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博士と毒薬

「博士、また新しい研究ですか? 少し休憩しませんか、珈琲を淹れましたから」
「うわ助手くんいたのか、すまない気付かなかった、いや、少し考え事をしていて。珈琲、いただくよ。ありがとう。…………ん? これ砂糖入ってないな」
「砂糖ですか? おかしいな、いつもどおりに……いや、そうか。すみません。普段使っている品を切らしてしまって、違う品で代用したのですけど、甘みが足りませんでしたか。午後の買い出しでいつもの砂糖も買ってくるつもりですけど……今すぐ、砂糖だけ買ってきましょうか」
「いや、そこまでしなくていい、このままでも美味しいから。働き者だね君は。うん……そうだね……ちょっと、君に大事な話がしたい。そこに座ってくれるか」
「? はい。なんですか」
「……………………うん、単刀直入にいこう。毒薬を持ち去ったのは君だね?」
「え? 何の話か、僕にはよく……」
「とぼけなくていい。あの棚の鍵を持っているのは、私以外には君だけだ。ああいや責めるつもりじゃないんだ。むしろ、お礼が言いたくて。君は私を、止めようとしてくれたのだろう? 人の道を外れようとしていた私を」
「博士、あの……もう少し、詳しく話していただいても」
「詳しく? そうだね、話そう、あの毒薬は……いや、その前に経営の……助手くんはどこまで知っているのかな、ええと、うちの研究所は現在経営難なのだが」
「それは、なんとなく」
「そう、うん、正直潰れる寸前だ。研究所の維持の為には、金が必要だった。そこへ……名前は伏せるが、とある国から依頼があった。毒薬の開発だ。報酬は超高額」
「受けたのですか。その依頼」
「普段なら勿論断るさ。他者に害をなすような物は、うちの研究所じゃ作らない……普段ならね。でも、今は、この研究所を守る為に、金が……金が必要だったから」
「じゃあ」
「私は、誰にも告げず、ひとりで密かに毒薬を開発し……完成させた。任意の相手に飲ませれば、その人の体を時間をかけてじわじわ蝕んでいき、やがては、静かに命を終わらせる……そういう毒を。誰かの命を奪う物を、私は、作ってしまったんだよ。…………でも」
「でも?」
「でも、君が止めてくれたね」
「僕が?」
「あの棚に一度置いた毒薬が、次に見た時には消えていて、本当に驚いたし焦ったよ……だけど、君の仕業だとすぐに気付いた。君にだって私は毒薬の開発を隠して……君に一番見られたくなくて完璧に隠していた筈なんだが、バレていたんだな」
「ええと……つまり……毒薬を作って、あの棚に置いたんですね」
「ああ、そうだね、依頼主に渡すまでは、あそこで保管しておこうと」
「それが消えていたと」
「そう……おい。毒薬を持っていったの、まさか、君じゃあないのか?」
「その毒薬とは、透明な瓶に入った、白い、角砂糖に似た形のものですか?」
「そうだよ。合ってる。なんだ、やっぱり君が持ち去ったんだな」
「ああ、ええ、あれなら、そう、僕の仕業ではあるのですが」
「そうだろ。いや、それで良かったんだ。毒など作るべきではなかった。依頼主には『開発に失敗した』と説明して頭を下げよう……実はまだ、完成の報告はしていなくてね。ま、なんとかごまかせるだろう」
「あの、博士。その、先程お渡しした珈琲なのですが」
「うん? 珈琲? 珈琲がなんだい?」
「飲みました?」
「飲んだが。飲むところ目の前で見ていたろ。…………ん? 待ってくれ助手くん、君、何が言いたい?」
「博士が毒薬毒薬と言っているソレ、僕はまさか毒薬だなんて思ってはおらず」
「助手くん」
「あまりに角砂糖に似ているものだから」
「おい」
「いつもの砂糖を切らしていて代わりを入れた、って話は、しましたよね」
「助手」
「本当に角砂糖だと思ったんです」
「たすけてくれ」

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