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アイヌの衣装と文化に触れて 〜北方先住民族を巡る旅 その3

私がこれまで目にして来た北方先住民族のアート・伝統工芸・文化などについて綴ってきましたが、最終回である本記事では、アイヌの衣装や文化を取り上げました。

第1回 イヌイット・アートについてはこちら

第2回 サーミの伝統手工芸と文化についてはこちら


本記事は4000文字を超えていますので、お時間がある時にどうぞ。



アイヌとの出会い

私がはじめてアイヌの人々に会ったのは、小学生の頃に北海道旅行をした時だった。
あまりにも昔で記憶が曖昧なのだが、家族でたぶん白老のアイヌコタンを訪れ、古式舞踏を見せてもらったり、ムックリと呼ばれる口琴の吹き方まで教えてもらったことは、幼心にとても心に残った。家に帰ってからもしばらくは、持ち帰ったムックリを吹く練習をしていたことを覚えている。
アイヌの衣服とマタンプシと呼ばれる鉢巻も着用させてもらい、そこに施された美しい文様の刺繍がとても印象的だった。

函館市北方民族資料館

子供の頃にアイヌコタンを訪れて以来、ずっとアイヌについてもっと知りたい気持ちがあったが、長い年月を経て、次に私がアイヌに触れる機会を得たのは、数年前の一時帰国の際に訪れた北海道・函館市であった。

アイヌの衣装

私がアイヌに惹かれる理由の一つに、美しい刺繍や切り伏せの装飾が施された衣装、というのが多分にある。
そんな私にとって、「函館市北方民族資料館」に展示されている、衣服・装身具・工芸品は、とても充実した内容で満足のゆくものだった。
アイヌの装いは美しい。
普段着から、祭りなどの儀式に着るハレの日の衣装など、それは単に厳しい寒さから身を守るためだけのものではなく、文様や刺繍には病気や災難から大切な人を守る願いも込められている。

アイヌの衣服には、ルウンペカパラミプチカルカルペチヂリなどがある。

左から:レタラペ、カパラミプ、ルウンペ
函館北方民族資料館の展示より
左から:チヂリ、カパラミプ、アットゥシ
函館北方民族資料館の展示より


ルウンペ
労働や交易で手に入れた綿や絹から作られた衣服。テープ状にした色生地やアイヌ文様に切り抜いた生地を切り伏せし刺繍を施すという手の込んだ作り。
アップリケのように別の布をはめ込んで縫い合わせる切り伏せの技法は、日本の着物にも見られる "切りめ" と似ている。

チカルカルペ
厚手の縞木綿の生地に直線裁ちの黒い布で文様を切り伏せし、その上に刺繍を施したチカルカルペは、北海道全域で着用されたアイヌの衣服だったそうだ。

カパラミプ
明治時代になり白地の木綿が手に入るようになってからは、大きな切り抜き文様を配したカパラミプが作られるようになったという。
切り抜き文様は折った布にハサミで切れ目を入れて作ることから、切り紙のような左右対称の美しさがある。

チヂリ
木綿生地に木綿糸で直接アイヌ文様を刺繍したシンプルな衣服は、主に普段着として着用されていたという。


左から:チヂリ、カパラミプの接近画像
左から:カパラミプ、ルウンペの接近画像
マタンプシ(鉢巻)


この時は一眼レフとスマホの両方で撮影を試みたものの、館内ではガラスに照明が反射して思うように撮影できず。
資料館で手に入れた、アイヌ文化伝承友の会発行のポストカードも参考になった。

アイヌのきもの、もんよう
アイヌ文化伝承友の会:発行



アットゥシ
特に独特な素材で目を引いたのは、アットゥシ(樹皮衣)と呼ばれる衣服。アットゥシを織るためには、北海道に自生するオヒョウやシナノキの樹皮を剥がし内皮から繊維を取り出し糸状にしてゆくところから始まる。
織った生地を縫い合わせ衣服にし、更に木綿の布を切り伏せし刺繍が施されたものもあり、とてつもない作業工程を経て作られている。
近年では和装の帯としても人気があるという。
このような伝統工芸が廃れることなく受け継がれてゆくことを願う。

アットゥシ
アイヌ文化伝承友の会:発行ポストカードより

他にも、レタラペ(カーアハルシ)と呼ばれるイラクサの草皮から糸を作り織った衣服もある。


映画「ゴールデンカムイ」も観たけれど、かなり忠実に衣装や小物が再現されていると思った。


アイヌ文様 アイヌシリキ

アイヌの文様は、モレウノカ(渦巻き模様)、アイウシノカ(棘形・括弧模様)、ラムラムノカ(ウロコ模様)などから構成されている。
衣服に付けられるアイヌ文様は、着物の袖口や裾などの開いている箇所、死角となる背中から悪霊が入り込まないようにするための、魔除けの役割もあるという。

函館北方民族資料館の展示より


アイヌの他にも、サハリンに居住していたウイルタ、カムチャッカ半島に居住していたイテリメンなどの、希少な他の北方民族の衣装も展示されていた。

イテリメンの獣皮衣
左が冬用、中は子供服、右が夏用



アイヌに関する博物館は、北海道各地に何箇所もある。いつかアイヌゆかりの地や博物館を巡るのが夢だ。


こちらは2021年に開催された松濤美術館での展覧会。
この展示も行きたかった。




映画「アイヌモシリ」

2020年公開の「アイヌモシリ」は、アイヌコタンに生まれ育った少年を主人公にした作品。
"モシリ"とは、アイヌ語で大地という意味らしい。北海道という名前になる以前、北の大地はアイヌモシリと呼ばれ、森も山も全ての土地はアイヌのものだった。
ストーリーは、アイヌのアイデンティティに対する世代間の違い、伝統儀式であるイオマンテの復活などが、まるでドキュメンタリーのようなタッチで描かれており、キャストも実際にアイヌの血を引く方々だった。

