ドラマ「すいか」〜ハピネス三茶の愛すべき人々
夏になると思い出し観たくなるドラマ、それが『すいか』だ。
小林聡美さんが初主演を飾った2003年放映の作品だが、私の中では今も色褪せない。
脚本の木皿泉さんは、夫婦二人の共同執筆という珍しい形を取っている。私は本作で木皿さんを知り、大ファンになった。
本記事は書いてるうちに熱くなり、5000文字近くなってしまいました。
お時間のある時にどうぞ。
1983年夏、中学生の基子は、小学生の双子の女の子から、ノストラダムスの大予言により1999年にハルマゲドンがやって来て、もうすぐ地球は滅びる、と教えられる。
やがて、すべてのものは消えてなくなる、という壮大にして深淵な世界について思いを馳せる3人。
それから20年後の2003年、夏。
地球はまだ、あった。
信用金庫に務める、34歳になった基子(小林聡美さん)は、独身、いまだ親がかりの実家暮らし。
節電のため電気もつけられない会議室で昼食をとりながら、今では唯一の同期である馬場チャン(小泉今日子さん)と "今日が地球最後の日だったら?"という話をする。
「あたし、ちょっと嬉しいかも」と言った馬場チャンは、毎日が同じことの繰り返しの日々に風穴を空けるように、3億円を横領し逃走する。
逃亡先から電話してたきた馬場チャンの「私、道、間違えちゃったみたい」「ハヤカワ、いい人生おくれよ」という言葉に、これまで親の敷いたレールに沿って生きてきた基子は、煮詰まり、30過ぎにして反抗期を迎え、ひょんなことから「ハピネス三茶」へと辿り着く。
物語の舞台となっているのは、都内にあるとは思えないほど緑に囲まれた、三軒茶屋に建つ、まかない付きの下宿「ハピネス三茶」
小川で冷やされているスイカ、ひまわり、蝉の声、風鈴の音、どこかの家から漂ってくる晩御飯のカレーの匂い、畑の中にポツンと建つ和洋折衷のレトロな下宿の佇まいは、どこか懐かしい記憶を呼び覚ます。
そこで暮らす面々との出会いから、基子は少しづつ自分の人生を歩み出してゆくことになる。
売れないエロ漫画家の絆(ともさかりえさん)は、20年前に基子と出会った双子の片割れであり、二人はハピネス三茶で再会する。
1999年にハルマゲドンは来なかったけれど、その年、自分の半身ともいえる双子の姉を亡くし、その死を未だ受け入れることが出来ない絆は、自由奔放に生きてるようでいて、父親との関係にも傷を抱えている。そんな絆の心の機微を、ともさかさんは繊細に演じていた。
何でも匂いを嗅いで判断する癖がある絆は、小動物みたいに他人に対して警戒心が強く、社会にも上手く順応出来ないが、ハピネス三茶は安心して身を寄せることが出来る場所だ。
絆の同居猫、綱吉にも癒される。
女子大生の大家・ゆかを演じた市川実日子さんは、この頃まだ20代前半。溌剌としてチャーミングで、この頃から大好きな女優さんだ。
子供の頃に母親は家を出てゆき、今はスリランカに住む父親に下宿を押し付けられたゆかは、若いながらも、朝晩と下宿人たちへまかないを作り、経営難に悩みつつも下宿を切り盛りしている。
ゆかの作るご飯は家庭の味という感じで、夏野菜がゴロゴロ入ったカレーなど、毎回とっても美味しそう。
悲喜こもごもの日々を送りながら、女同士で食卓を囲むシーンがとてもいい。こんな下宿に住んでみたいと思わせる。
大学教授の夏子は、ハピネス三茶に学生時代からずっと住み続けている主のような存在。
子供の頃から共に暮らしてきたゆかのことは、娘のように見守っている。
理路整然としていて知的、正義感が強く凛としていながらも、ユーモアもある教授を演じた浅岡ルリ子さんは、カッコいい大人の女だった。
私みたいな者も、居ていいんでしょうか?という基子の問いに、キッパリと「居てよしッ!」と言ってくれた教授の言葉が、心深く沁みた。
年齢も職業もバラバラで、個性豊かな住人たちは、付かず離れず程よい距離を保ち、べったりもたれ合うこともなく、互いを思いやりながら暮している、その空気感にとても惹かれる。
