から推進の立場であったとしている。

 この指摘は、読者の印象とも一致していることだろう。

 朝日新聞と読売新聞の社説をヒューマン・コーディングとコンピュータ・コーディングでテキストを分析した研究(名和・中 村 2022 「朝日新聞と読売新聞の社説における 原発報道の論調とフレーム 」)でも、原発存続に否定的な朝日と、肯定的な読売という違いが計量的にあきらかにされている。

 いつになく立場の違いが鮮明だった原発報道だが、膨大な量の情報が発信された点でも異例であった。

 報道量を検証した研究(谷・水原・米倉・小林 2022 「震災テレビ放送・報道10年の全体像」)によれば、2012年から2013年中の期間は「原発」の件数は「震災」の2倍から多いときには4〜5倍に上っていた状態で、たとえば2013年9月は「原発」1,966件に対し、「復興」は753件と大きな差があった。

2022 谷正名・水原俊博・米倉律・小林千菜美 「震災テレビ放送・報道10年の全体像」より引用。

 原発報道ではないが、山本太郎が2015年に国会で行った牛歩と喪服パフォーマンスは、フジテレビ「みんなのニュース」で総釈232秒、5分23秒も映し出しされ、他局でも多くの時間を割いて報道されている(メディア研究部 番組研究グループ 安全保障報道分析チーム 2016 「安全保障関連法案 テレビ報道の分析」)。これだけでなく、山本の瓦礫焼却で母親が著しく体調を崩したとする発言は、そのまま複数のメディアによって報じられたが、同時期に批判を行ったのは雑誌SAPIOの2013年4月号のみであった。

2016 メディア研究部 番組研究グループ 安全保障報道分析チーム「安全保障関連法案 テレビ報道の分析」より引用。

 情報量によって人物への信頼度が必ずしも上がるとは言い切れないが、量と機会が増えることで強い印象を残すのはまちがいなく、これが「山本太郎」が検索される回数の増加となって現れているのは前回説明したとおりである。

山本は何かを達成するでもなく、怒りをぶつける代替行為(パフォーマンス)を繰り返した。 


山本太郎と東京都の特定地域を考えるために

 原発事故と山本太郎についての情報が大量に発信されていたことがわかった。しかし、これは支持基盤である東京都の城西エリアと隣接する一部多摩エリアだけのものではなく、全国的な傾向である。

 だが、東京都(ならびに埼玉県、神奈川県)は、放射線デマに対しても特殊な反応を示した地域で、情報の受け取り方と消費が独自であった。

 放射線デマと密接な関係がある、大袈裟な話を吹聴して効果がないサプリメントを売り捌く科学者「クリス・バズビー(検索クエリとしてはクリス バズビー)」、「低線量被曝」や「低線量被曝 症状」は、ほぼ東京都からのみ検索されていて、検索数の規模は一般的なクエリ「復興」の100分の1から10分の1以下程度であった。なお、このなかで検索数がやや多かった「低線量被曝」は山本の支持基盤のひとつである渋谷区から集中的に検索されていた[*注1]。

 このような東京都(または首都圏)の特殊な事情を踏まえたうえで、城西エリアと一部多摩エリアを考える必要がある。

*注1/これらのクエリを使用した検索はあまりに少ないため、「クリス・バズビー」「低線量被曝 症状」では東京都のどの都市から検索されることが多かったか検出するのが不可能だった。渋谷区から「低線量被曝」を検索した回数が多いのはまちがいないがサンプル数が少ない点を考慮しなければならない。

 いま明らかになっているのは、山本の支持基盤は朝日新聞の購読率が高く、生協に加入している住民が多いことだ。そこで全国で朝日新聞の普及率が高い自治体を抽出して、さらに生協加入率が高い地域との比較を試みた[*注2]。

 朝日新聞の購読率が高く、生協に加入している住民が多い自治体のうち、首都圏に属する県と震災被災県を除くと奈良県宮崎県が残る。そこで両県を東京都と比較すれば、自ずと東京都の山本太郎支持基盤との違いが浮き彫りになるはずである。

