見出し画像

南雲屋探偵事務所はなんでもやる 番外編 幕間

はじめに
 この作品は小説『南雲屋探偵事務所はなんでもやる』の番外編です。
 時系列としては三話と四話の間の話となります。
 
重ねて
 上記の『南雲屋~』は架空の小説です。
 三話も四話も一話も二話もないです。
 この作品は、存在しない作品の番外編、という形で書いた実験小説となります。
 
 
 
番外編 幕間
 血の臭いが充満する。
 赤黒く染まった床。絹を裂くような悲鳴が、部屋に響く。夫人の声だ。
 愛する夫の無残な死体をその目で見てしまった夫人の、慟哭。
 そんな彼女に向けて、探偵は、言葉を投げかける。
「助手くん」
 探偵は──。
「おーい助手くん、じょーしゅーくーん」
「なんですか先生、今いいところだったんですけど」
 読みかけのミステリ小説から顔を上げ、声の方向を見ると、南雲屋先生がソファに寝転がりながら片手をゆらゆら振っていた。その手には、空の袋が握られている。
「おやつ無くなっちゃったあ。おかわりある?」
「亡くなったのは館の主ですよ。金平糖なら昨日新しいのを買って置いてあります、いつものところに」
 そう伝え、僕はミステリ小説の頁に視線を戻す。探偵は、未亡人となってしまった夫人にどんな言葉を──。
「それがこれなんだけど」
「は!? もう食べちゃったんですか!?」
 再び僕は先生を見る。金平糖のたくさん詰まっていた筈の袋が、むなしく空っぽになってゆらゆら揺れる。僕はため息をひとつ吐いてから、袋を揺らす先生に、言葉を投げかける。
「先生、おやつばかり食べてないで、もっと探偵っぽい事してください」
「助手くんは諦めが悪いなあ。うちの事務所に、探偵っぽい依頼など来ないんだよ。私だってその小説のような活躍に憧れもしたさ昔はね、でも何故だろうね、私の元にやってくるのは面倒な雑用だとか単純な肉体労働だとか、この間も大変だったじゃあないか、汗だくになってさ、どうせ汗をかくならその探偵みたいに……」
「あっ駄目です先生それネタバレの流れでしょう」
「……その探偵みたいに館の……」
「先生」
「その小説の犯人はね」
「先生」
「実は夫人の正体は」
「先生!」
 と、くだらない会話をしていると、事務所の外から音が……足音が聞こえる。
「あっ、起きてください先生、依頼人かも」
 読みかけの本に栞を挟んで閉じ、ソファから先生の体をひっぺがそうと試みる。
「君の細腕でこの私が動かせるものか。いいよいいよ読書の続きしてて」
 事務所の扉がガチャリと開く。
 ノックもせず、チャイムも鳴らさず、遠慮なく入ってくる訪問者。
「あ、なんだ柳さんですか」
 入ってきたのは、すっかり見慣れてしまった顔。
 柳刑事であった。
「先生、柳さん来ましたよ」
「わかってるよぉ。柳くん、今日はなんだい、お茶でも飲みに来たかい」
「柳さん、そこの先生どかしてソファにどうぞ。飲み物、コーヒーでいいですよね。お茶菓子は……あー、お客さん用のクッキーしかないか……」
 僕が事務所のキッチンに入り、戸棚からインスタントコーヒーを取り出していると先生と柳さんの声が聞こえてくる。
「あの子、だんだん俺の扱い雑になってないか?」
「何を言うんだい、ああしてお茶の用意もしてくれているというのに」
「だってお前、あの台詞は客に対してのもんじゃないぞ」
「お客様扱いされないくらい良いじゃないか、私だって探偵扱いされない」
「探偵だろお前。探偵助手だろあの子」
「探偵っぽい事をしていないからさ! だから柳くん、君が探偵っぽい事件の依頼を持ってこないのがそもそも悪いんだよ」
 コーヒーとクッキーを持って先生達の元に戻ると、柳さんがソファに座り、先生が床に転がっていた。
「あ、助手くん助手くん。見てくれ、この男は私を床に捨てたぞ」
 僕は先生の言葉をスルーして、テーブルに三人分のコーヒーとクッキーを置いて、椅子に腰を下ろす。テーブルを挟んでソファの正面、ふたつ並んだ先生と僕の椅子。依頼人から話を聞く時の、いつもの定位置。
 そこに座って僕は自分用のカップでコーヒーを一口飲み。
 床の先生を見下ろす。
「助手くん?」
「ほらお前、客用のソファでごろ寝するような奴だから馬鹿にされてんだよ」
「いいえ。問題は先生の言うとおり探偵っぽい依頼がない事です」
 柳さんは、僕を見つめて、少し間を置き、「ん?」と疑問符を投げかける。
「貴方も警察なら警察らしく、未解決難事件の話とか持ってきてください!」
 柳さんは「んー」と長音を投げかけ、言葉を続ける。
「この事務所は探偵も助手もろくでもねえなあ!」
 
 その後、柳さんが始めたのは一応は依頼の話であった。
「知ってるだろ、月見堂。和菓子屋の。あそこな、近々改装するってんで……」
 いつもどおりの、雑用の話。
「それで柳くん、そこでは何人死んだんだい」
「死んでないからな。一人も」
「柳さん、もしや遺産争いとかそういう話ですか」
「だから死んでないからな。誰も」
 僕らの茶々を受け流しながら、柳さんは話を進めていく。
「……で……が…………って訳で、お前に頼みたいってのがこの箱だ」
 差し出された、禍々しい気配を漂わせる古い箱……と、一緒に出された饅頭の箱。
「こっちは前金代わりに、って渡された饅頭」
「なるふぉどね、ふん、ここのまんひゅうは美味ふいんだよ」
「先生、出されて速攻食べないでください、食べながら喋るのもやめましょうね」
「助手ふんもふぁべなふぁい」
「いただきますけど。柳さんも食べます?」
 僕ら三人が饅頭をもぐもぐしている間……饅頭の箱の横で、禍々しい箱がなんだか居心地悪そうにしているように思えた。
 申し訳ないけれど、呪いを解く為奔走するような、面倒な雑用の話は、また次回。
 今回は、ただ、僕らがもぐもぐと饅頭を咀嚼するだけで終わらせてもらおう。
 今回の話には中身もなく、その分面倒もなく、残念ながら謎もなく。
 あえて言うならば唯一文句だけがある。
 やはり探偵事務所で働くからには、もっとミステリ的な体験がしたいものだ。
 いつもどおりの、雑用仕事ばかりでなくて。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?