放映時は、自分も基子と同じくらいの年齢・独身だったこともあり、基子に自分を重ねていた部分もあったが、今回再視聴してみると、第3話での、教授と余命いくばくもない親友・タマ子さんとの「生きてみないとわからないこと、ばっかりだったわ」という会話の方に、心寄せている自分がいた。
あれから私も、だいぶ長い年月を過ごしてきたのだなぁ…と感慨深い。
みんないつか終わりが来る。だから、無様でも不安で情けなくても、その時その時をただ精一杯生きるしかない。
物語全体を通して、生きることの切なさが、温かな視点で描かれていた。
こんな深いテーマを今更だがやっと実感出来た気がする。
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物語の中でも異色な、アウトロー的立ち位置にいるのが、馬場チャンだ。
早々に3億円を使い果たしてからやっと、お金がなくても人生は楽しめた、ということに気づいた馬場チャンは、全国各地を力の限り逃亡している。
何もかも捨てて手に入れたはずの自由もまた苦しく、日常からも切り離された馬場チャンは、生きるためだけに逃亡しているかのようで、逞しさの中に哀しさも背負っている。
小泉今日子さんは、こういう役もよく似合う。
子離れ出来ない基子の母親を演じたのは、白石加代子さん。
いい歳した娘の世話をかいがいしく焼く母と、それをウザがりながらも甘んじてきた基子とのやりとりは、こういう母娘って本当に居そう、という現実味があった。
白石さんは舞台俳優として活躍されており、それまでドラマではほとんど見かけなかったが、本作では舞台仕込みのやたら滑舌の良いセリフ回し、カッと目を見開き大げさなくらい豊かな表情をするだけで、笑いが起きてしまう。過保護でクセ強めな母親役は、その存在感を遺憾無く発揮していた。
基子に教え込んだ、奇妙な煎餅の食べ方にもクスッとしてしまう。
第8話で、ガンが発覚すると「どこでどう間違えて、こんな寂しい人生送るようになったわけ?」「最後の最後に、娘にも夫にも放っておかれるような、惨めな人生」と嘆く。
基子が生まれて初めて自分へ喋った言葉が「バイバイ」だった。ほんっと薄情な娘。それまでは、お乳の匂いがしてたのに、突然ヒトの匂いがして、嬉しくて、ものすごく寂しかったーーー
と言うシーンでは、自分の亡き母のことまで頭に浮かび、思わず貰い泣き。お母さん、親不孝な娘でほんとゴメン…お母さーん!と、空に向かって叫びたくなった。
第9話では、退院した母に、親子でもずっと一緒にはいられないこと、もう家には戻らないことを、諭すように告げる基子。それを聞いた母が "独立記念日" という熨斗紙付きの紅白饅頭を持たせるエピソードにも、ジンとした。
母娘の関係性の描き方が秀逸で、まるで向田邦子・脚本ドラマのような味わい。実際に、本作で向田邦子賞を受賞されていたことは後から知った。
木皿さん、流石です。
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第4話から登場する、馬場チャンを追う刑事・生沢役は、片桐はいりさん。
生沢は一見デキる女風だが、なぜかミシェルという名前のクマのぬいぐるみを、いつもカバンに忍ばせている。
酔った勢いで制服を捨ててしまい、もっと自分にしか出来ない仕事がしたいと言う基子に、仕事に上とか下とか、偉いとか偉くないとか、ありますか?それつまんないでしょう?ものすごく尊敬する人とか、面白い人とか、そういう人がいる職場が最高でしょ、と言う生沢の言葉には説得力がある。
馬場チャンは意外性があって面白いと言う生沢に、「私は馬場チャンになりたい」と基子は言ってしまう。
何にもなりたいものがなくて、中学生の時からただ貯め続けている100円貯金の使い道も思い浮かばず、同級生からは "永遠に踏み出せない人" と言われてしまった基子は、考え抜いた末に、皆が集う下宿の居間にエアコンを買う。
皆の喜ぶ顔が見たくて、初めて自分のこと以外にお金を使った基子は、すでに自分が一歩を踏み出せたことに、気づいているのだろうか。
住人たちの行きつけのバー「泥舟」のママは、もたいまさこさん。三つ編みの、もたいさんが新鮮。