*注2/朝日新聞の普及率は、震災被害のため2011年データに欠けがあるため2012年のものを使用した。各地の生協加入率は2010年代の資料がそろわなかったため2018年のものを使用した。なお普及率、加入率ともに、長年にわたり順位に大きな変動はない。


メディア・生協・山本太郎

 東京都、奈良県、宮崎県について比較を行った。

 まず山本太郎への興味だが、2011年から12年は東京都で興味の度合いが低い。しかし2012年の衆院選に東京第8区(杉並区)から立候補した彼は、落選したものの71,028票(絶対得票率25%)を獲得している。つまり、大半の都民は山本太郎に関心を抱いていなかったが、杉並区では有権者の4分の1が支持をしていたことになる。

 2013年には、参院選に東京選挙区から立候補して当選。2013年から14年は東京都では山本への興味は着実に高まり、2015年から2016年では順位を2位まで上げている。2017年から18年で順位を下げたものの、2019年の衆院選と2020年の都知事選があった2年間は、興味の度合いが全国でもっとも高かった。この間、奈良県と宮崎県の動向は東京都とも、これら2県間でも相関性があるとは言い難い推移を見せている。

 2017年から18年は全国的に山本への興味が著しく減退した時期だ。この期間を除いて東京都で選挙活動を展開するたび、山本への興味の度合いが高まっている。しかし前述のように奈良県と宮崎県では興味の度合いが上下し、選挙との関係はないようにみえる。俳優や活動家としての山本の知名度は全国的だが、政治家としての実態は東京ローカルな存在であったのだ。

 そして朝日新聞と生協の影響があったとすると、東京都と奈良県と宮崎県では影響の与えかたがちがったといえる。

 続いて地域と朝日新聞と生協の関係を検討する。

 山本太郎の支持基盤となっている東京都の区と市は、職住一体型の産業が他と比べて少なく第3次産業の比率が高いだけでなく、独自の文化をかたちづくる高学歴層の住民が多い印象がある。そこで2010年の国勢調査データをもとに高等教育卒業者数と、国勢調査をもとにした都のデータから大学・大学院卒業者人口を調べ、山本太郎支持、朝日新聞の購読数、生協加入率、革新系自治体か否かを重ね合わせたのが下図である。

 奈良県と宮崎県との比較では、高等教育卒業者数で東京都が有意に優っていた。奈良県には日本共産党が与党となっている自治体が1つ、宮崎県には社会民主党を経て無所属の首長がいる自治体が1つあった。

 東京都の市区町村(島嶼部のぞく)を大学・大学院卒者の比率によって順に並べると、上位の地域は山本太郎支持や朝日新聞の普及率や生協加入率と相関が強く、日本共産党が与党となっている議会数、革新系の人物が首長の座にいた回数が多いのが一目瞭然になる。

 生協加入率を計量分析した研究(2001 福重・檜 「生活協同組合加入率の計量分析」)でも、第3次産業従事者比率が高い地域では加入率が高く、左翼党支持と生協加入率に正の関係があるのが指摘されている。

 東京都なかでも城西エリアと隣接する一部多摩エリアは、住民の学歴が朝日新聞と生協と左派政治を結びつけ、この背景のもと山本への支持が生じている。これは、左派の支持基盤が低所得労働者から高学歴の知的労働者へ移行したとするトマ・ピケティの指摘を、少なくとも形式的になぞる状態といえる。

 そして、左派リベラル高学歴層が山本と朝日新聞が発信した情報をより多く受け入れ、信頼していたことになる。朝日新聞が原発の存続を否定する報道フレームから情報を発信していたことは前述した。しかも「鼻血」に代表される事実を歪曲した報道をした点は、山本が事実と異なる大袈裟な風評を吹聴したのと似ている。

