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林真理子さん『小説8050』渾身作!引きこもり家族の再生と希望の物語

今回は林真理子さんの『小説8050』をご紹介します。

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林真理子さんは、つくづくすごい作家だ。
今回は最後のページを読み終わるのが名残惜しく感じたほどだった。

作品ごとに全く異なる世界観を放つ作家の力量には、心底唸らされる。

中でも、ふと心によぎる人間の黒い心理を描かせたらピカイチである。
それが今回も絶妙に発揮されていた。

この本は、子どものいじめ、不登校、引きこもりという重い社会問題を丁寧に扱った「小説」である。

タイトルに「小説」とつけた作家の意図は何だろうか?

読み進めていくうちに、あまりに生々しくどこの家庭でも起こりうるテーマだと気づく。

あるいは「ノンフィクション」のようにも読めてしまうのが本作なのだ。

主人公は、都内で開業している歯科医院の大澤正樹。

妻は美しく家庭的である。
すでに家を出ている娘は優秀で、もうすぐ結婚を控えている。

外からは果たして順風満帆で理想的な家庭であるかに見えるのだが、実は世間につまびらかにできない、ある「事情」を抱えていた。

それは、息子の翔太の存在だ。

父の期待を背負い名門中学校に合格したが、その後不登校になる。
以来、7年間も引きこもりである。

夫婦は、近所の目や、口さがない歯科医院の患者たちの手前、世間体が気になり心穏やかではいられない。

そのせいで、夫婦はお互いを責め合い、諍いが絶えない。
夫婦関係も内実は、破綻寸前だったのだ。

今や生活時間をわざとずらして家で親と出食わさないように息を潜めて上階に暮らす息子は、不穏な存在でもあった。

「いじめの事実はない」という学校側の説明を正樹たちは額面通りに受け止めて簡単に引き下がってしまったばかりに、息子との信頼関係は修復不可能なほどに損なわれていた。

しかし、その事実さえも息子から目を逸らしてきた結果、7年間も明らかになることはなかったのである。

このまま、息子がずっと引きこもりとなったらどうしたら良いのか?

このような主人公の懸念と恐れこそが、社会問題となっている「8050問題」なのだ。

"「8050っていうやつだね。年とった親の年金めあてに、引きこもりの子どもがべったりくっつているというやつ」"(p23)

親が老いて、そして親亡きあと、息子はどうやって生きていくのか。

家庭内で燻っているだけなら良い。
しかし、外に向いた時に、何か犯罪をしでかすのではないか?

正樹たちは息子が部屋から出るよう、怪しげな団体に依頼するもことごとく失敗に終わる。

むしろ、刺激され激昂した息子は、とうとう家庭内で暴れ出してしまう。

限界まで追い詰められた状況になり、やっと正樹は腹を括る。
息子と正面からぶつかり、不器用ながらも気持ちをわかろうと努力していくのだ。

翔太の人生を壊した人物たちを裁判にかける「復讐」を誓う。

人権派の弁護士の高井と出会い、人生を賭けた闘いが始まる。
その過程は失われてしまった7年間の、父親としての生き直しの日々でもあった。

ここからの展開が、目を離せなくなる。

いじめの卑劣な事実が明らかになる憤りと、やるせなさ。

親として気づいてあげることができなかったという深い悔恨や、翔太が親には知られたくないという最後の尊厳を守ることで孤独に苛まれる日々も、苦しく迫る。

親子の絆は取り戻すことができるのか?

丁寧に取材を重ねられたという作者渾身の本作は、「引きこもり」や「いじめ」についての社会問題を白日の下に晒していく。

いかに行き詰ったと思えるような状況でも、生きてさえいれば光は見える!

そう力強く思わせてくれる、希望の物語だった。

「助けて」が言いやすい社会へ。
誰もが、手を差し伸べられる勇気を。






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