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片手に我が子、片手にスマホ

 左手で、我が子の手を握り。
 右手で、スマホを持ち。
 そして私の目は、スマホの画面をじっと見つめている。
「あのさ僕さぁ、大きくなったらサッカー選手か漫画家かケーキ屋さんになるの」
「そう、いいわね」
 息子の呼びかけに答えながら、私は思う。
 スマホって便利だ。
 スマホって素晴らしい。
 人生の楽しさが、喜びが、この小さな機械の中にある。
「あっ! ねー、あの雲さー、怪獣みたい! 怪獣! 見て見て!」
「本当ね、怪獣みたいね」
 息子の無邪気な声を聞きながら、私はスマホの画面をじっと見つめる。
 無邪気で気まぐれな我が子は、今度は地面の小石に夢中になっている。
 一番かっこいい石を探すのだという。しゃがみこんで、あっちの石とこっちの石を見比べて……暫くは動かなさそうだ。この隙に私は、スマホから目を離す。
 左に、視線を向ける。
 私の、左手の先。
 ベッドに横たわる、息子の体がある。
 息子の体に繋がれた、幾つもの機械がある。
 ベッドの上の息子の片手を、私は左手でずっと握っている。
 息子が、私の手を握り返してくる事はない。
 重い病で、寝たきりになった息子。
 指のひとつも動かせない。
 目すら開かない。
 そんな息子の……。
「ね、お母さん、この葉っぱ、かっこよくない?」
「えっ? あら、そうねえ……石を探してたんじゃないの?」
「はっ。そうだった」
 息子の声に反応して、私はスマホに目を戻す。
 画面の中では、息子が笑っている。
 ベッドの上で、寝たきりになっている息子。
 そんな息子の、意識だけが今、VR空間の中で動いている。
 私の幼い頃はまだ、VRといっても、立体的な映像や音声を見聞きして、仮想空間に入り込んだ気分になるだけのものだった。
 それが、人間の意識そのものを、そのまま仮想空間内に流し込めるようになって。
 本当に仮想空間に入れるようになって。
 たとえ寝たきりでも。たとえ現実では、指一本動かせないような状態でも。
 VRの中でなら、自由に動けるようになった。
 地面から、かっこいい葉っぱや小石を探す事も。
 雲の形について、話す事も。
 将来の夢を語る事も。
 できるのだ。
 自由に。
 そして、その様子を、スマホやPCの画面越しに見る事も。
 スマホの画面に映るVR空間、そこで動く息子を、見つめる事も。
 会話だって。
 できる。
 私は、スマホの画面をじっと見つめている。
 画面の中、VR空間の中、そこで自由に動く我が子が、私に笑顔を向ける。
 右手で、スマホを握り、その中の我が子と会話をし。
 左手で、ベッドの上の、我が子の体と手を繋ぎ。
 スマホの画面を見つめ続ける。
 人生の楽しさが、喜びが、この小さな機械の中で、元気に動き回っている。

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