 では、生協は首都圏住民ことに東京都の山本太郎支持層に、何を伝えたのだろうか。


生協は何を伝えたか

 東京都の地域生協は組合員数順に、生活協同組合コープみらい、生活協同組合パルシステム東京、東都生活協同組合、生活クラブ生活協同組合、自然派くらぶ生活協同組合、小笠原消費生活協同組合で、準会員生協として千葉県内と東京東部の一部をエリアとするなのはな生活協同組合がある[*注3] 。

*注3/2013年にちばコープ、さいたまコープ、コープとうきょうが合併してコープみらいが発足し、2020年9月には東京南部生協が東都生協に吸収されている。

 これらのうち山本太郎の支持基盤を営業エリアにし、2011年から現在に至る活動と主張を追える生協として、パルシステ東京を統括するパルシステム連合会と、生活クラブ生活協同組合を検討の対象にした。

 両生協はWEBページにプレスリリースと組合員への告知や読み物を公開しているほか、生活クラブは発行済みメールマガジンを過去に公開していたので、これらを解析して、名詞の使用頻度から発信された情報の傾向をあきらかにした。

 2011年3月11日以降12月までのプレスリリースと告知や読み物で名詞の出現頻度を調べ、生活クラブとパルシステムで比較すると下図のようになった。なお検討の対象にいる名詞は使用された回数の上位100位までとした。

生活クラブとパルシステムの広報・読み物を比較

 両生協の違いは、原発事故にまつわる名詞の出現頻度にあった。

 生活クラブでは、次のいずれもがパルシステムの読み物での出現頻度を上回っていたか、生活クラブでのみ使用された。

[放射(線・能・性物質)][検査][原発][汚染][値][事故][測定][基準][規制][安全][影響][子ども][健康][遺伝][検出]

 他に生活クラブで特徴的だったのは、TPP反対を訴える[TPP]であった。なお[遺伝]は原発事故による放射線が遺伝子に影響をもたらすという表現と、TPP反対の根拠として遺伝子組み換え作物が輸入されるとする説明の2分野で使用されていた。

 パルシステムでは、

[福島][東京][被災][原子(力・力発電)]

が、生活クラブの読み物での出現頻度を上回った。

 他にパルシステムで特徴的だったのは、

[支援][炊き出し][復興][カンパ]

であった。

 以上の比較から、
1. 生活クラブは原発事故について危機感を強調
2. 生活クラブは放射線の影響が「子ども」にも及ぶか、既に及んでいると直接または間接的に表現
4. パルシステムは楽観的ではないものの危機感を強調しない
3. パルシステムは被災者支援など共感を基調にした情報を発信
と情報の内容と方向性に大きな違いがあるのがわかった。

 次に生活クラブのメルマガで同様の処理を行い、2011年から2013年までの1年間ごと比較した。

 2011年は原発事故にまつわる名詞と、生協らしい扱い品目が

[放射(線・能・性物質)][検査][結果]{豚肉][野菜][鶏卵][牛肉][わかめ][ナチュラル][せっけん][エコ]

以上のように頻出していた。

 2012年になると、

[(放射線検査)データベース]

が頻出し、食材名など生協らしさを感じる名詞が100位以内から消えた。これは生活クラブで検査体制と検査結果の公開手段が2012年になって確立され、常にメルマガで紹介されるようになったからだ。

 このほか同年の特徴は、前年からの[活動]に加えて、

[開催][運動][参加][制度][反対][集会]

と政治運動を強く感じさせる名詞が登場し、中庸な表現[意見][感想]が消えた点にある。またメルマガでも反TPPが重要なテーマとして語られたことで、[TPP]が上位100位以内に現れた。[復興]は大きく順位を落としている。

 2013年は3月に政府がTPP参加を表明したため、反対の論調に変化が現れ[TPP]は100位以内から消え、代わりに[国産]が登場している。未だ

[放射(線・能・性物質)][結果][検査][(放射線検査)データベース]

