不知恋舟

不知恋舟

最近の記事

ルートB

 明日地球が終わるとしても、花は美しく咲くのだった。夕暮れの桜並木の連なる駅前の道を走ってくるスーツ姿のお前を、特に何の感慨もなく見つめていた。 「ごめん、待った?」 「いや別に。てか待ち合わせしてへんし」 「もう、そんなこといわないで」  連れ立って歩く速度は、数年ぶりでもぴったり同じ拍を刻んでいる。お前の左手薬指にはきらきら輝く指輪が嵌まっている。  明朝、地球は終わる。SDGsだとか地球温暖化対策だとか、そんな涙ぐましい人類の努力を嘲笑うかのように、ただ一発の隕石であっ

    • 星の子ら②

      第二章 期末テスト  期末テストまで一週間。俺は毎朝ソラくんといっしょに、時計の鐘が鳴るずっと前に学校に行って、寮に戻ってきてからも、消灯の鐘が鳴るギリギリで勉強し続けていた。  それでも、絶対に芥くんより先には学校に着いたことがない。誰よりも勉強しないと俺は追いつけないというのに、芥くんには絶対に勝てる気がしない。  毎朝教室のドアを開けると、最前列真ん中の席に、姿勢良く座ってノートを開いた芥くんがいる。俺とソラくんは「今日も勝てなかったね」と顔を見合わせながら「おはよ〜」

      • 星の子ら①

        第一章 くらげ  「大樹の時計」は俺たちにとって絶対で、世界の全てだった。一時間おきに鳴る、ごぉん、という重苦しい鐘の音が、時刻を告げて、それを合図に俺たちは生活していた。九時の鐘は始業の合図。十二時はお昼ご飯。十六時で授業はおしまい。そのあとは寮に戻って、夕ご飯を食べて、のんびりして眠る。故郷である「星の街」にいた頃とは、比べ物にならない良い暮らしをさせてもらっている。白くてすべすべした、綺麗な服を着せてもらえるし、毎日の食事も支給されるからお腹いっぱい食べられる。ふわふわ

        • 最近親心を知った、オタク

          「推し」という言葉が広く使われるようになって、意外と日は浅いのではないでしょうか。 高校二年生の頃、好きだった俳優さんのことを「推しがさ〜」と言っていたら友人に「三次元に推しっていう?」と怪訝な顔をされた記憶があります。 そんな「推し」ですが、定義はいまだ定まらないところがあると言うか、そもそも定義するものでもない気がしますね。 私にも複数推しと言える存在がいますが、そのうちのひとりは人間ではありません。 お馬さんです。九州産馬の競走馬・ヨカヨカちゃんです。 はじめは、

          ここから先は未知の道のり

          1992年、春の天皇賞。 ではなくて。私の近況の話です。 私の所属している愁文会というサークルでは、二週間に一度、字数2000~5000くらいの小説を、決まったお題で書いて、感想を言い合うという活動をしています。 個人的にだいたい3000~5000くらいが得意な文字数なので、頭を悩ませつつも毎回なかなか良い作品が書けていると思います(ほんとかな)(気になる方はTwitterのモーメントで読んでみよう)(ダイマ)。 そんな愁文会で、今回「字数無制限競作」という新たな取り組

          ここから先は未知の道のり

          人間の顔を切り刻むこと

          一年ほど前のあの日、あのラジオで、彼は「目標は現状維持」「老後はティファニーブルーの海に囲まれて生きたい」と語った。 聞き手のDJは「素敵な夢ですね」と相槌を打った。 彼の夢を知っていた──と思っていた私は少なからず驚いていた。彼の夢は「一生俳優を続けること」だったはずだ。 自分で何を言ったのかすぐに忘れてしまうのは、彼の可愛らしい特徴であったが、私はその時確かに違和感を覚えていた。 こういうのは単なるバイアスのようなもので、事故が起きた後に「あの時ああしていれば」だとか、

