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はじめに この作品は小説『南雲屋探偵事務所はなんでもやる』の番外編です。 時系列としては三話と四話の間の話となります。 重ねて 上記の『南雲屋~』は架空の小説です。 三話も四話も一話も二話もないです。 この作品は、存在しない作品の番外編、という形で書いた実験小説となります。 番外編 幕間 血の臭いが充満する。 赤黒く染まった床。絹を裂くような悲鳴が、部屋に響く。夫人の声だ。 愛する夫の無残な死体をその目で見てしまった夫人の、慟哭。 そんな彼女
ふと思い立って姉さんの胸を切開すると、心臓がある筈の場所にはつやつやと輝く林檎が収められていた。 それはとても甘そうに見え、食べてみたくなって、切開に使ったナイフをそのまま動かし林檎を摘出しようとしたのだけれど。 「それ、とっちゃだめだよ」 と、姉さん本人から優しく制止された。 病院とは違って僕の家には麻酔がないので(メスもないが幸い食事用のナイフならあった)僕は姉さんを眠らせないまま切開したのだった。……今気付いたのだけど、睡眠薬って麻酔の代わりにならなかったろうか
私は知ってしまった。 私は、父とは血が繋がっていない。 私は、母の不倫によってできた子供だったのだから。 ……知ってしまっても、意外と、ショックは少なかった。 正直、ずっと前から、もしかしたら、と思ってはいたのだ。だからかもしれない。ずっと予想していた事だったから、私は簡単に受け入れてしまったのかもしれない。 母には似ているけれども、父とはちっとも似ていない私の顔。 そして、家族の中で私にだけある特徴。 頭の角。 そう、母は鬼と不倫したのであった
「ねぇ、あなた、ちょっといい?」 「どうした?」 「お風呂場にね、髪の毛が落ちてたんだけど」 「髪の毛?」 「長ぁい黒髪。誰の?」 「…………」 「誰の?」 「……知らないな。お前の方の髪じゃないのか」 「とぼけないでよ! あの子でしょ、見たわよ私、若くて可愛い女の子」 「……いや、でも、お前かも」 「私はね、短髪の男しか狙ってないのよ、ここ数ヶ月くらいは。長い髪ならあなたの方のターゲットでしょ。認めなさい」 「…………ごめん」 「解体した後は完璧に掃除する、髪の毛一本残さな
先輩の家に押しかけて、ご飯を作ってあげる事にした。 「どうして、君が」 先輩が住んでいるアパートのチャイムを鳴らし、「せんぱーい」と声をかけ、またチャイムを鳴らし、「いませんかー」と声をかけ、またチャイムを鳴らしたところで扉がカチャリ、ギィと少しだけ開けられて、先輩が顔を覗かせて、「どうして」と、私に疑問を投げかけたのだった。 「先輩が恋人と別れたらしいと噂を聞いて。元気づけてあげようかと」 「なんでどこでそんな噂、いや、別れたっていうか。その」 「別れ話してたみたいだっ
左手で、我が子の手を握り。 右手で、スマホを持ち。 そして私の目は、スマホの画面をじっと見つめている。 「あのさ僕さぁ、大きくなったらサッカー選手か漫画家かケーキ屋さんになるの」 「そう、いいわね」 息子の呼びかけに答えながら、私は思う。 スマホって便利だ。 スマホって素晴らしい。 人生の楽しさが、喜びが、この小さな機械の中にある。 「あっ! ねー、あの雲さー、怪獣みたい! 怪獣! 見て見て!」 「本当ね、怪獣みたいね」 息子の無邪気な声を聞きながら、私はスマ
2000年頃の事である。 未来人を名乗る男がいた。 男の話には妙な信憑性があり、勿論彼を疑う者もいたが、信じる者も数多くいた。 男は「タイムマシンが故障して未来に帰れなくなった」「すぐ戻るつもりで遡行届も出していないから救助が来ない」と言い、この時代に家も金もないと主張。そこで男を信じる有志の者達で生活費や物資、住む場所を提供し、彼を支援した。男はそのお礼として、未来の話を人々に語って聞かせた。 男の語る話は面白く、人々は喜んで彼を支援し続けていた。数年間の間は。
