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第4章 罪と罰のレクイエム-1

Vol.1
「あら、もう起きたの。」
ベッドの上ではだけたバスローブを戻しながら少し乱れた黒奈が僕に囁いた。
「うん。なんか目が覚めちゃった。」
黒奈は起き上がると私もコーヒーを飲みたいと言ったので、僕が新しいものを用意した。黒奈の横に座る。二人で飲むコーヒーはなんだか不思議な気持ちになった。黒奈が僕に寄りかかる。黒奈の熱が僕に伝わってくる。僕も黒奈の頭をなぞった。コーヒーをベッド脇のテーブルに置く。そして、朝日が差し込むベッドの上で僕らはキスをした。コーヒーの味のする熱いキス。まだカフェインが回りきっていな身体は半分くらい寝ているかもしれない。夢現のような少し浮いたような感覚で舌が交差する。キスの最中にバスローブからチラつく白く柔らかい肌が僕を誘惑する。抑えきれない衝動に襲われた僕が黒奈を押し倒す。
「一限遅れちゃうわよ。」
「誘ったのは黒奈だろ。」
僕は、黒奈の目を見ていった。黒奈は少し恥ずかしそうに上目遣いで「もうっ」と言った。どこかのAVのシチュエーションのようだった。だけどその非日常的なシチュエーションが僕らを逆に燃えるような感覚にさせたのは間違いない。まだ酔いが覚めていないわけではない。雰囲気という雰囲気が僕らをそうさせているのかもしれない。
「1回だけよ。」
 ー僕は再び黒奈を抱いた。いつもより人間臭く情熱的な行為だった。黒奈の喘ぎ声が僕の心臓と共鳴していく気がした。このとき、僕は未来のことを忘れていた。いや、忘れようと必死に自分を演じていたんだ。未来と出会わない世界線を想像して、僕は黒奈と愛し合っている。そんな自分がライブ帰りにお酒を飲んで一夜を過ごす。朝になり、昨日の余韻を味合うように身体を交えていく。昨日したことを一つ一つ本当のことだったのかと確かめるように。全てが終わる頃には、僕と黒奈はいつも通りに戻っていた。お互い身体を交える前の二人と同じだった。二人で大学に向かいそれぞれの日常にまた戻っていった。
 午前中の講義が終わり、僕は学食で昼食を食べていた。すると、後ろから白弓先輩が声をかけてきた。
「セレン。お疲れー。昨日は突然来れなくなってごめんな。」
この人に今日に限っては会いたくなかった。こんな気分の日には一人で落ち着いて心の整理をしたいと思っていたからだ。
「大丈夫ですよ。とても素敵なライブでしたよ。なんか、久々に熱くなる感じでした。」
「マジか。それは勿体なかったな。今度また行こうぜ。」
「いいですよ。また剣崎にチケットもらえないか交渉してもらわないとですけど。」
「そうだな、そこは頑張ってもらおうか。ところで、なんかいつもより腑抜けた感じだけどなんかあったの。」
ほら。僕の僅かな変化を感じ取って聞いてきた。
「なんでもないですよ。」
僕が短く言うと、「そうか」とだけ言ってその場を立ち去っていった。僕はいつもなら絶対に食いついてくると思ったのにこんなにあっさりさってしまったことに驚いた。まあ、こういう日もあるのだろうと思い、午後の講義に出席した。

 気づくといつの間にか未来との半年記念日当日になっていた。清々しいシアンブルーの青空が僕を祝福しているかのようだった。あれから未来にうまく会話ができていなかった。未来も昨日も一昨日もずっと友達の家に泊まると言って家を開けていたからである。スマートフォンでのメッセージのやり取りだけしかしていなかた。「友達」という響きが僕は少し疑っていた。どうせ先日見かけた男のところだろうと思いながら僕は黒奈と会っていた。何をするとは言わないが。待ち合わせの前に僕は、バイト先で翠さんの元へと走った。僕らの一年記念日を記念して花束を作ってくれると言うことだった。
「お疲れ様です。」
バイト先に到着した。翠さんはいつも通り、花と対話しながら作業を行なっていた。