が上位にあるものの、

[野菜]{せっけん][ヨーグルト][牛肉][マネー][豚肉][油]

といった生活に関する名詞が100位以内に入っている。

 生活クラブのメルマガは
1. 生活密着型の具体性が高い役立つ情報を伝える媒体であった
2. 2011年は生協が販売する食品は放射線被ばくのリスクが低く安全と訴求された
3. 2012年は線量検査の結果が頻繁に伝えられた
4. 2012年は反原発運動への参加が呼びかけられた (同年、反原発運動が組織化が進んで規模が大きい集会やデモが頻繁に行われるようになった)
5. 2012年は反原発だけでなく反TPPの主張が頻繁に取り上げられて政治性が強くなり、[意見][感想]が表明されるより、運動の目的と目標が語られるようになった
6. これらによって2012年は被災地への復興について語られる機会が大幅に減った
7. 2013年は生活密接型の情報にやや戻すものの、依然として2012年の傾向のままであった
といった特徴があった。

 では、この2011年から2013年にかけて国内はどのような状況にあったのか。

 インターネットを特定のクエリ(単語や短文)で検索した件数は、そのクエリへの興味の規模として見ることができる。憂慮の念がともなう検索クエリ「福島産」「被曝」「セシウム」は2011年の夏に検索数のピークを迎え、2012年までに急落し、2013年に沈静化の一途をたどった。対して「福島 桃」の検索数は2013年または2014年から増加に転じ、検索で得られる情報も大半が好意的なものであった。2014年4月28日発売の「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)に掲載された『美味しんぼ』の作中で、福島県を訪れた登場人物が鼻血を流す描写にあり得ないと批判が殺到するほど、国内は冷静さを取り戻していた。

検索クエリ「(憂慮の念をふくむ)福島産」「被曝」「セシウム」と「福島 桃」にみる興味の推移

 このように原発事故への不安感や危機感は2011年内に収束へ向かい、2014年までに多くの人々は平静さを取り戻し、原発事故の影響について興味を失っていたのである。

 だが国内の興味と意識の変化があったにもかかわらず、生活クラブは食品中の放射性セシウム濃度検査の結果をデータベースをもとに逐一報告するようになり、原発存続に否定的な政治的メッセージの発信する頻度も高くなっている。しかも、2012年衆院選と2013年参院選で山本が掲げた公約のうち原発の存続否定、反TPP、護憲は生活クラブの政治的主張と一致している。

 反原発デモや集会は2012年になって盛んになったが、これは事故から1年が経過して運動の組織化が完了したためで、2011年までは個別に行われていた運動が、2012年には17万人を集めたとされる「さようなら原発10万人集会」が行われるまでになる。人々の危機感の総和がデモの規模を大きくしたのではなく、組織化によって生協のみならず活動家や政治家の働きかけが危機感を指数関数的に増大させたのである。

 では危機感を強調する情報に触れた人々は、どのような影響を受けたのだろうか。

 単語としては一般的であるが、原発事故直後から特殊な意味合いで使用された「避難」と「疎開[*注4]」への興味の度合いを調べた。下図の折れ線グラフは2011年1月から2013年12月31日までの検索クエリ「避難」と「疎開」の東京都内にかぎった検索動向を示している。原発事故直後に「避難」ならびに「疎開」の検索数が増加していることから、これらは放射線の害から逃れることへの興味であったのがわかる。

 こうした興味を抱いた人がいた地域と、検索数からみた興味の度合いに、山本太郎の得票率上位地域、朝日新聞の普及率が高い地域、生協加入率が高い地域を重ね合わせると、放射線の害からの「避難」や「疎開」に興味をもった地域が城西エリアと一部多摩エリアに偏る傾向があった。 

 左派リベラル高学歴の人々は、朝日新聞と山本太郎だけでなく、生協から生活密着型の情報として、現実の状況以上の危機感を与えられ、ここに不安感だけでなく怒りが生じたのである。