主人公である14歳のカントは、一年前に父を亡くしてからアイヌ文化と距離を置くようになり、中学卒業後は阿寒湖を離れる予定だ。
そんなある日、父の友人であるデボがカントをキャンプへ誘う。
森へ入る時、山に挨拶する習慣は、こちらの国でも森で猟をする時に行なう人もいる。
森にある洞穴は死者の村へと続いており、時おり死者がその洞穴から生者の所へ会いに来るのだ、とデポはカントに教える。
デボが密かに飼っている子熊を、誰にも内緒で世話する役目を与えられ、カントは子熊を可愛がるのだが、実は、この子熊はイオマンテのために囲われていた。

イオマンテ(熊送り)とは、大切に養い育てた子熊を神の国へと送りだす儀式であり、それは子熊を自分たちで手に掛けることを意味する。
そうすることにより、天に還った子熊から人間の国はとても良い所だと聞いた他の神々が、今度はフクロウになり熊になり、また地上に恵みとして降りて来てくれる、それがカムイ(神)とアイヌの関係性であり主軸なのだ、とデボは言う。
阿寒湖では、1975年を最後にイオマンテは行われていない。
「アイヌと名乗ってるのに肝心の所が掴めない」
「オレは熊を殺すなんて出来ない」
「アイヌの信仰として、頂いた命をまた送り返すという儀式をきちんとした形でやるというのは、全く自分の考え方が変わってくると思う」
「時代が違う、世の中の人が許さない」
「俺たちアイヌはこのまま変わってしまうのか」
大人たちはイオマンテを復活させるかどうか、何度も話し合いを重ねるが賛否両論があり、なかなか結論が出せない。
観光で生計を立てる大人たちの間にも葛藤がある。

カントは、大人たちに反発し、子熊を逃がそうとするのだがーー



土産物屋を営むカントの母が「日本語上手ですね」と観光客に言われ、そんな事は日常茶飯事なのか「一生懸命勉強したんで」と、すまして答えるシーンに軽くショックを受けた。観光客の悪気のない無知に驚き、何とも言えない気持ちにもなった。

儀式の中でアイヌ語を読むシーンでは、すべての文字に振り仮名が書いてあり、それをつっかえつっかえ読む場面も切なかった。
現代では、他の北方先住民族同様に、アイヌの人々も自分たちの言語が話せる者は、かなり少なくなってしまったことが伺える。

主人公の少年カントを演じた下倉幹人くんの表情がとてもよい。真っ直ぐな目に力がある。
幹人くんのインタビューも、今を生きる10代のアイヌが感じていることなど、とても興味深い。



OKI役そのままで出演しているOKIさんは、アイヌの伝統弦楽器トンコリを取り入れたミュージシャンで、ダブ、レゲエなどもミックスした楽曲も独創的。



トンコリをくれた親戚からOKIさんは、沖縄の喜納昌吉みたいな人がアイヌにも居ていいんじゃないか、と言われたらしいが、まさに現代のアイヌ音楽という印象を受けた。

OKIさんの実父は、彫刻家の砂澤ビッキだということも知り驚いた。OKIさん自身も東京藝大出身で元は美術を学んでいたという。
私はビッキの手で形造られた生きものたちの木彫がとても好きなのだ。いつか実物をこの目で見てみたい。


北方先住民族

函館市北方民族資料館で手に入れた図録や、イヌイットアートの作品集の中にも、北方民族同士は交易も行なっていたという記述があった。
北方諸民族の分布図を見ていると、アイヌ、イヌイット、サーミも巡り巡って、長い長い時の中では大きな繋がりのようなものがあるのではないか。
極北の地では、万物に魂が宿っているというアニミズム、自然崇拝、シャーマニズム、など類似性を持つ民族同士が、戦いではなく友好的に繋がる広い世界があったのかもしれない、と想像すると胸が高鳴るのだ。




ここまでの3部作にお付き合い頂き、ありがとうございました。
北方先住民族を巡る旅は、これにて一先ず完結です。

最後のアイヌについて記事にすることは、正直に言うと自分の中で迷いがありました。
他の北方先住民族同様、アイヌに対して日本でも同化政策が行われ、差別があった、今でも全くなくなったわけではない、ということから、アイヌについて興味がある心惹かれるという理由だけで、たいした知識があるわけでもない自分が、主に日本の読者に向けて記事にしていいものか、自分でも気づかずにセンシティブな部分に触れてしまうかも…と躊躇していたからです。

イヌイット、サーミ、アイヌ、どの北方先住民族についても、まだまだ知識も浅く多くは語れませんが、それでも興味を持った世界について、もっと知りたい!という気持ちに従い、自分なりに調べて記録し、シェアしてゆくことは、北方先住民族について理解する上でも、とても大切な事なのではないかとも思いました。

北方先住民族についてはこれからも知識を深めてゆき、また新たな記事を書ける日が来るといいなと願っています。


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