「セレンくん。おめでとう。」
翠さんが僕の顔を見るなり声をかけてくれた。
「ありがとうございます。」
「ちょっと待っててね。今取ってくるから。」
翠さんは、そう言って奥の部屋に歩いていった。しばらくすると、花束をもった翠さんが僕の元へやってきた。
「えっ、こんなに立派な花束をいただいていいんですか。」
翠さんが手渡してくれた花束はまさに芸術品だった。ヨモギをベースにハイビスカスとサルビアのドライフラワーをその上に重ねており、中心部にはツリガネソウが気高く飾られていた。色の引き合いがとても綺麗だった。香りも良く、よもぎの落ち着く香りが個人的には好きだった。僕はこの花束を見た瞬間から気にいった。なんだかいろんなカオスな感情が整えられていくような感覚だった。
「セレンくんのことを思うと、インスピレーションがすごく溢れてきたよ。他の作品にもいい影響が出てると思う。こちらのほうこそ感謝だよ。今日は思う存分楽しんできな。」
翠さんに見送られて、僕は未来と待ち合わせの目黒駅に到着した。
一度花束を今日いくお店に預けたので、待ち合わせ時刻の少しギリギリになってしまった。午後17時57分。街は人で溢れていた。あまり、目黒という街に来たことがないが、いつもの街より、少し落ち着いている感じがした。通ってきた道には、カフェやパン屋が立ち並ぶ街並みが近くにあり、マダムみたいな人がこぞって買いに来ていた。チラリと店を見るととてもイケメンな店員が接客をしており、案外この店員さんを目当てできているのかもしれないと感じさせた。そんなことを考えていると未来がいつも通りに前髪を押さえながらやってきた。
「お待たせ。待った。」
「今着いたところだよ。」
「そっか、よかった。じゃあ行こうか。」
こうして僕らはお店へと向かった。少し雲が空を覆っていた。来週からは梅雨に突入すると天気予報で行っていた。そんなことを思っているとお店に着いた。
「いらっしゃいませ。ご予約はされていますか。」
正装でハンサムな顔立ちの店員さんが話しかけてきた。いかにもミシュランのお店と言わんばかり、きっちりと整っていた。僕は、少し緊張しながら応えた。
「月喰で予約してます。」
すると、僕らを白いテーブルクロスの敷かれた美しいテーブルに案内された。到着すると、テーブルの上に飾られたいくつかのキャンドルの一つに火が灯された。レモングラスのような爽やかな香りがテーブルの上に広がる。いい香りだ。と思っていると店員さんがやってきた。
「当店では、メニューはありません。本日のコースのみです。事前にお答え頂いたアレルギー等の回答にお間違いはないでしょうか。」
「大丈夫です。」
「承知いたしました。」
やはり、こういうお堅いお店は慣れない。未来が、キャンドルについてっ質問した。すると、料理に合わせてキャンドルの香りも楽しんでいただくスタイルで、料理ごとにキャンドルを変えているらしい。さらに、空調の影響で他のお客さんのところへは匂いが届かないようになっていると店員が説明してくれた。
「君のおかげでこんなところに来れて本当に幸せだよ。」
未来がいつも以上に揺れている。嬉しそうな未来を見ながら僕は少し和やかな気持ちになった。数日前に起こった出来事がまるで嘘のように僕はこの時間を噛み締めた。
「前菜の山羊のババロアと山菜のいちじくソースです。」
前菜が運ばれてきた。山羊のババロアとは聞いたことがない。プルプルの白いプリンが草の上に乗っており、いちじくのソースが緑と赤のコントラストが綺麗だった。一口食べてみる。
「山菜がワサビのような感じでその辛さをいちじくのソースが包み込んで調和を生み出していた。最後にババロアが全てを流し込むような喉越しで完璧だ。それに、ミルク味の残った口の中をレモングラスの香りが爽やかにさせてくれる。さすがミシュラン。」
「君の食レポは難解でなんか意味分からないよ。」
未来が笑いながら僕にいってきた。僕は心の中で唱えていたと思っていたが、口に出していたことに驚いた。それほど衝撃的で美味しいということだろう。
