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ボクの名前は―。



「ねえ、進路希望決まった?」
 放課後、一緒に下校してる友達が私に訊いてきた。
「うーん、わかんないや」
「そっか」
 先日、学校で進路希望調査票が配られた。各々卒業後の進路希望を書き学校へ提出するようにと言われたけど、私にはよく分からなかった。みんなは進学とか、就職とか、家業を継ぐとかいろいろ言ってたけど、私はどうすればいいのかな。
 勉強だってそんなに得意じゃないし、特別興味があることもない。お母さんにはとりあえず大学に進学することを勧められたけど、担任の先生から私立大学の四年間の学費の額を訊いたとき、軽い気持ちで進学するのは両親に申し訳ない気がした。
「じゃあまたね」
「うん」
 友達と別れた後もしばらく考えて歩いた。
 うーん、やっぱり進路って言われても分からないなあ。私のなりたいもの、やりたいことってなんだろう。
 
 家に着いた私はブレザーを脱ぎ制服のままベットに寝転がった。
 スマホを見ると、友達からのLINEとかSNSのリプライとか通知がたくさん溜まっている。いつものようにSNSのアプリを開くと、知らないアカウントから一通のDMが届いていた。また変な男の人からのDMかな。そう思って開くとこんなことが書いてあった。
「アイドルやりませんか」
「え?」
 新手のスパムかなと思ったけど、割とちゃんとしたスカウトだった。公式サイトのURLも載ってたし、念のためフリートに書いてある会社名をググってみたけど、普通にガチなやつっぽい。
アイドルって、ステージに立って歌ったり踊ったりするやつだよね。私が? なんで?
 丁寧な文体で書かれた長文を読み進める。
 要約すると、私がSNSに投稿している自撮りや配信アプリでの活動が運営の人の目に留まったらしい。
「アイドルかあ」
 正直に言うと、子供のころ憧れていたことはあった。学芸会や文化祭でアイドルの真似事をしたこともあった。けれどアイドルという存在は自分の中で現実的なものではなかった。日曜の朝にやってるアニメの魔法少女と一緒。憧れるけど画面の向こうの存在。そんな認識だった。

「ばかばかしいや」
 吐き捨てるようにそう呟き、返信せずDMを閉じた。
 アイドルなんてできるわけないよ。私より可愛い子なんてたくさんいるし。腕の傷だって隠さないとだし、何ならふわふわのパンケーキより265円の牛丼の方が好きだもん。もし進路希望調査にアイドルなんて書いたら先生にもクラスの男の子にも笑われるに決まってるよ。くだらないこと考えてないでお風呂入って寝よう。

 早朝、七時。
 いつものようにスマホのアラームで目が覚めた私は、シャワーを浴び、制服に着替え、校則に引っ掛からない程度にメイクをし学校へ向かった。
教室に着くと、いつものように友達がひとかたまりになって雑談しているので私もそこに混ざる。授業が始まるまで取り留めのない話をして時間を潰すのはもはや毎朝のルーティンだ。
「おはよ」
 軽く挨拶し、近くの机に腰を掛けた。
なんだか今日は話が盛り上がってる気がする。何の話だろう。
そう思ってると、途中から来た私のために誰からともなく皆が興奮気味に話してくれた。
 話の内容は、友達のうちのひとりが舞台女優になるために単身で大阪に行く、といったものだった。私も初耳だったのでやや驚いた。なんでも、卒業後はミュージカルを学ぶために大阪の芸術大学へ進学するそうだ。
「え、すごいじゃん!」
 私は未だ進路に悩んでるのに、友達は夢に向かって現実的に将来のことを考えていた。それがなんだか少し悔しくて、けど羨ましくもあった。舞台女優。言葉にするのは簡単だけど現実は甘くない。きっとこれからたくさんのレッスンやオーディションを受けて、思うように結果が出ないこともあるだろうけど、それでも努力を続けなきゃいけない。そんな世界に飛び込むなんて私なら絶対に無理だ。
「怖くないの?」
 気が付けばそんなことを訊いていた。
「怖いよ。けど後悔したくないからね」
 そう言った彼女の眼はきれいだった。
 私の知らない世界の話をしているはずなのに、その目はどこまでも真っ直ぐで迷いがないように見えた。そして何より、彼女はこの道に進むことに対してちゃんと覚悟を決めているんだと思った。だから私はそれ以上何も言えなかった。
 
 授業中、私はずっと考えていた。もし私が彼女と同じ立場になった時、自分は一体何をするんだろうかって。
 まず思い浮かぶのは親に相談することかな? 
 うちの両親は私がやりたいことは何でもさせてくれると思う。もちろんそれはありがたいことだけれど、きっと両親を頼るのは最後の手段になるはず。だって今以上にたくさん迷惑をかけることになるかもしれないし。
 じゃあどうしよう?
 先生の話を聞きながら頭の中でぐるぐると考える。
 結局答えが出ないまま放課後を迎えた。
 
