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三浦春馬 映画「アイネクライネナハトムジーク」~小さな夜、ささやかな幸せ

『アイネクライネナハトムジーク』は、春馬くんが旅立ってから何度も観た。
ずっと感想を書こうとしていたけれど、もう春馬くんの新しい作品はないのだと思うと、残された一つ一つの作品を惜しみながら噛みしめるように、その感想を丁寧に書いてゆきたいという気持ちが強くなった。

◇ ◇ ◇

この作品の主役は春馬くんだけれど群像劇なので、一人だけ突出するでもなく、これまで春馬くんが演じた中でも一、二を争うくらい地味で普通の人の役。
佐藤みたいな人って現実にもほんとに居そうだ。
よくよく見ると顔立ちもスタイルも良いのに、なぜかその印象は薄く大勢の中にいると紛れて目立たないような。
いつものキラキラしたオーラを消し去った春馬くんは、難なく佐藤だった。

劇的な出会い

出会いがないと言いながら、どこかで劇的な出会いを求めている佐藤。
友人の織田(矢本悠馬さん)に、"街ですれ違った女がハンカチ落として、たまたまそこに通りかかったおまえが拾ってあげて、お礼にお茶でもみたいなやつだろ?"と言われて、通勤途中にもしかしてハンカチが落ちてないかと、下をキョロキョロ見ながら歩く佐藤が可愛い。
そして佐藤はロマンチストなんだろうな。

"出会い方とかそういうのはどうだっていいんだ。後になって、あの時あそこで出会ったのが彼女で本当によかったって、幸運に感謝するようなのが一番なんだよ。"
態度が大きくいつも偉そうな織田も、たまにはいいこと言うものだ。

ある日ついに佐藤にも出会いが訪れる。
街頭アンケートを頼んた紗季(多部未華子さん)が気になるが、しかしその時は連絡先を聞くとかそういうことはしない佐藤。
買い忘れないようにと紗季が手に "シャンプー" と書いていたのを覚えていて、また会えるかどうかもわからないのに割といいシャンプーを買う。
これだけでも十分に佐藤はロマンチストだと思う。
そして運命が味方したかのように、友人の結婚式からの帰りに道路工事現場で紗季と再会する。
この偶然を逃すまいと、シャンプー持って紗季の元に走る佐藤の必死な姿は、
頑張れ!と応援したくなるような健気さだ。

10年後のプロポーズ

あれから佐藤は紗季と10年も付き合い同棲している。
佐藤はついにというかやっと結婚を決意し、ちょっと奮発したレストランで紗季と食事をする。
いつプロポーズするんだろ?と見守っていたが、何も言わずに食後のコーヒーも飲み終わり会計も済ませ、二人で外に出て歩いた先の駐車場で唐突に、僕と結婚どうかな?と指輪を取り出すのだった。
え?今?なんでここで…?
という視聴者の心の声そのままに、どうしてさっき言わなかったの?と聞く紗季。
いやぁ…やっぱり、ああいう所じゃ迷惑かなと思って、と言う佐藤。
迷惑?誰に…?紗季に?それともレストランの他の客に?
うーん…佐藤のこのズレ具合がちょっと不思議。

紗季は少し考えさせてと言ったあと実家へ帰ってしまい、一人部屋でぼんやりとテーブルに向かい食パンかじってる佐藤の侘しい姿は、妻子に出て行かれた会社の先輩・藤間(原田泰造さん)を思い起こさせる。
春馬くんはいつも姿勢が良くシャキッとしているけれど、佐藤は椅子に座る姿も猫背でくたっとしていてそれがどことなく頼りなさを感じさる。
洗剤が切れているのに気づいて部屋着のままドラッグストアに来たシーンでは、ちょっとくたびれたような生活感が滲みでていて、これがあの三浦春馬だとはきっと誰も気づかない。

私がこの作品で一つ残念に思ったのは、佐藤と紗季ふたりの、出会いから10年の歳月が全く描かれていなかったことだ。付き合い初めや一緒に暮らすようになってからの関係性や互いの気持ちの変化などを、出来れば少しでも描いてほしかった。
それでも、『君に届け』『僕のいた時間』と共演を重ねてきた春馬くんと多部ちゃんだからこそ醸し出せる、長年付き合ったカップル感があったから、描かれなかった時間を二人の背後になんとなく想像できたのだ。
春馬くんの言葉で言うとワークパートナーである多部ちゃんとの関係性は、何度共演しても馴れ合いになることはなく、常に程よい緊張感があったことが伝わってくる。
劇中でも紗季は、佐藤の間抜けなプロポーズをまぁいいかと受け入れるわけではなく、二人の関係性を問う。