「未来にはこの複雑な味が分からないかな。」
僕がおちょくると、未来が少しムスッとした顔になり、どうせ子供舌ですよっと言いながら前菜を口に放り入れた。勿体ない食べ方だった。
 いくつかの料理が運ばれ、美味しいワインとともに舌鼓しながらこんな茶番をしていると、店員さんがやってきて新たなキャンドルに火を灯した。ハチミツのような香りがする。
「うわ、蜂蜜の香りしない。私、このキャンドル欲しいな。今度買いに行こうね。」
「そうだね。これは家にあっても美味しい気持ちになれるかも。」
「いや、その反応はプーさんじゃん。」
「いや、どこが。ハチミツは美味しい匂いじゃない。」
「いい香りとかならわかるけど蜂蜜で美味しそうはプーさんだよ。」
何を言っているんだか。また、未来節が始まった。よくあることだが。
「キジバトと木苺の燻製焼きです。まずは、そのまま、その後にソースをスプーンで掬って口の中で混ぜ合わせてお召し上がりください。」
この料理も素敵だった。雉鳩の燻製に木苺が鳴っているかのような盛り付けでまさに、自然の中の一瞬の風景をとり出したかのような料理だった。見た目に心を奪われつつ、店員さんの説明通り、まずは、香ばしい香りのする雉鳩を口に運んだ。一口食べた瞬間から、あっさりとした雉鳩の油が広がり、香ばしいお肉が凝縮された旨味を感じた。仄かに木苺の甘みも感じた。そしてクリームソースのようなソースを口に運ぶとそれは魅惑のマリアージュを生み出した。クリームソースは、いく種類かのチーズを組み合わせているのかすごく旨味が強かった。強い香りが口の中に残っている。呼吸をすると、キャンドルのハチミツがその強さを甘い香りにすり替えていく。素晴らしかった。素晴らしいの最上級の味だった。横を見ると未来が不思議そうな顔をしていた。
「どうしたの。不思議そうな顔して。」
「鳩ってあの公園とかにいる鳩なの。こんなに美味しいの。」
「元々は山に生息していたんだけど、1970年くらいに狩の制限されるようになってから、人里に出て野生化したらしい。でも、ここの雉鳩は多分山で獲られたものだと思うけど。」
「そうなんだ。なんか鳩かわいそう。平和の象徴なのに食べられちゃうなんて。」
未来は少し悲しそうに言った。
「鳩が平和の象徴だって少し皮肉な気がするな。鷹は飢えても穂を摘まないけど、鳩は飢えたら穂を摘む。自分が苦しい時は他人の物を奪う世界。まるで人間の醜さを象徴しているかのような感じだよ。国と国が戦争や紛争をする人間は、窮地に陥ると他人から自分が生きるために、略奪や侵略を行う。醜い世界に蓋をして、その偽りの姿だけを見ている感じだ。」
僕が言った言葉を未来は真剣に聞いていた。そして、何かを思いついた顔をして僕に言った。
「私は、君が鷹だと思ってるよ。」
何を言っているんだろう。僕はそう思いながら赤ワインを口に運んだ。
「顔赤いよ。照れてる。照れてる。」
「未来が酔ってきてるだけだよ。」
未来が無邪気に身体を揺らしている。楽しそうだった。僕は、いい頃合いだと思い、店員に合図をした。すると、店員は笑顔で僕が預けた花束を持ってきた。
「お客さま、彼氏様からのプレゼントです。」
「え、とても素敵な花束。こんなに素敵な花束初めてもらった。ありがとう。」
「気に入ってくれてよかった。あと、この前言ってたネックレス。」
僕は、先日黒奈と買いにいったプレゼントを未来に渡した。とても嬉しそうな未来は、僕から手渡されたネックレスを早速身に付けた。
「どう。似合うかな。」
「似合ってるよ。」
「ありがとう。本当に幸せ。私からも君にプレゼント。」
そう言って未来は僕に腕時計をプレゼントしてくれた。僕が未来とデート中に見ていた時計だった。北欧風の落ち着いた感じの時計だった。正直、この時計のことを気に入っていると言葉にしたことはなかったのに、未来がプレゼントしてくれたことに驚いた。