*注4/疎開は本来、災害や戦争に際して被害を抑えるため都市部に集中した人や施設や建築をまばらにする政策である。しかし原発事故直後は「自主避難」より「疎開」と言われることが多く、山本太郎もツイートで避難を疎開と表現していた。


風評の温床としてのエリアと属性

 山本、朝日新聞・生協、都内の支持基盤地域の間に発生する情報の循環が、風評加害の発生回路となったことと、この局地的な動向が、現在に至る風評加害・被害の経過を決定づけたことを検証している。

 東京都の城西エリア、これと隣接する一部多摩エリアに居住する左派リベラル高学歴の人々とは、何者なのかをあきらかにしたい。この人たちは反原発運動の主な担い手だったのだろうか。

 東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県に居住する20 歳から 79 歳までの男女を対象にして2017年に行われた大規模調査〈インターネット調査/有効回答数77,084〉・郵送調査/有効回答数11,508〉〉(2018 佐藤・原田・永・松谷・樋口・大畑「3.11後の運動参加 反・脱原発運動と反安保法制運動への参加を中心に」 )によれば、
・ (脱原発運動は)60代、70代の参加率の高さが際立っており、50代以下の参加率には大きな違いがなく
・ 大卒層(短大卒含む) で参加率が高く、非大卒層(中学・高校卒)で低
・ 反・脱原発デモ、反安保法制デモともに、階層帰属意識「上」[*注5]の 参加率が相対的に高く
・ リベラル(左)を自認する者については、その程度が高いほど参加比率も高い
のがわかった。

*注5/自分がどの社会的階層に属しているかという主観的意識。客観的な数値に基づくものではない。階層帰属意識「上」とは、社会的地位が高い層に属しているとする意識。

 この調査では反安保デモへの参加率と比較して反原発デモの方が、女性の参加比率が少し高いものの反原発運動で女性が多いとまではいえないとしているが、201年12月に実施された全国調査(2012 高橋・政木 「東日本大震災で日本人はどう変わったか」)では、原発否定派は中年30~50歳女性では74% に達するが若年16~29歳男性では47% に過ぎなかった。これはデモで見かける女性とは比較にならない数で、反原発派の女性が存在しているのを意味する。

 山本太郎の支持基盤と重なる城西エリアと一部多摩エリアでリベラル(左)を自認する者が多いのは当然である。また2012年度全国生協組合員意識調査では、会員の9割が女性で、60代以上は34.1%、30代以下は19.2%であった。しかも、このエリアは住民総数から見て高学歴傾向があるだけでなく、女性の学歴もまた高い。

 そして、生活クラブだけでなく穏健な姿勢をとったパルシステムでも、反原発運動のさまざまな活動を告知している。反原発と強い被曝忌避は生協に共通する姿勢であったのだ。以下の写真は、東京都の地域生協準会員で過激な反原発活動を展開したなのはな生協が、サイト内で公開している2013年から2021年のデモの様子である。女性の参加者が目立ち、中高年の人々が多く、調査結果とも一致しているように見える。

なのはな生協が公開しているデモ画像

 上位の階級に帰属しているとする意識はどうだろうか。

 東京都の各地域を所得で順位付け[*注6]し、これまでのように山本太郎支持、朝日新聞普及率、生協加入率、革新系自治体の有無を重ね合わると、山本の支持基盤地域はプチブルジョア傾向が強いのがわかった。

*注6/各地域の納税義務者数と総所得金額は「平成23年度 市町村税課税状況等の調」のデータを参照した。

 これらの地域は前述した通り、第三次産業従事者しかも専門職・管理職が多く、職住一体型産業が少ない傾向にあり、西寄りエリア〈杉並区、小金井市〉をテクノクラート自由主義、都心付近〈文京区、港区〉を保守上流と目する研究(2007 松谷・伊藤・久保田・樋口・矢部・高木・丸山 「東京の社会的ミリューと政治 ──2005年東京調査の予備的分析」)もある。