すっかり気落ちして抜け殻のようになっていた佐藤が、バスに乗り込む紗季を見つけて猛ダッシュする姿は、それまであんまり行動的には見えなかった佐藤とは思えない瞬発力だった。
そして、あんなに長い距離追いかけられる体力と、あの力強い走りは、30代半ばの佐藤というよりは春馬くんだよなぁ(笑)。
やっと紗季のバスに追いつきそうなのに、転んでいる子供を放っておけなくてUターンする佐藤の人の良さ。それをバスの窓から見ていて、もうしょうがないなぁという表情の紗季。
佐藤と紗季は年齢も同じくらいだと思うのだけど、なんだかいつも紗季の方が大丈夫かな?って感じで、姉のように佐藤を見守っているようにも見える。
駐車場でプロポーズしようとした時も、緊張からか?脇腹を抑えていた佐藤に紗季が、どうした?具合でも悪い?って子供に聞くみたいに言うシーンは、佐藤が弟みたいに見えた。

バスを途中下車した紗季に歩み寄った佐藤が、あれ?降りるのここじゃないよね?とトボけて、何よ追いかけて来ておいて、と紗季が呆れるシーンも二人の関係性が見えるようで面白い。
"あれから10年経って、好きになった人が紗季ちゃんでよかったぁって、今、はっきりそう思う"
やっと自分の言葉で紗季に気持ちを伝えられて、さぁこれから二人で盛り上がるクライマックスだぞ、というところで、やって来たバスに早く早くと紗季を急かして乗せてしまうと、笑顔で手を振り見送る佐藤…。
ほんと、そういうとこ!いつもちょっとズレてる。
やっぱり佐藤は佐藤であった(笑)

ささやかな幸せ

コンビニ弁当の袋を下げて仕事から帰って来た佐藤が、家に灯りが点いているのに気づくと、部屋に向かう後ろ姿も嬉しそう。春馬くんは背中でも語る俳優だ。

" ただいま "  " おかえり "
" おかえり"  " ただいま "
佐藤と紗季が互いにフフフと微笑み合うシーンは、じんわりと胸に沁みてくる。
二人でテーブルに向かい合い晩ご飯を食べながら、結婚いいですよ、と言う紗季に、いいんですか?と聞く佐藤。だめですか?と返す紗季とのやりとりが微笑ましい。
劇中で一番好きなシーンだ。

" 僕と結婚してください "
" はい "
" よろしくお願いします "
しみじみと幸せそうな佐藤の笑顔が春馬くんと重なってしまい、ちょっと切ない。
本当は春馬くんも、こんな風に穏やかでささやかな幸せを望んでいたんじゃなかろうか。

『日本製』の取材中の、アイロン掛けもしてないようなシワシワのシャツを着て、あぜ道に突っ立って笑ってる春馬くんの姿が思い浮かんだ。
その写真の中の春馬くんはスター俳優なんかじゃなくて、田舎の純朴な青年にしか見えなくて、素の春馬くんは飾り気のない素朴な人だったんじゃないかな、という気がする。
佐藤みたいにちょっと不器用で。

◇ ◇ ◇

ついつい春馬くん演じる佐藤中心の感想になってしまったけれど、ボクサーのウィンストン小野(成田瑛基さん)と難聴の少年(中川翼くん)の交流のエピードも良かった。中川翼くんは、ドラマ『わたしを離さないで』では春馬くん演じる友彦の子供時代を演じていた。
試合中ノックダウン寸前のウィンストンの前で、成長した少年(藤原季節さん)が昔ウィンストンが自分に見せてくれたように、一本の枝を折るシーンが印象に残っている。

小さな幸せの連鎖を見届けたあとは、ほっこりと温かい気持ちになるラストだった。

エンドロールで斉藤和義さんが歌う『小さな夜』が流れてくる。

繋がってる誰かを 見つけたハズなのに
そしてそれは今夜も疑いのないことなのに

小さな夜 数え切れないほど
思い出せないほど 重ねてきた
小さな夜 劇的じゃないけれど
最高じゃないけど
それが "悪くない" のに

小さな夜 数え切れないほど
抱えきれないほど 積み重ねた
小さな夜 劇的じゃないけれど
キミのとなりなら それも"悪くない"よ
それが"悪くない"んだよ

「小さな夜」斎藤和義


窓から夜空にかかるまぁるい月が見える

愛しいような、切ないような

佐藤と春馬くんの優しい笑顔が

心の中にぽっかりと浮かんで

ゆっくりと消えていった



春馬くん

あなたに出会えて、よかったよ

あなたで、よかった







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