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はっぴいえんどさまー

海を渡る電車を見たのは小学生になったばかりの時。


今は郊外のショッピングモールにある映画館が小さな繁華街の中にあった頃で、私達は立ち見で「千と千尋の神隠し」を見ていた。
そのスクリーンの中で、電車は海の上の線路を滑り出す。
前の場面でハクが龍の姿で苦しむ姿を見た妹は泣き出してしまい、母と一緒に外に出ていた。
だから、私は1人で手すりにしがみついて、ひっそりとその時を迎えた。
素敵なものを、見たと思った。


昨年の春、電車が海を渡る音を聴いた。
ちょうどYMOをテレビで初めて知って、apple music で再生していた時におすすめに表示された音たち。


背のびした路次、起きぬけの露面電車、昧爽どき……。口の中でころころ転がす。
素敵なものを、聴いたと思った。


はっぴいえんど、というグループが生み出したその音たちはとても素敵な匂いがして、昨年の夏はずっと聴いていた。
私が生まれる20年以上も前から息づいている音楽は何だか懐かしくて新鮮で、よく分からないけれど格好良い。私が過ごしたかった夏にぴったりで、外に出る時も、家にいる時も連れて回った。台風の上陸が予報された、酷い天候の日には「颱風」をかけた家の中で足を踏み鳴らしてひとり、遊んだ。


先日図書館で本を選んでいた時、ふと目に留まって借りてきた。
萩原健太さんの「70年代シティポップクロニクル」。
音楽の評論なんて触れたことも無い、詳しい知識も無い、専門用語も、有名なのかもしれない人たちの名前も全く分からない。もうさっぱり分からない。
難しいことは分からないから、ページを捲るごとに出てくる沢山のアルバムを検索しては再生してみた。

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「プレイリストは恥部」という言葉が頭をよぎる。あれは「はじまりのうた」に出てきた言葉だったっけ。萩原さんのプレイリストは70年代を触りたての私に素敵な景色を見せてくれる。油田か鉱山を掘り当てた気分。ふふふ。「おいらぎゃんぐだぞ」のイントロが好き。サディスティック・ミカ・バンドのインストが格好良い。タイムマシンにお願いしたら次は黒船なのも好き。鈴木茂のアルバム「バンドワゴン」は何周も聴いちゃった。ジャンルなんか分からない、ただ楽しいことを、やってみたいことを作っている、みたいなアルバムだらけでわくわくが止まらないね。



70年代のロック喫茶に音楽が届いていた少しあと、凝り性の父はFMを聴いて情報収集をする少年になっていたらしい。中1の誕生日に買ってもらった録音機器でラジオ番組を録音して気になったものをチェックして貸しレコード屋さんに走る。彼の部屋には今でもカセットテープがいっぱいだ。
70年代、80年代当時のロック喫茶や貸しレコード屋さん、空気や匂いを感じてみたかったな、と思うけれどそこまで凝り性じゃないから気後れしそう。だから私は月額いくらかのサブスクで音を楽しむくらいが丁度良いのでしょう。


プレイリストは恥部。私のプレイリスト?最近おばあちゃんに聞かせるためにダウンロードした美空ひばり、定期的なディズニーソングブーム。あいみょん。sumika、羊文学に君島大空、ジョンカーニー作品のサントラ。はっぴいえんど、それから春先に嵌った布施明の「君は薔薇より美しい」。愛しいほどにごちゃ混ぜ。ここに加わる新しい70年代の音楽たち。


萩原さんの過ごした夏が素敵に綴られている部分が好き。

脳みそをくらくらさせていたのがぼくの76年夏だった。
日本ならではのポップ・ミュージック、日本でしか生まれ得ないグッド・ミュージック、そういうものって、なんか本当にありそうな……。そう思える日がついにやってきたのかも、と少々勇み足ぎみに感じたりもした。楽しかったなぁ、あの夏。


長い夏休みの日記のようだ、とご自身でおっしゃられている本を読みながら。固めのプリン拵えてひっくり返して、アイスコーヒーを淹れて。iPhoneから零れる音楽をしまい込んで。
彼らの長い夏を辿る、今年の夏が過ぎてゆく。

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モンモンモコモコの
入道雲です
モンモンモコモコの
夏なんです


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