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しらないおじさん
幼い頃の事だ。
あの日、遊びに出かけた僕は迷子になってしまい、日の暮れた町の中で泣きながら歩いていた。お腹すいた、家に帰りたい、でも家がどこかわからない。そんなような気持ちで涙を流していたと思う。
するとそこへ、知らない男性が話しかけてきたのだ。
「おい坊主、お前もしかして、アイツの息子か?」
男性は、僕の父の名を言った。それから、少し考えるような思い出すようなそぶりをしてから、僕自身の名を口にした。
僕は頷いた。
「迷子か?」
再び頷いた。
「そうか。まぁ、そんな泣くな。大丈夫。お前の家はこっちだよ」
その男性は、僕に手招きすると、道をゆっくりと歩き出した。僕は、それについていった。後から考えてみれば、幼い子供が知らない人に声をかけられついていくなど危険な行為としか思えないが……当時の僕は疑う事を知らなかった。
幸い、彼は誘拐犯ではなかった。ただの、親切な人だった。
その人と共に暗い道を歩き続けていると、やがて、知っている場所に出た。
見慣れた景色に安堵した僕を最初に見つけたのは、近所のおばさんであった。帰りの遅い僕を心配して、親と、それから近所の人達があちこちを捜索していたのだ。
おばさんが「いたよぉいたよ見つかったよぉ」と、ちょうど近くにいたらしい母をまず呼んだ。僕の姿を見た母は喜んだり「どこ行ってたの」と僕を叱ったりおばさんにお礼を言ったりいろいろとしてから、携帯で、別の場所を探していた父を呼んだ。
そうして父も駆けつけ、捜索に参加していた人達も集まってきて、僕の無事を皆で喜んでくれた。
僕は、両親に告げた。
道に迷って、家の場所がわからなくて、とても困っていた事を伝えた。
「でもね、しらないおじさんが、こっちだよ、っておしえてくれてね」
ここまでずっと一緒に歩いてきてくれたのだと話して、僕はようやく気付いた。
男性の姿が、いつの間にか消えている事に。
きょろきょろと彼の姿を探す僕に、両親はその男性の特徴を聞いた。
「しらないおじさん、って、どんな人? 近所の方かしら」
幼い僕は、幼いなりに、懸命に説明をしていった。
どれくらいの背丈で。どんな格好で。どんな喋り方で。
そういえばあの人は最初に父の名を言ったのだと思い出して、それも。
母が「誰かしらね」と首を傾げる横で、父が「まさかとは思うけど」と呟いた。
父は自分の携帯を操作し、一枚の写真を表示して、僕に見せた。
そこには、僕を両親のところへ連れてきてくれた、親切な男性が写っていた。
「このおじさんだよ!」
と、僕が元気よく肯定すると、父は「…………そうか」と小さく言った。
おじさんの正体について、父が説明してくれたのは、それから数日後の事。
あの人は、父の友人だったのだという。
「昔からずっと仲の良い友達だったんだけどね。二年、三年くらい前かな。ちょっと喧嘩をして、それから疎遠に……うん、ケンカしたまま仲直りできてなかったんだ。でもね、多分、お互いに『ごめんね』って言えていれば、また仲良しに戻れていたのかもしれないけど」
「? じゃあ、ごめんねっていえばいーんじゃない?」
僕の言葉に、「そうだね」と父は答え、そして話を続けた。
「……交通事故でね。つい最近、死んでしまったんだ」
彼の命日は、僕が迷子になった日の、一ヶ月ほど前だという。
そういえば、その頃、父がスーツとも違う黒い服を着てどこかへ出かけていたと、幼い僕はふと思い出した。
「お前の言うとおりだよ。ごめんねって、言っておけば良かったよ」
そう話した父は、続けて。
「でもあいつ、お前を助けてくれたんだなあ。けんかしてたのになあ」
父は、少し笑って、そのままぼろぼろと涙をこぼした。
あの父の涙を、親切なおじさんの姿を、僕はずっと覚えている。
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