 帰宅後、ひとりきりの部屋の中、ふと思い立ってスマホを手に取る。SNSを開くと、昨日届いたばかりのDMが表示されている。
「アイドルやりませんか」
 たしかにそう書いてある。正直まだ全然実感はないんだけど、とりあえず返事することにした。
 画面を見つめたまま、大きく息を吐いた。そうだよね。いつまでも子供のままじゃないもんね。
 私はゆっくりと送信ボタンを押した。
「よろしくお願いします」
 
 それから数日経って、事務所からの連絡があった。
「ついに来た‼」
 ちょっと緊張しながら電話を取ると、聞こえてきた声は若い男の人だった。マネージャーさんみたいな感じの人なのかな?
 そう思って話を聞いてみると、なんでも先日のスカウトは本当だったらしい。
 やはり心のどこかでは本当にアイドルになれるとは思っていなかったので、私自身とても驚いている。
 なんにせよ、これで一歩前に進めたわけだ。
 さっそく明日、面接をしてもらうことになった。不安もあるけど楽しみでもある。うまくできるといいな。

 翌朝、学校に行くふりをして家を出た。向かう先は駅近くの雑居ビルの中になる小さなスタジオだ。こういうところに入るのは初めてで、なんだかそわそわしてしまう。
 扉を開けると、そこにはすでに女の子がいた。
 派手な髪色をした子だ。歳は少し上に見えるけど、背丈はあまり変わらない。すらっとしていてスタイルが良いのがよくわかる。服装もオシャレだし、すごく大人っぽい印象を受ける。
 その子を見た瞬間、思わず見惚れてしまった。
 かわいいというより綺麗という言葉の方が似合うような気がする。落ち着いた雰囲気があり、不思議な魅力を感じる。
 私が呆気に取られている間に、彼女はこっちを向いて話しかけてきた。
「おはよう。あなたも面接に来た子?」
「あ、はい」
 短くそう答える。すると彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべ
「私はあんず! 一緒にがんばろうね!」
 と、そう言って私の手をぎゅっと握ってきた。
 あれ? 意外と快活な子? 
 拍子抜けしているとスタッフらしき人がやってきた。どうやら面接の時間が来たようだ。
 
 案内されたまま廊下を進む。突き当りにある部屋に入ると、中には男の人がふたり待っていた。
「はじめまして。私はプロデューサー兼社長の相川です。こちらはADの大葉くん。お二人にはこれから私たちと一緒に活動してもらおうと思います」

 社長さんの言葉に続けて大葉と呼ばれた男性が名刺を差し出してくる。それを受け取ると彼は一礼してから自分の席に戻った。
「早速ですけど、質問いいですか?」
 あんずちゃんが小さく手を挙げ、訊ねる。
「もちろん。何か気になることがあれば遠慮なく訊いてください」
 そう促されたあんずちゃんは口を開いた。
「あの、私はまだ学生なんですけど、大丈夫ですか?」
 その言葉に社長さんは笑い出した。
「あはは、心配いらないよ。ちゃんと学業優先でやってもらうつもりだから。まあどうしても仕事を優先してほしい時は頼むかもしれないけどね」
 あんずちゃんは、その言葉で安心することができたのか、ほっとしたような表情を見せた。
 その後、いくつかの質疑応答があって面接は終了した。
 最後に、これからの活動について説明を受けた。
 基本的にはレッスンを受けてもらいつつ、後は現場で経験を積んでほしいとのこと。
 事務所としては、できれば即戦力になってもらいたいと思っているが、焦らずじっくり考えてくれればそれで構わないとも言われた。
 そして最後に、
「もし興味が湧いたならいつでも連絡してきてね。私たちは待っているから」と、そう言われて面接を終えた。

 帰り道、電車に揺られながら考える。アイドルか……本当になれるんだな、私。今まで考えたこともなかった未来に、少しだけわくわくした気持ちになった。

 それからは忙しい日々が続いた。まずは基礎体力作りのため、放課後は毎日ダンスと歌の練習をした。慣れないことばかりで大変だったけれど、なんとかついていけるようになったと思う。
 
 そしていよいよ初めてのライブ当日を迎えた。会場は小さなライブハウス。収容人数は100人ほどだろうか。ステージに立つと、たくさんの観客がいることがわかった。みんなこちらを見ている。なんだか緊張してきた……。
 でも、いつまでも黙っているわけにはいかない。
 私は覚悟を決めてマイクを手に取った。
 
――みなさん! こんにちは! ボクの名前は――


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