幼い頃の事だ。 あの日、遊びに出かけた僕は迷子になってしまい、日の暮れた町の中で泣きながら歩いていた。お腹すいた、家に帰りたい、でも家がどこかわからない。そんなような気持ちで涙を流していたと思う。 するとそこへ、知らない男性が話しかけてきたのだ。 「おい坊主、お前もしかして、アイツの息子か?」 男性は、僕の父の名を言った。それから、少し考えるような思い出すようなそぶりをしてから、僕自身の名を口にした。 僕は頷いた。 「迷子か?」 再び頷いた。 「そうか。まぁ、そん
スーツを着て、家を出る。 駅まで歩く。 いつもどおりの出勤。しかし、何かが気にかかる。何かを忘れている気がする。 何か。 「あなた!」 背後から、声。 振り向くと、妻が駆けてくる。 「あなた、もう、お弁当忘れてる」 ああ。なるほど。これだったか。 礼を言って、受け取った弁当の包みを通勤鞄にしまう。 妻と別れ、改めて駅へ向かう。 ……しかし、まだ。 何かが、気にかかっている。やはりまだ何か、忘れているような気がする。 何かとても大事なものを……。 駅の
「博士、また新しい研究ですか? 少し休憩しませんか、珈琲を淹れましたから」 「うわ助手くんいたのか、すまない気付かなかった、いや、少し考え事をしていて。珈琲、いただくよ。ありがとう。…………ん? これ砂糖入ってないな」 「砂糖ですか? おかしいな、いつもどおりに……いや、そうか。すみません。普段使っている品を切らしてしまって、違う品で代用したのですけど、甘みが足りませんでしたか。午後の買い出しでいつもの砂糖も買ってくるつもりですけど……今すぐ、砂糖だけ買ってきましょうか」 「
#写真小説 ぽちゃん! 子供達の頭に、落ちてきた水滴。 見上げると、真っ赤な実が雨の名残を抱えており、それが落ちてきたのだなとわかりました。 「みなさん!」 先生が子供達に呼びかけます。そうです、この子達は皆、小人の学校の生徒達なのであります。 「さぁみなさん、持ってきた葉を広げましょう」 先生の言葉に、生徒達はそれぞれに持参した葉を広げて、落ちる水滴を受け止めました。このようにして集めた水滴が小人達の生活用水になるのです。 これが小人の学校の、生活の授業の様
珍しく、休日だっていうのに早い時間に目が覚めた。 布団から出ないまま、枕元のスマホに手をのばして時間を確認して、用事もないし二度寝してもいいなと思いながら、ふと、体にかかる重みに気付く。 俺は体を横向きにして寝るタイプなんだが、その状態で、背中に何かよりかかっているなという感覚があるんだ。いや、幽霊とかじゃない。 これはまるで、冬場のクツだ。 あ、いや、靴じゃなく。クツってのは実家で飼われている猫の名前で。くつしたを履いているみたいな足の模様からクツシタって名前にな
昔々あるところで、ある心根の優しい人が、不幸な目に遭った方へ自分の気持ちを贈ってあげようと、千羽鶴を折っておりました。 ところが、はて、どうしたことでしょう。 紙で作られた折り鶴が折ったそばからまるで生き物のように羽ばたいて、その人の手から飛び去っていくのです。閉めている窓の隙間にうまいこと平らな体を潜らせ、外の世界へ出て行きます、空高くまで飛んでいきます。 「おおい、おおい、どこへ行くの」 呼びかけても、帰ってきません。 その人は諦めずに鶴を折り続けましたが、何羽
#写真小説 ご覧ください、あの月を。 見事な三日月でしょう。しかし月が何故あのように欠けるのか、貴方はご存知でしょうか。なになに? ふぅむふむ、太陽と地球と月の位置関係が……? なるほど! つまり貴方は“真実”を知らぬ訳だ! お教えしましょう。あれはですね、魔女がいるからです。 真っ黒い服を着た魔女が、月に腰かけているのです。 魔女は……なんというか……ふくよかですからね。魔女の重みで月はべっこりと凹んでしまうのです。 それこそが、月の欠ける仕組みな訳ですよ。