森脇由宇《セラピスト・画家・ベーシスト》

絵と音楽と健康にまつわる小話を書きます。桜餅が大好物なアラフォー。

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最近の記事

オイルパステルを使い始めたきっかけ《前編》-油彩画に憧れて-

私は今、オイルパステルという画材を使用して作品を作成しています。 今回は使い始めたきっかけ、そしてオイルパステルの魅力について記していこうと思います。 油彩の放つエネルギーへの憧れ オイルパステルを使い始めたきっかけは、ズバリ『油彩画への憧れ』です。 ※「油彩画に憧れてなんでオイルパステルなんw」と、ごもっともなツッコミが飛んできそうですが、とりあえずここはスルーでお願いします。 油彩画のあのゴテッとした厚塗り感と、鮮やかな発色・・・とにかく作品の放つエネルギーは、

    • 自分との対話から何が見えるのか

      『本当の自分探し』 そんな言葉があるけれど、正直私はくだらないものだと馬鹿にしていた。 そんなのは弱い自分からただ逃げているだけの行動だと。 しかし最近、 『それが自分自身との対話であればどうか?』 と考えるようになった。 私だって、自分のことを自分ではっきりと理解しているかといわれたら返答に困ってしまう。 例えば、不安や自信の無さ。 自分自身を理解し、コントロールできるのであれば、それらは解消するのだろうか。 『本当の自分』とは変化するものなのか、或いは 本質

      • できることをやるか。できないことをやるか。

        絵を描くことについて もう既にできることを数こなしていくのがいいのか、 できないことにチャレンジして、できるようになる方がいいのか。 目標や目的によって、方向がかわるのかもしれないけれど、 目標や目的がない場合なら、どうすればよいものか・・・。 ということは、まずは目標や目的を決めることから始めるべきかもしれないな。 今まであまり目標をたててそれに向かっていくというのはしたことがないから、難しく感じるけれど、 上記の答えを見出すのに必要な作業であることはなんとなく

        • 技巧派否定は無意識に幸福を遠ざけてるかもしれない

          私は若い頃、パワーコードをかき鳴らすようなパンクロックにハマり、真っ白いキャンバスに絵具をぶちまけたようなアートを好みました。 逆に、いわゆる“技巧派”とよばれる音楽やアートは、どこかしっくりこずに、自らそれらを遠ざけ、否定する傾向がありました。 それから時間は流れ、40も間近に迫った今、その価値感がひっくり返ってきた感覚が自分の中にあります。 ■技巧派の否定=テクニックの無い自分を正当化 その要因のひとつに、『歳をとった』というのが考えられます。 単純ですが、これは

        オイルパステルを使い始めたきっかけ《前編》-油彩画に憧れて-

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        • アートラボ【創作活動】
          21本
        • マインドラボ【気づき・アイデア】
          29本
        • セラピストラボ【ボディケア・ヘッドセラピー】
          17本

        記事

          講師はいつも謙虚さを忘れてはならない

          先日、講座に参加された生徒さんから、 『以前、別の団体の講座に参加したのですが、担当講師から 「あなたセラピストなのにそんなことも知らないの!?よくもまぁこれまでやってこれたね。」 って言われて、泣きながら講習を受けたことがあります』 という話を聞きました。 同じ講師として信じられない出来事(発言)で言葉を失いましたが、なぜこんなことが起きるのでしょうか。 ■講師の経験不足 人間は言葉や、言い方を選ぶことができます。 そこでわざわざ相手が傷つく可能性のある言葉や言

          講師はいつも謙虚さを忘れてはならない

          ストレス解消法の見つけ方

          「あなたのストレス解消法はなんですか?」 と聞かれたら、すぐに答えることができますか? 私は先日、知人にこの質問をされ、 パッと返答できませんでした。 趣味がストレス解消法になっている可能性はありますが、 それは結果としてそうなっているだけなので、 質問の答えにはなりません。 思わず「う~ん・・・」 と考えてしまいました。 このことをきっかけに、 ストレス解消法の見つけ方について考えた結果、 ストレス解消法= ストレスが溜まったら○○をやる ではなく、 ○○を

          「自称イクメン」に気付いてほしいこと

          “イクメン”という言葉があるが、この言葉は“積極的に育児に取組む男性”のことをいう。 表現を変えると「育児をする男性」と「そうでない男性」を区別するためにあるともいえる。 最近では、男性も育児休暇がとれるなど、一昔前より随分と男性が育児に対して、積極的に取組める環境になった。 とはいえ、女性には『イクメン』というような、区別する言葉が存在しないことから、今尚『育児は女性がするもの』という考えが色濃くあるように思える。 『イクメン』という言葉は、私が家事や育児に没頭して

          「自称イクメン」に気付いてほしいこと

          情報を発信する側と、受け取る側の違い

          良い腸内環境を語るうえで、善玉菌2:悪玉菌1:日和見菌7という、 腸内細菌の割合を示したものがあります。 しかし、これらは近年(私の知る限りでは10年くらい前)、 一概にこの割合が「良い」とはいえず、腸内細菌の割合は“人によって違う”という見解が広がりを見せています。 とはいえ、ネットや専門書には、上記の割合が最善であるといった記事が今尚多く存在しており、 私はその理由として 『善玉菌2:悪玉菌1:日和見菌7』と言った方がわかりやすいから と考えています。 今回はこの

          情報を発信する側と、受け取る側の違い

          メモ魔は成果を残せない?