「よくこれが欲しいって分かったね。」
「私を誰だと思っているの。君の彼女よ。わかるに決まってるじゃない。」
未来がえっへんと言わんばかりに小さな胸に手を置いた。普段着ているワンピースよりも少しオシャレなワンピースの今日の服装。袖から見えた腕にかぶれたような痕がついていた。
「その腕のかぶれどうしたの。」
「あ、これ。なんかいつの間にかかぶれてて。」
「そうなんだ。薬塗ったの。」
「まだ塗ってない。後ででいいかなって。」
「ちゃんと塗らなきゃ危ないよ。なんかの毒のある虫とかかもしれないし。」
「じゃあ、家に帰ってから塗ってね。」
なんだか、久しぶりの未来との会話に最初は困惑していたが、だんだん思い出してきた。いつも通りのようでいつもとは少し違う感覚が僕の心に響いていた。
「デザートでございます。海水ゼリーと濃厚な青森産の軍鶏の卵のプリンです。海水ゼリーと混ぜてお楽しみください。」
二人で会話している間に最後のロウソクに火が灯っており、デザートが運ばれてきた。シンプルな見た目だが、海水ゼリーの下にプリンがあり、何だか深海を覗くと光が溢れているかのようだった。
「海水ゼリーって初めて聞いた。ほんとにしょっぱい。でもプリンの甘さがあるからちょうどいい。なんか塩プリンみたいだね。」
「確かに、そこの塩味と甘味の差引がいいね。」
「クラムボンはカプカプ笑ったよ。私もおいしくて笑ってる。」
「未来がおいしくて壊れた。」
「違うよ、海水ゼリーに少し泡みたいなのが浮いてるからクラムボンっぽいなあって思ったの。」
「クラムボンは泡じゃないんじゃないの。宮沢賢治が想像した空想の生物って説もあるけど、確かトビケラっていう虫の幼虫って説がある。クラムボンが死ぬのは泡が弾けるではなく、カワセミに食べられて死んでいくんだよ。そんな小川での刹那な情景を描いたのが『やまなし』なんだ。」
「そんな夢のないこと言わないでよ。クラムボンは川に浮かぶ妖精なんだよ。」
ふざけた会話をその後も続けた。デザートに舌鼓を打ちながら。時間を忘れて話しているうちに、21時になろうとしていたので、帰ろうかとお店を出た。外に出ると、一次会を終えた人々や家路を急ぐような人で溢れていた。僕らは少し夜道を歩くことにした。
「今日は本当にありがとう。私、君と出会えてよかった。」
「僕もだよ。」
坂道を下る。僕等は街に照らされている。時間がゆっくりと流れるような気がした。何だか落ち着いているような緊張感のあるような感覚がした。信号が赤になる。僕らは足を止めて信号が青になるのを待った。
「ねえ。私ね。君に言わないといけないことがあるの。」
生暖かい風が僕の頬を撫でる。何か開けてはいけない箱を開けてしまう感覚に襲われた。
「何。」
無機質な声で僕は答えた。少し予想していた。未来には他に男がいる。僕は二人の関係が今夜で終わってしまうのではないか。そんな儚さを感じていたんだ。最初から。虎視眈々と覚悟を決めていたのだった。最後の晩餐の時、キリストもこのような感覚になっていたのだろうか。そんなことを考えていると未来がゆっくり、そして恐る恐る話はじめた。
「怒らないで聞いてね。私…。」
未来が箱を開けようとした瞬間、声が箱に暗幕を垂らした。
「セレンくんじゃない。」
黒奈が僕に向かって後ろから声をかけてきた。僕は驚いた。黒奈が何でこんなところに居るんだ。全くタイミングが悪い。
「黒奈。どうしてここに。」
「たまたまよ。あら、そちらの横の人。もしかして、彼女さん。」
「そうだよ。」
「初めまして、未来です。く、黒奈さんは、セレンくんとどういう関係なんですか。」
未来は少し戸惑った声で黒奈に質問をした。黒奈は対照的に自信満々であった。僕は、今自分がどうしていいかわからず、ただこの二人の会話を聞こことしか出来ない。
「今はサークルの友達よ。」
「今は。今わってどう言うことですか。」
