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千羽鶴

 昔々あるところで、ある心根の優しい人が、不幸な目に遭った方へ自分の気持ちを贈ってあげようと、千羽鶴を折っておりました。
 ところが、はて、どうしたことでしょう。
 紙で作られた折り鶴が折ったそばからまるで生き物のように羽ばたいて、その人の手から飛び去っていくのです。閉めている窓の隙間にうまいこと平らな体を潜らせ、外の世界へ出て行きます、空高くまで飛んでいきます。
「おおい、おおい、どこへ行くの」
 呼びかけても、帰ってきません。
 その人は諦めずに鶴を折り続けましたが、何羽折っても同じ事でした。
 皆、飛び去ってしまうのです。ついには、用意していた千の紙が、全て空の彼方へ消えてしまいました。
 自分の気持ちが形に残らなかった事に、その人はとてもがっかりしたのでした。
 
 さて、それから幾日か過ぎた頃の事です。
 朝早くに、その人の目は覚めました。昨夜閉めた筈の窓が開いていて、冷たい風が部屋の中に吹き込んでいて、それがその人を起こしたのでした。
「あれ? なんで開いて……」
 と呟いたその人の頭に、ぽとっと何かが落ちてきました。それは草の実であるようでした。続けて別の物が、ぽとっ。それは、うねうね動くミミズでした。
 頭上から、声が聞こえます。
「窓は私達が開けたのです。私達の体は平らで、隙間から中に入れますが、貴方への贈り物は私達の体よりも膨らんでいて、隙間を通らなかったものですから」
 見上げると、部屋の天井近くを、たくさんの折り鶴が飛んでいました。
 折り鶴達は皆、クチバシに何かを咥えています。いや、よく見ますと、草や虫に、自分達のクチバシを突き刺しているようでした。折り鶴達のクチバシは、物を咥える事ができるような構造になっておりません、ただ尖っているだけです、だから咥えるのでなく獲物を突き刺しているのでしょう。
 それにしたって、一度は外に出て行った鶴達が獲物を咥えて……いや、突き刺して戻ってきて、一体、何をしようと言うのでしょう。
「これは全て、私達から貴方への贈り物です。私達の気持ちです」
 ぽとっ。ぽとっ。
 ぽとぽとぽとぽとっ。
 部屋の床に、草が、虫が、次々と落とされていきます。
 自分の布団の上で、穴の開いた虫の死骸が転がっている様を、まだ生きている虫がもぞもぞと蠢く様を、目にしてその人は小さく悲鳴を上げました。
 頭上からの声は続きます。
「私達を作っていただけて、本当に感謝しております。これは、そのお礼です。皆で貴方に贈る為懸命に集めたのです。是非ともお受け取りください」
 ぽとぽとぽとぽとぽとぽとぽとぽと。
 たくさんの草が、虫が、部屋を埋め尽くしていき。
 窓から吹き込む冷たい風が、その人の体を震わせるのでした。
 めでたし、めでたし。

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