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小説「なめらかに輪郭」1

注意⚠️ 小説は趣味で書いているので、
変なところ、話に脈略がないところが
あるかもです。まだまだ学び中ですので、
温かい目でお読みください...。
感想、ご指摘、どんなものでも待ってます!


 生き返れ、紗智(さち)。誰もいないロッカールームで、勤務前に買っていたエナジーゼリーを開けると、そう縋るように一口啜った。人工甘味料のギトギトした甘さが、舌の上でざらりと溶けて、体の端々に染み渡っていく。その味は、夜勤明けの私にとって目が覚めるくらいに美味しかった。さっきまで、どうやって長い間、働いていたか、思い出せないくらいだった。

震える手は使わずに、パックの吸い口部分を歯で噛み支えると、不織布のインナーキャップを雑に取る。そして、作業つなぎのジッパーを首元から腰の部分まで下ろすと、私は一気に脱いだ。働き始めた頃は、着替えながら明日どうやって過ごすかを考えたりしていたけど、最近はそれよりも、早く自分の体を見たい。そして、ポーズを研究したい。

私は、ロッカーを勢いよく開けた。扉の裏に備え付けの全身鏡を覗くと、そこにはブラとショーツのままで頬を凹ましながらゼリーを吸っている私が映る。一夜明けてから久々に見る顔は、目は充血気味の半開きで、すごく疲れている。唇も白く変色して、色がない。少し落ち込んだけど唇をつねれば赤く染まり出したし、休憩の際に廃棄の饅頭をいくつか食べても細い体と長い手足はちゃんと変わらずあったので、大丈夫、大丈夫と自分を落ち着かせられた。それより、インナーキャップに埋もれていた髪が爆発していて、まるで火事から逃げてきた人みたいなのが、ちょっと間抜けにみえて、可笑しかった。

頭を切り替えるように、一回結んだゴムを解き、ぼさぼさの髪を手櫛で整え、片方の肩に寄せて耳にかけた。鏡を覗き直すと、今日は疲れていても様に見える、アンニュイな表情でポーズを取ろうと考えた。丹念に顔や体をチェックすると、夜勤明けの血走った目から、ふと頭の片隅にどこかの写真集で見た、マンホールの地下に住むフィリピンの孤児たちの写真を思い出した。
その瞬間、馬鹿な考えかもしれないけど、もしかしたら、ほんのもしかしたらだけど、彼らに似た近しいものが、今、目の前にある私の夜勤明けで疲れた表情にあるかもしれないと感じた。
危険な世界で生き続ける、彼らの切迫と孤高に満ちた、尖って冷たく光る、あの眼差し。私は、深夜、永遠にラインに乗るお饅頭をただひたすら並べ直し、箱に詰める。それだけで、彼らのリアルな美しさの境地に届きそうな気がした。

写真集の名前は忘れたけど、カメラマンは長松さんだったことを思い出した。彼の撮った写真は世界観とモデルの表情、ポージング全てにおいて綺麗で、背表紙にある長松さん自身の顔も、渋くてかっこいい。いつか、紗智も、私のことも長松さんに撮ってもらいたい。そう思っている。

鋭い目を意識しながら、ロッカールームの鏡の前で、白鳥の湖のマイムのポーズを取る。手の動きに合わせて、足をクロスさせたり、目線を上向きに置いたりした。すると、ポージングはもう少し工夫した方がいいと思ったが、表情は繊細な所作とぎらついた目線がうまく合わさって、綺麗な感じがした。

私はこうやって、誰もいない夜勤明けにポーズを取っている。よくよく考えてみると、下着姿で鏡の前で延々とポーズを取るのは側から見て変態すぎる。特に今日はピンクベージュの下着だから皮膚の色と近いし、こんなナルシズムの塊のような動きをしていると、誰かが今の私を見たら、私が裸でくねくね動きながら鏡をうっとり眺めている、そう誤解されるかもしれない。もしもそうなったら、絶対に変態だと噂されてしまうだろう。でも、このお饅頭工場で働いているのは、あくまで副業で、本業のデッサンモデルだけでは食べていけないから働いているだけだし、業務中は私語禁止の、この工場なら私の事など誰が気に留めても問題ない。そして万が一、見られたとしても、お菓子工場には珍しい、男8女2の超男社会の環境で、お饅頭をこし餡か粒餡に分けて、規定の箱に入れ続ける作業はこれからも変わるわけがない。なにより、私は、自分の体型にはとても自信があったし、眺め続けることも大好きで、誰になんと言われようと、いつまでも鏡を見ていたい気持ちを無くすことはできない。顔の小ささと手足の長さ、そして少年のように細い棒のような体は、いつまでも私の誇りだった。むしろ、こんな姿を見られたとて、美しいから別にいいでしょう、という高飛車な気持ちにもなってくる。

「美しいから、別に、いいでしょう。」
がらんどうとしたロッカールームの中で一言そうやって呟いてみると、途端になぜか寂しい気持ちが胸の内に湧いてきた。
俯くと、全身鏡に印字された『清潔な身だしなみと思いやりのある行動を心がけよう!』のスローガンが目に入る。それの文言が唯一、私の思考を遠回しに、叱っているようだった。スローガンの横に小さくある風紀委員みたいなイラストの笑顔が、悟りを開いた菩薩っぽくて、声を出して笑ってしまった。

腕時計に目をやると、定刻をとうに過ぎていて、もうすぐ朝番が来る時間だ。急いでゼリーをつぶし飲み、床に散らばった作業つなぎを拾い、バッグの中に詰め込む。脚に沿ったジーンズを履き、コットンの白Tシャツを着て、ロッカールームを出た。ゼリーのパックは、出る直前、近くのゴミ箱に思いきり投げ捨て、タイムカードも、その勢いで切った。もちろん、着替えと鏡の見過ぎで過ぎた時間分の残業代は出ない。

ショートショート。続いたら、いいな。

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