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にぎわいの創出 (月曜日の図書館164)

図書館の入り口には円形の花壇が何か所かあって、数年前からそこは館長が世話をすることになっている。今の館長は落ち着いた色の花を選ぶ。葉っぱが主役の植物も多い。それも、色鉛筆の緑ではなくて、くすんだような、灰が混ざったような緑色を選ぶ。元気が足りないという人もいるけれど、図書館の古い建物とも調和しているし、わたしはとても好きだ。

その前の館長は近くにある公園管理事務所から、余った苗をもらってきていた。パンジーとかチューリップとか、子どものときに植えさせられたから名前は知っているものの、それ以上でも以下でもない花々。余りものなので色は選べず、ごちゃごちゃとまとまりがなかった。〇〇公園からいただきました、と明朝体で書いて貼ってあった。

ときどき利用者が、カラスのふりをして引っこぬいた。

「おはよう」「いいあさね」

公園では定期的にさまざまなイベントが開催される。外車の見本市が行われることもあったし、高級金魚が売り買いされることもあった。秋まつりには図書館からも移動図書館が出動し、青空おはなし会を開く。野外ステージでは地下アイドルが無料ライブを開くこともある。ベンチ席では、おじいさんたちが囲碁や将棋に興じている。

公園の歴史をさかのぼってみると、人々は何かにつけこの公園に集っていたことがわかる。電車賃が高くて焼き討ち事件を起こした人たちは、まずこの公園で互いの団結力を高め合ってから暴挙に及んだ。まだハンセン病に対する理解が誤っていたころは、患者を野放しにしてはいけないと主張する人たちがこの地に集い、野外ステージで演説をしたり、なぜかコンサートを開いたりしている。

ここ数年は赤旗まつりが開催される。名前からは政治色の強いイベントなのかと思うが、中身は普通のおまつりと変わらない。焼きそばやクレープなどの路面店が立ち並び、近所から来たと思われる人たちが買っている。収入は共産党の資金になるのだろう。

問題は街宣車だ。赤旗まつりの日は、近くに必ず街宣車がきて、メガホンで何かをがなりたてる。こんなときは窓を閉めても図書館の中までうるさい。窓口に苦情を言ってくる人もいるが、わたしたちには止められない。はからずも図書館=静かにしなければいけないという既存の価値観を、彼らはこなごなに壊す。

耳をすませてみても、一文字だって聞き取れたためしがない。

ここに来るほど刈り取られる

近い将来、館内の自習席をウェブ予約できるようにしよう、という話が持ち上がる。DXの波に乗るのだ。現在は当日窓口で、ホワイトボードを見ながら座席を選び、プラスチックの席札を受け取る仕組みになっている。ウェブから事前に予約できるようになると、電子機器に弱い高齢者がしめ出されてしまうのではないか。しかも平日の昼間に席を利用するのは半分以上が高齢者である。

メリットを挙げるなら、ウェブに慣れ親しんだ若い世代の利用が増える。今や小学生だって立派に使いこなすのだ。利用者の平均年齢が下がることで、館内の空気があたらしくなり、活気が生まれるのではないか。

いや、それは儚い夢だ、と誰かが言う。

既存の利用者をなめてはいけない。彼らの居場所は、子どもと違ってここしかないのだ。機械操作ができないのなら、予約をせずに好き放題座るにちがいない。正規の手続きを済ませた利用者をどかすことさえやりかねない。事実、新聞席に座っていた子どもを怒鳴りつけてゆずらせた高齢者を見た、という人もいる。

ここでは強くて厚かましく、嫌な人間になることを意に介さない人間しか生き残れない。純粋無垢な子どもに勝ち目はない。不必要なトラウマを背負って、図書館に来なくなるかもしれない。のみならず大人に対する不信感まで抱くだろう。

毎日図書館に通って、毎日本を読むほど、心が貧しくなる人もいる。

たっぷり注ぎましょう

前の前の館長は、花壇にひまわりを植えていた。緑の手の持ち主だったのか、種から育てたひまわりはぐんぐん大きくなり、最後には大粒の種をたくさんつけた。できた種はおはなし会にきた子どもたちへのプレゼントになった。

普段は行事のお知らせと本の紹介しか流さない公式ツイッターで、数週間に一度、ひまわりの成長具合がつぶやかれるのはなかなかシュールだった。待ち焦がれて追っている人などいるはずもなく、唐突にタイムラインに流れてくるひまわりは、のどかで、間が抜けていて、すごく従来通りの図書館だった。

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