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水蜜桃

子供の頃の夏のおやつと言えば、桃だった。
生まれ育った地域は、いろいろな果物の産地で、父方の祖父は果樹園もやっていたので、キズがついて売り物にならなくなった果物はいつも家で食べていた。
桃や林檎や梨などはお店に買いに行くのではなく、選果場と呼ばれる直売所も兼ねた所で、採れたてを箱ごと買うのが地元では普通のことだった。
学校から帰ると毎日好きなだけ、たらふく食べていた。
よく熟した桃は、お尻のところをちょっと摘まむだけで、スルスルと簡単に皮が剥けて、滴る甘い汁で指をベタベタにしながら、台所の流しに立ったまま2、3個はぺろりと平らげていた。
暑い夏ほど水分をたっぷり含んだ甘い水蜜桃が実り、箱を開けるとふわっと辺り一面に桃の匂いが広がる。
桃は冷蔵庫に入れると風味が落ちるので常温で置いておくが、蜜が多いほど傷むのも早い。

上京してからは、スーパーなどで見かける桃の値段の高さと良いとは言えない鮮度に、びっくりした。実家を離れてみてはじめて、それまでは贅沢に桃を食べていたのだと思い知らされた。
けっきょく学生時代や働き始めてからも、桃や林檎や梨など季節ごとの果物は、いつも実家から箱で送られてきたので自分で買うことはなく、一人暮らしでは食べきれない量だったので、その都度、会社の同僚や友人達に配っていた。
皆んな、美味しい、美味しい、と喜んでくれて、中には「今年はまだ届いてないの?」と聞いてくる人までいた。

ところがだ。
この国へ移住してからは、あんな桃は手に入らなくなってしまった。
こちらでも桃じたいは売られているけれど、品種が違うようで、小ぶりで硬くて酸っぱい。
そんな中、数年前からスーパーでは輸入物の(この国では桃は育たない)フラットピーチと呼ばれる潰れたような平たい形の桃を見かけるようになった。
この桃は中国では蟠桃ばんとうと呼ばれていて、食べると不老不死になるとされていたそうだ。



形が違うだけで、皮や果肉は日本の桃に一番近い色合いと香りだ。
逆に日本では珍しい品種で生産量も少ないらしく"幻の桃"と言われていたりもするらしい。
やっと日本のような桃が!と喜び勇んで一口食べてみたが、やっぱりあの地元の水蜜桃と比べてしまうと、圧倒的に甘さも水分も足りない…。
しかしこの際、贅沢は言えない。こちらで手に入る中ではこれが精一杯なのだ。

桃は何も手を加えずそのまま食べるのが理想的だけれど、"桃のカプレーゼ" という食べ方もあることを知り、時々はデザートやおやつに食べるようなった。



桃を切って、真ん中に置いたブッラータと呼ばれるチーズに十字の切り込みを入れて、ホワイトバルサミコとオリーブオイルを垂らし、胡椒を振って食べる。
ホワイトバルサミコの酸味と甘みが、糖度の足りない桃を補ってくれる感じで美味しい。
ブッラータは日本ではあまり馴染みがないと思うけれど、モツァレラチーズを袋状にして生クリームを包んだチーズで、トロッとしてクリーミー。

こちらの国は日本と比べてしまうと、野菜や果物、肉や魚介類など食材の種類が少なく、がっかりすることも多いけれど、乳製品だけは豊富で、お店ではヨーグルトやチーズのコーナーは日本の2、3倍は売り場面積があり、いろいろな種類が手に入るのは唯一いいところ。
チーズに果物を添えるのもよくある食べ方。
ホワイトバルサミコは黒いバルサミコよりもマイルドで甘いので果物に合う。
そういえばビネガーの種類も多い。無花果やザクロのビネガーなどフルーツ系もいろいろ売られている。

夏は酸っぱいものが食べたくなるので、酸味と甘みのあるデザートはぴったりだと思う。



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