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映画「コンパートメントNo.6」〜旅は道連れ世は情け

映画「コンパートメント No.6」を観た。
監督は、アキ・カウリスマキを継ぐ次世代と言われているユホ・クオスマネン。
今作はロシアを舞台にしているが、フィンランド映画だ。
劇中音楽のセレクト、キャストや映像の雰囲気は、たしかにカウリスマキを彷彿とさせるものがあった。

モスクワに住み、考古学を専攻するフィンランド人留学生のラウラは、共に旅するはずだった恋人イリーナにドタキャンされ、一人で出発することになる。
寝台列車で相部屋になったロシア人のリョーハは、粗野で馴れ馴れしくセクハラまがいに失礼な事もしてきて、二人の出会いは最悪だった。
"愛してる" ってフィンランド語で何て言うんだ?とリョーハに聞かれたラウラは、Haista vittu(クソったれ/くたばれ)と教え、何も知らずにその言葉を連呼するリョーハを見て、密かにほくそ笑む。

こちらの国の寝台列車にはこれまで幾度も乗ったことがあるけれど、あの全てがコンパクトにまとまった、狭くてちょっと薄暗いコンパートメントの雰囲気や、車窓を流れてゆく荒涼とした冬景色には隣国ロシアと共通するものがある。
ただ、今の寝台車はもう少し明るく清潔感もあるし、流石にプライバシーも昔よりはあるのではと思った。
この映画の舞台となっているのは90年代。
音楽を聴くのはウォークマン、車内でひきりなしに煙草を吸い、劇中で流れる音楽も一昔風だし、時代の雰囲気と旅情も印象的だ。

私は今まで、全くの他人とコンパートメントで相部屋になった事はない。もしも初対面でリョーハのような男性に当たってしまったら、私のメンタルは豆腐並みに弱いので、速攻で途中下車し引き返してしまうかも…と思った。
ラウラは、列車が停車するとイリーナに何度か電話をかけるものの素っ気なくあしらわれ、すでに自分へ気持ちがないことを悟る。
もうモスクワに戻るつもり?と電話口でイリーナに聞かれると、まさか、もちろん旅を続けるわと強がり、ラウラは旅を続行するのだった。
一晩列車が停車する駅で、知人の家に一緒に行こうと熱心なリョーハの誘いに乗ったことから、二人は徐々に打ち解け、距離が縮まってゆく。
しっかし、寒い国の人ってやっぱり酒飲みが多いんだな(苦笑)
劇中、リョーハもラウラも、二人してしょっちゅうウォッカのような強い酒を煽っていた。

途中、ラウラは車内で困っていた同じフィンランド人男性に声をかけ、相席を許してしまう。
自分には理解出来ないフィンランド語で会話する二人に、すっかりヘソを曲げフテ寝するリョーハは、子供みたいで憎めない。
そんなリョーハの寝顔を見つめながらスケッチする、ラウラの愛情も感じた。
ラウラが、同じ国の人だからと親切にした男に、思い出がつまった大切なビデオカメラを持ち去られてしまうエピソードは、海外あるあるというか、旅先で同じ国の人に出会うとついつい気を許してしまいがち。
ラウラとビデオカメラを探し、盗まれたとわかると一緒になって憤慨するリョーハが、どんどん好きになってゆく。
旅の序盤はリョーハにうんざりし、終始しかめっ面だったラウラが、その原因となっていたリョーハによって、どんどん笑顔になってゆく過程の描き方がとても良かった。
ビデオカメラを失い、リョーハの姿を後から見返すことは出来なくなったけれど、そのぶん、ラウラがその目で見たリョーハという人そのものは、より鮮明に、心に焼き付けられたのではないだろうか。

それなのに、ラウラがお互いの住所を交換をしようと提案すると、リョーハは激しく拒絶し、終着点である世界最北端のムルマンスク駅に到着する直前に姿を消してしまう。
これは私の想像だけれど、リョーハは採掘場などでその日暮らしのような仕事をしながらロシア中を転々とし、定住場所を持たない生活を送ってきたのではないだろうか。
日頃はアカデミックなロシア人に囲まれている留学生のラウラと自分とでは、生きている世界も生活も何もかもが違い過ぎて、これ以上深入りしてはいけない、と自分を戒めたのかもしれない。

ラウラは、この旅の目的である古代のペトログリフ(岩面彫刻)を見に行くために、宿泊するホテルのレセプションで行き方を尋ねるが、冬は通行止めでガイドも車も出せないと言われてしまう。
ためらいながらイリーナにまた電話するもやはりツレなくされ、途方に暮れ行き場を無くしたラウラは、リョーハが働くと言っていた採掘場を訪ね、助けを求めてしまう。
これは彼女にとって余程のことだったのだろうと思った。
こちらの国の女性は自立心が強くタフで、男女平等という考えが根本にあるせいか、男に頼るのは恥ずかしいこと、と考えている女性も多いと聞いたことがある。

リョーハはラウラのためにタクシーを手配し、渋る漁師たちを説得し船まで出してくれて、二人は一緒にペトログリフを目指す。
突然ラウラが訪ねてきても無下にしない、リョーハの朴訥とした優しさに胸を打たれた。
リョーハ、第一印象は最悪だったけど、なんていい奴なんだ。

それにしても、このタクシーというのが、オンボロで車体もバキバキに凍ってしまっているのに、ちゃんと動いて疾走しているから凄い…。
恐らく彼の地はマイナス40度以下にはなっているのではないかと思われる。あまりに寒いとエンジンも止まってしまうことがあり、北極圏にある夫の故郷の町では、マイナス40度以下になると車の走行も禁止されるというのに。
猛吹雪の中で戯れる二人は微笑ましいけれど、物凄く寒そう…。顔も手も真っ赤になって、極寒になると寒いというよりヒリヒリ痛いし、私など息をするのも辛いのだが、二人は雪玉を作ってぶつけ合ったり、軽装で分厚い氷を持ち上げたりして、驚く。どんだけ寒さに強いんだ…。


ペトログリフからの帰り道、ラウラが居眠りしている間にリョーハは黙ってタクシーを降り、目覚めて彼の背中を見送るラウラに運転手が、リョーハから託されたという手紙を渡す。
そこには、ラウラが教えた "愛の言葉" が、出鱈目な綴りで記されていた。
思わずクスッとして、そのあと胸がジンする、最高のラストシーンだった。


旅の出会いは一期一会。
お互いを分かり合えた奇跡のような瞬間を過ごし、またそれぞれの人生へと戻ってゆく。

ロシアのウクライナ侵攻以来、フィンランドとロシアも緊張状態が続いている。
現在ロシアとの国境は封鎖され、二国間を行き来していた列車もずっと停止したままで、以前のように両国が行き来できるようになる日がまた来るのかもわからない。
そんなタイミングで観たこの作品は、なおさら心に響くものがあった。






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