          人間の顔を切り刻むこと

          不燃で不毛な私たち

          宇佐美りんさんの『推し、燃ゆ』が芥川賞を獲ってからしばらくして、作中の主人公が推しが燃えて「無事?」と連絡を受けたように、「これ今年の受賞作だって」と知り合いや家族からいくつか連絡があった。みんな私の推しが燃えたことを知っていた。まあなんか、推しが燃えた直後の話題作がこれなんて、運命っぽいから読んでみるかと私はAmazonのお世話になった。 私の推しも燃えた……わけではない。厳密に言えば、実は。作中の真幸くんほど、大してメディア露出があるわけでもない一端の舞台俳優である彼は

          不燃で不毛な私たち

          ORDER

           彼はいつも私を殴る。腹、腕、顔、人の目に付く部位であろうとお構いなしに、アザができるまで。 「ごめんなさい……ごめんなさい……」  そうして一頻り暴力をふるった後、二人で眠る時には泣きながら私を抱きしめる。それが性的なものに変化することはなく、おそらく今後もない。しかし私は彼の激情を知っている。  私はそんな彼を愛している。 「あの、三枝言葉先生ですか……?」  編集部との打ち合わせの帰り、駅のホームで高校生くらいの少女に声をかけられた。時間的に学校帰りだろう。

          動物愛護日記

          九月一日 昼 今日のねこちゃんもかわいい。よく走り回って、よく声が出て、とてもかわいい。ずっとねこちゃんだけを見ていたい。 九月一日 夜 少し喉が枯れているみたいだ。心配。病院に連れて行ってあげないと。 九月二日 夜 調子が戻ってきたみたい。今日もとてもかわいい。毎日毎日、どんどんかわいくなっていく。 九月三日 昼 ねこちゃんは少し失敗してしまった。うまく受け身が取れなかったのか、派手に転んでしまった。身体能力の高いねこちゃんには珍しい。 九月三日 夜 ガーゼを当てて

          動物愛護日記

          「僕の彼女は人間ではない」

           僕の彼女は人間ではない。プールの後の古典の授業中に、窓辺でうつらうつらとする横顔があまりに綺麗で、僕から告白したのだ。付き合ってください、と校舎裏でありきたりな告白をした。数々の男子が惨敗したと言う噂とは裏腹に、彼女はあっさりと「別にいいけれど」と言い、そしてこう続けた。 「私、人間じゃないのだけど、それでも良い?」  彼女が言うには、太古の昔、それこそ神話の時代にどこかで植物の遺伝子が混ざってしまったという。だから彼女は冬になると体調を崩すし、日当たりの良い場所が好きだし

          「僕の彼女は人間ではない」

          サザンクロス

          「即死だったみたいだ」  病院に駆けつけた俺に、お前の兄さんはそう言った。 「痛くも苦しくもなかっただろうと、先生が」  そう言うと彼は笑った。その隣でお前の母さんが、俺に向かって泣きながら笑って見せた。 「ありがとうね、来てくれて」  俺は小さく頷いた。一番の親友だから、という理由で連絡をくれた彼らに俺は感謝していた。  苦しまずに亡くなったという、その顔を見下ろす。それはとても安らかで美しかった。身体の方は目も当てられない惨状になってしまったらしいが、奇跡的に顔だけは無事

          サザンクロス

          mono

           僕の先生は、僕よりずっと長生きをする。同じような外形をしているのに、先生は僕のおよそ五倍の寿命を持つ種族だという。 「先生、おはようございます」 「おはよう」  僕は今日も先生とふたりきりの教室へ登校する。教室どころか、この収容区にはもう僕たち二人しかいない。実際には、先生は外からやってきた『特任教授』というやつだから、本当の意味で収容されているのは僕だけだ。僕以外の生徒はもう、とっくに寿命で死んでしまった。 「では、授業を始めるよ」  先生は、黒板の真ん前の席に座った僕を