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「不登校」は「師匠・憧れの存在の有無」に起因している

生徒が不登校になっている

私は塾で勤めていて、生徒が3名不登校になっている。今まで不登校はゼロだったのに5月になると突然3名も来られなくなった。不登校の3名をAさんBさんCさんとする。

きついことからいつも逃げる不登校のAさん

まずはAさんの話をしよう。Aさんは高校1年生で高校生活が始まったばかりだ。部活に入りたい気持ちはあるが、勉強と両立できるか悩んで迷っていた。塾にくる日は変えられるから部活を優先していいよ〜!今しかできないことをやろう!でもまぁ大学のサークルとか部活も楽しいから、無理して部活しなくてもいいと思うよ〜!と、自分で選択できるようにどっちつかずなアドバイスをしていた矢先。保護者からお電話があった。やる気がなく、塾に通っている意味があるのか、という内容だった。確かにAさんはやる気がない。でも勉強に対してやる気がある人の方が少ない。しかも高校1年生。その日Aさんに軽く”やる気”について話してみた翌日から不登校になった。

打たれ弱いAさんを放置して社会に出すことはできない

翌日からの自己嫌悪がすごかった。どうしてAさんにそういう話をしてしまったのだろうか。もっとAさんに寄り添い、共感し、ゆるくやっていけばよかった。そういう後悔に対して、これでよかったんだという気持ちも生まれてきた。大人の私から見てAさんは明らかに考えが甘い。これを正してくれるのは一体誰なの?答えは関わる周りの大人全員ではないのか。Aさんと関わった以上、良くないことは良くないと伝えることが私の役目なのである。

理解のあるAさんのお父さん

私はAさんのお父さんと話し合いを行った。私とお父さんの考えは一致していた。別にいい大学に合格してほしいなんて思っていない。後悔のない人生を歩んでほしいだけなのだ。そして今後生きていく上で乗り越えるべき試練が来たときに乗り越えられるような力をつけてほしい。どうやらAさんの中で私は敵認定されてしまったらしい。Aさんは敵だとみなした人には壁を作りそうなると打ち破ることが難しいとお父さんが教えてくれた。私程度が壁ならこの世の中は息苦しく、壁だらけに違いない。普通の親なら塾に通えなくなったらお金の無駄だと言って辞めさせるのだが、Aさんが戻れるようにと居場所を残してくれることになった。なんて寛容で娘想いなんだ。

不登校を乗り越えたと思ったら再び不登校になってしまったBさん

高校2年生のとき数学でひどい点数を取ってしまったことが、きっかけだったのか、決め手だったのかわからないが、不登校になってしまったようだ。春休みの間に学校を辞めるというところまで話が進んでいたようだが、何かを機にやっぱり高校を卒業したいという気持ちになり踏みとどまって高校3年生となった。しかし5月に再び不登校になり、学校を変えるという提案に初めて頷いたそうだ。

原因不明の不登校の原因とは。

学校に行けなくなってしまった原因は何かお分かりですか?お母さんに最初に尋ねたとき、わからないと答えた。話しているうちに、数学で0点をとったことで不登校になったと思うと言った。そして今回も、何かありましたか?と尋ねたところ塾に通った翌朝に突然学校に行けなくなった、と言われた。数日後には、LINEで友達に何か言われたのではないか?と言われた。はっきり言って、このお母さんはBさんと全くコミュニケーションが取れていないという印象を受ける。だが、私も不登校の原因がわかるほどコミュニケーションが取れていなかったので人のことは言えない。

頑張る時と頑張れない時の波が激しいCさん

Cさんはネガティブでいつもため息ばかりついている。またこれはCさんだけでなくAさんBさんCさんに共通することだが、みんな頭は悪くない。質問内容のセンスの良さからこれが言える。Cさんが苦しい原因はなんとなくわかる。周りのレベルが高く、理想(知っている世界)と現実(自分)のギャップが大きくてしんどいのだろうなと思う。

そういえば私も不登校だったし、人生ずっと鬱っぽい

私も幼稚園と中学校、大学とサボり癖があった。特に中学校の時は一瞬不登校になっていた。最初の何日かは学校の先生から連絡がなく、どことなく寂しさを感じたのを覚えている。さらに幼稚園、小学校、中学校の習い事は全て途中で投げ出した。幼稚園の習い事は私がやめたいと言っても親がなんとか続けさせて欲しかったなと思う。小学校の習い事は先生に怒られてばかりで馬が悪くなってやめた。同級生が2人通っていたが、その2人は好かれていて自分だけ嫌われているような気がしていた。そして自分ばかり怒られていた。中学の習い事も同じような感じだ。

AさんBさんCさん、過去の私、この4人の共通点

ネガティブ、会話がいつも否定的、周りと比べる、自分軸がない。そんな人にとっておきの方法を私は知っている。なぜなら私も不登校・鬱の経験を乗り越えて生きているからだ。

マインドを変えて鬱の自分とさよならする方法

今日あったポジティブな出来事を3つノートに書いていく、いいこと日記をつけると良い。身近にある小さな幸せや当たり前に気づけるし、ポジティブになれる。自然と否定的なことを捉えがちな脳を変えて普段からポジティブなことを見つけやすくなる。そして、自分にとって大事なものが見えてくる。すなわち自分軸が見つかる。

師匠と言えるくらい尊敬できる憧れの存在を見つける

これも弱い自分に別れを告げる方法の一つである。私は大学2年生のアルバイト先でこういう存在に出会った。いつも歯を見せて笑い、小さな喜びを見つけては伝えてくれる。時間に余裕を持っていて人が嫌がるようなことも積極的にやる。この子に出会ってから私は友達が増えた。それ以来悩んだ時はこの子ならどうするかな?と考える。AさんBさんCさんにとって、そういう存在に私はならなければいけないのかもしれない。

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