 反原発運動に参加した、上位階級への帰属意識を持つ高学歴層で、リベラル・左派を自認する人物像は、山本太郎の支持基盤の住民像と逐一符号するのである。

 

まとめ

 山本太郎の支持基盤である城西エリアと隣接する一部多摩エリアとは何か、支持者たちはどのような人々かあきらかにするため、文字数を費やさざるを得なかった。

 第2回をまとめると、

■風評の温床となった山本太郎の支持基盤エリア(城西・多摩の一部)は、
 ・革新系自治体が多く
 ・朝日新聞普及率と生協加入率が高く
 ・上位階級への帰属意識を持つ高学歴層のプチブルジョア的な
 ・リベラル・左派を自認する人々が多い
 ことで特異的だった。いわゆる「バラモン左翼層」である。
■原発存続に否定的な報道は膨大な量だった。
■原発の存続に否定的で、実際より危機的状況であるかのように伝える情報は、報道だけでなく生協からも発信されていた。
■2012年に反原発運動が活発化したり、一部に被曝を不安視する人々が残ったのは、
 ・同年に運動が組織化されため
 ・同年に検査体制と広報体制が確立され、検出ゼロでも現在まで続けられていため
 で、国内はむしろ沈静化し冷静さを取り戻していた。
■反原発運動は、主に城西エリアと一部多摩エリアのバラモン左翼層によって展開された。
■デモなど原発運動に積極的に参加していたのは当時60代、70代の高齢者であった。
■反原発運動を支えていたのは高齢者に限らぬ女性たちであった。

 以上だ。

 前回、

□山本/朝日(メディア)・生協/都内支持地域の間に発生する。この局地的な動向が、現在に至る風評加害・被害の経過を決定づけた。

 と仮説を立てたが、都内でも山本の支持基盤地域は特異なエリアで、それゆえに「局地」であるのがわかった。そして特異性は住民の特性によって決定づけられていた。ここに山本のみならず朝日新聞と生協の原発存続に否定的論調と、大袈裟に危機感を煽る傾向が影響を与え、これは一過性のものでなく、現在まで続いていた。このため国内で危機感や不安感が消え去ったあとも、風評加害情報の発信が止まらなかった。

 このエリアが風評加害の発生回路となったこと、現在に至る風評加害・被害の経過を決定づけたのはまちがいなかったのである。繰り返すが、放射線デマや自主避難を想起させる検索は当該エリアから集中し、こうしたものへ興味と近しい内容の情報と触れる機会が多かったのも当該エリアだった。

論文「首都圏から被曝不安層および自主避難者を生んだ情報災害の構造解明」より

 シティー・カルチャーへの迎合と考えるなら山本の運動と政治はポピュリズムであるが、迎合するエリアの文化や空気感が「大衆」のものでなく「エリート」のものであるなら、それは「大衆迎合」要素を除いた衆愚政治・扇動政治・反知性主義と言わざるを得ない。

 次回は、山本とバラモン左翼層が衆愚政治・扇動政治・反知性主義に傾倒し、反原発をポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)として、被災地域の実情を無視したり、意に反する被災者や被災者を救済する人々を排除、攻撃すらした点に踏み込みたいと考えている。

── ● ──

おねがい

 原発事故にまつわる風評加害の抑止を目的として、次の時代に発生する災害や難題を解決する一助になるものでありたいと情報災害の研究を続けています。研究成果は、直近では東日本大震災・原子力災害伝承館の学術研究集会で発表しました。独立系個人の活動であり、近々の収益につながるものではないため、記事の拡散や紹介、noteサポートを利用した寄付で、研究へのご協力をお願い申し上げます。当記事は「研究」の体裁で論考していますが、ご相談いただければ読み物としての執筆その他に対応いたします。


会って聞いて、調査して、何が起こっているか知る記事を心がけています。サポート以外にもフォローなどお気持ちのままによろしくお願いします。ご依頼ごとなど↓「クリエーターへのお問い合わせ」からどうぞ。