未来が今はという言葉に反応した。声はとても震えていた。間に挟まれている僕は、この場から立ち去りたかった。正直僕は、胃が痛かった。これを修羅場と言うのだろう。空気が薄くなる。
「そんなことより、こないだ渋谷の交差点でセレンくん以外の男の子と歩いていたみたいだけど、もしかして浮気でもしていたの。」
黒奈が単刀直入に切り込む。こんなに荒々しい黒奈を見たことがなかった。
「それは、違う…。」
未来が口をしぼめる。そして僕の方を見てくる。僕は、未来の目が見れなかった。きっと涙目になっているんだと思った。これは何の罰なのだろうか。
「でも、随分楽しそうにしていたじゃない。」
「信じてほしい。私のことを。」
未来が僕を見つめる。助けてよって言う目で見つめている。だけど僕は、未来を信じることができなかった。信じられる自信が僕にはなかった。黒奈が追い討ちをかけるように言った。
「私は、セレンくんが好きよ。あなたに負けないくらい。」
未来の顔は暗く、黒くなっていた。信号が青に変わる。未来が僕らから少し離れた。
「私は、私は、」
未来が何かを言おうとしている。次の瞬間、蒼いプリウスが未来を奪っていった。最初何が起こったか分からなかった。目の前に居たはずの未来が一瞬にして静かに消えてしまった。
「何があったんだ・・・」
「人が轢かれた。」
「救急車救急車っ。」
「また、老人が突っ込んだの。」
「おいおい、撮るなよ。」
「まじか?」
「おいおい、こりゃひどいな。轢かれた人は即死だ。」
「やばいぞ」
「すみまCeん。目の前で事故があって帰れそうにないです。」
「警察呼んで。」
「きゃー。」
「Pあパ。事故よ。」
「はい、W突撃チャンネルです。今緊急で動画回しています。目黒で交通事故です。」
「Ogお、不謹慎だろ。」
「Atお、運転手は生きてる?」
「警察です。Osあないで。離れてください。」
「Baかな。こんなところで事故なんて起こるか。故意的にやったとしかー。」
「救急車通りMnす。」
「目黒で交通事故Ds。女性が一人ー。」
「Xe、気、気付いたら突っ込んでいて。女の子が飛び出してきた。」
「認知症かMo?」
「免許返納Siろよ。」
「O母さーん。早く帰ろうよ。」
「俺が守Ruから大丈夫だよ。」
「女性Ga一人。重症。」
「心肺停止してIます。」
「急いDe急いで。」
「君はこの女性の知Li合いかな。」
「大丈夫Caい。」
「うわっ。夢に出てきちゃうYお。」
「けがHあないKあい。」
「セレンCuん。しっかりしTe。」
「Seー。」
「未来…。」
雑踏。怯懦。困惑。さまざまな感情が飛び交っていく。カオスの中で、群衆が僕らを取り囲んできた。黒奈は、僕腕に捕まり珍しく怯えている。僕も脳内CPUがショートしてしまったようにただそこに立ち尽くしていた。声が出ない。何も考えられない。意識が遠のいていくー。

 気づいたら僕は警察にいた。事故の状況説明と、未来との関係性を話した。と言うより僕ではない何かが代わりに話していた。
「未来は。どうなったんですか。」
「残念ながら即死だった。犯人は容疑を否認している。多分あの感じだと認知症だ。ブレーキとアクセルを間違えたんだろう。高齢者ドライバーの事件は問題は我々警察も問題視しているが。なかなか解決策はなくて。すまない。こんな話を今の君にするべきではなかった。」
「大丈夫です。」
警察の人が申し訳なさそうに僕に話しかけてくる。ガチャ。後ろのドアが開き、黒奈が僕に抱きついた。
「セレンくん。大丈夫。」
黒奈は目を赤くして僕を心配している。だが、今の僕はこの優しさが痛かった。一人になりたかった。
「大丈夫。今は少し一人にさせてほしい。」
「ごめんなさい。落ち着いたら、連絡して。」
「ありがとう。」
この後も、少し警察で話をした。警察の人に「君は強い人間になれる。」と言われて送り出され、僕は虚な足取りで警察を後にした。


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