          私はセラピスト育成事業をしています。 今までたくさんの生徒さんを実技指導してきた中で 「覚えるのが遅い人」が少なからずいます。 共通している特徴をあげると、 メモ魔になっている人がとても多いです。 「あとで見直せるように」とビッシリ書きこんでいるのですが、 実際に見直すと これ何のメモだっけ・・・・? となって、結局頭の中に何も残っていない状態になっています。 覚えられる自信がない・・・ という不安な気持ちがそうさせてしまうことは わからなくもないですが、

          思考を取っ払った線を描く方法とは

          先日、恩師との再会と、自分の描く『線』についての記事を書きました。 内容をザックリ紹介すると、思考の混ざった線は死んでいて、思考のない線は生きているという話です。 極端な表現ですが、あくまでもこれは、自分の絵を客観的に見た時の感想です。 思考をこらして描かれた線によって生まれた素晴らしい作品は、この世に多く存在します。 描いている時の思考とは 描いている時に思考が働いている場合、 うまく描きたい(見られたい) 失敗したくない 大枠でこの2つが頭の中にあります。これ

          思考を取っ払った線を描く方法とは

          【転職体験記】建築業界からリラクゼーション業界へ

          私は『建築業界』から、自身の腰痛をきっかけに『リラクゼーション業界』に転職しました。 リラクゼーション業界に興味のある方、また現役のリラクゼーションセラピストの方にも読んでいただければ嬉しいです。 ■自分の仕事は人の役に立っているんだろうか 度重なる肉体労働で、人生で初めて腰痛を患ったことをきっかけに、人生で初めて人からケアをしてもらう(マッサージ)という体験をしました。 はじめはどこに行ったらいいかわからず、 整形外科、整骨院を始め、整体院やリラクゼーションサロン

          【転職体験記】建築業界からリラクゼーション業界へ

          「明確な趣味」より「ちょっとした楽しみ」

          前回の記事でも下記の調査内容を取り上げましたが、読んでいく中で、趣味に関する新しい見解があったので、共有したいと思います。 ■幸福度の高い人の56.2%は「明確な『趣味』はなし」 私は常々『趣味を持つことはいいことだ!』と思っているし、人に趣味を持つことをオススメしてきました。 しかし記事によると、 幸福度の高い人の56.2%は「明確な『趣味』はなし」 とのこと! 半分以上の人が趣味を持たずして幸福感を得ることができているという結果に。 自分の経験や体感として、趣

          「明確な趣味」より「ちょっとした楽しみ」

          落ちこみやすい人は「自分のこと」を考えすぎている

          先日、X(旧ツイッター)でこんな投稿を見かけました。 “落ち込みやすい人って「自分のこと」を考えてる時間が、とにかく長いらしい。” 職業柄、思考や感情についての学びをインプット(+アウトプット)することが多いのですが、 もう全ての答えがここに凝縮されているような気がして、もうこの手の勉強は終わったな、とすら思いました。 もう解決です。 落ちこみやすい人は、思考のベクトルが自分に向いている 落ちこみやすい人の特徴を改めてさらっておくと、 物事を深く考えすぎる 周り

          落ちこみやすい人は「自分のこと」を考えすぎている

          思考から生まれた線は死んでいる

          私は高校を卒業してから、福岡のデザイン専門学校に通っていた。 入学の動機は『絵が好き』というだけで、社会に出た時のビジョンを持っていなかったものだから、フワフワしたまま、あっという間に2年間が過ぎてしまった。 専門学校の学科には、水彩・油彩・デッサンなど、いわゆる“アナログな手法”も学べるコースがあり、私は迷わずそのコースに進んだが、 蓋を開ければ、内容の7割はPCで、あとの3割がそれだった。 たしかに『デザイン専門学校』であり『就職に強い!』と謳われていた分、今とな

          一貫性のない記事を量産すること

          noteを始めながら、noteについて色々調べたことがある。 『記事の内容で大切にすべきこと』について、“なるほど”と思ったのは、 読者にとって有意義な情報であること 記事に一貫性があること 他にも色々あったはずだけど、今でもしっかりと頭に残っているのはこの2つだけ。 今でも頭に残っているくらいだから、常々意識しているわけだけども、 どうにもこうにも、うまくいかない。 うまくいかないというか、最近は結構放棄気味。 とくに『一貫性』 私は元々多趣味、且つ飽きっぽい性

          前進してる感じ=幸福

          なにかの本で、 『人間は、成し得た良い結果よりも、前進してる感じや、成長を感じた時に幸福感を得る』 みたいなことを目にした。 付け加えると、その前進感や成長感の大小はあまり関係がないらしい。 とにかく結果に行き着くまでの過程が、幸福感において大事だということだそうだ。 たしかにそれは、自分的には楽器を演奏する時によく感じる。 性能が優れていて、バランスのよいAの楽器と、 性能、バランス共にそこそこなBの楽器があって、 Aは『音を奏でる道具』としては最高だけども、同