ほぼセリフはないが、長居する客に毅然として言い放つ決め台詞「帰ってちょうだい」には毎回バリエーションがあり、箸休めのような面白みがある。
本作には、いつも小林聡美さんを囲む常連キャストも沢山出演しているが、木皿さんの脚本は、他の小林聡美さん主演作とはだいぶ趣が異なる。
木皿さんは、かの伝説のドラマ『やっぱり猫が好き』の脚本にも名を連ねており、女4人の住人たちの会話にも、何となく恩田三姉妹の匂いを感じた。
数少ない男性陣は、教授の教え子で、ゆかの父親の友人でもある間々田。
女ばかりのハピネス三茶にしょっちゅう入り浸っていることは、家族にも秘密にしており、憩いの場、自分の隠れ家だと思っている。
「ここで、いつまでも、みんなで仲良く暮しましょうよ」と言う間々田に、「そんな人形劇みたいな事言われてもねぇ」と、クールに返す教授とのやりとりにも笑ってしまう。
誰からもあまり話を聞いてもらえず、寝ている間に真っ赤なペディキュアを妻に塗られてしまったりする、ちょっと恐妻家な間々田を演じた高橋克実さんは、この頃からコミカルな演技が抜群に面白い。
実は一番ハピネス三茶を愛しているのは、間々田なのかもしれない。
間々田の娘に失恋した側から、絆に一目惚れする響一(金子貴俊さん)は、絆の誕生日に気づくと、お金もないのに亡き双子の姉の分までケーキを買ってくるような優しさがあり、基本いい奴なのだが、付き合ってもないのに突然の高価なプレゼントや、交際0日でのプロポーズなど、ちょっとズレてる男。しかし、普段は気弱なのに、絆の心の奥を見抜いているかのようにはっきりと指摘することもあり、絆をドキッとさせたりもする。
もう一人、アウトロー的な人物として第7話に登場するのは、かつて教授の助手をしていた八木田(篠井英介さん)。20数年ぶりに教授の前に現れた彼は、女性になっていた。
現代演劇で女形としても活躍している篠井さんをキャスティングするとは、お目が高い。
八木田が研究していた、パプアニューギニアの奥地に生息するという野生の犬、シンギング・ドッグは、孤立している自分の居場所を仲間に伝えるために鳴くという。シンギング・ドッグは、独り逃亡を続ける馬場チャンのことも暗に示していた。
第7話だけ山田あかねさんが脚本を担当しているので、他の回と比べ少し毛色が違うが、印象に残る回だった。
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劇中での、基子、絆、ゆかの個性的で可愛い古着ヴィンテージ・ファッションも見所の一つ。当時ドラマのWebサイトには毎回衣装が掲載され、それを見るのも楽しみだった。
第6話では、よく二人が会社を抜け出しさぼった喫茶店で、基子が馬場チャンを待ち続けるエピソードがあるが、そこで使われた店は、当時住んでいた阿佐ヶ谷にある名曲喫茶「ヴィオロン」だった。近所でロケがあったことに興奮したのも、いい思い出だ。
本作は放映時、あまり視聴率は振るわなかったが、口コミでじわじわと後から人気が出た作品で、驚くべきことに、21年が経過してもファッション含め内容的にも、全く古さを感じさせない。
今更ながら、木皿泉さんの脚本の先進性にも着目したい。
ドラマ『すいか』は、平凡な日々の尊さ、ほろ苦さ、絶対に変わらないものなどないということも、さり気ない語り口で私たちに伝え、なんでもない日々が愛おしくなり、人生そう悪くないかも、と思わせてくれるのだ。
ハピネス三茶は私にとって、昔の仲間と再会したかのような、懐かしい場所になった。
これからも沢山の人に長く観続けられ、語り継がれていってほしい、不朽の名作ドラマだ。
作品が好きすぎて、DVDボックスとシナリオ本も持っている。脚本を読むだけでも、本作の面白さは理解できると思うので、シナリオ本もお勧め。
特筆すべき点は、2巻目巻末にオマケとして、ハピネス三茶の面々の10年後が描かれていることだ。
小林聡美さんについては、こちらの記事でも熱く語ってます。
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