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【連載小説】『晴子』

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2022年9月の記事一覧

【連載小説】『晴子』14

【連載小説】『晴子』14

 寒くなったわけではないが、日中でも汗をかくことがすっかりなくなった。風が乾いていくのを日に日に感じる私の肌に今、窓から差し込んだ和らいだ日差しが落ちている。暖色の照明が落ち着いている喫茶店で、あの人を待っている。
 秋の休日だが、それは私にとってそうなのであって、街やあの人にとっては平日だ。外を見ると、通りの行く人の顔は仕事中の顔で、街全体が緊張感に満ちている。まだ昼頃だから、当たり前と言えば当

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【連載小説】『晴子』15

【連載小説】『晴子』15

 俺と島田は、一緒に帰路につくことになった。
 結局、井川の野郎は今回の合コンでも散々だった。そもそも、合コンの幹事として遅刻してくるなんて最低だ。開始時間が遅れたことで、女の子側の幹事が心なしかイライラしていたし、そのせいで雰囲気も初っ端から台無しだった。
 井川が無神経を身に纏って到着した時には、一瞬だけ空気がピリついた。それだけならまだしも、井川自身はその空気を全く察することができないでいた

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【連載小説】『晴子』16

【連載小説】『晴子』16

 女?
 電話の向こうから、女の声がした。いや、女と呼べるほどその声に色気もアンニュイも感じなかったから、女の子と呼んだ方が適切だろうか。けど、声が聞こえてすぐに電話は切れてしまった。それに、声が遠くて何を言っているのか、いまいち聞き取れなかった。
 今夜は、なんとなく寝付けないでいた。外で雨がさらさらと降っているのが分かる。秋の真ん中で、鳴いていた虫も息を潜めつつある。どこかで、枯葉だろうか、軽

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【連載小説】『晴子』17

【連載小説】『晴子』17

 どうして俺が今、島田と一緒にホテルのベッドで寝ているのかを説明することは、当事者にとってもかなり難しい。
 井川を放置して、島田と一緒に駅に向かって歩いていた俺は、この上なくムシャクシャしていた。井川に散々振り回され、男女関係なく参加者には顰蹙を買われ、彼の友人(ということになっている)の俺と島田が忙しなく立ち回らなければならなかった。
 雨?そうだ、雨だ。駅まで歩いている途中で、雨に降られたの

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【連載小説】『晴子』18

【連載小説】『晴子』18

 あの人と、久々に夜を共にすることができた。季節は出会った頃と同じような冬になっていた。今年の冬は本当に寒く、むき出しの皮膚が鋭利な何かで引っかかれるような寒さだった。これで雪が降らないのは驚きだ。昼夜を問わずベッドから出づらい。特に今の私の場合は、あの人の腕に抱かれているからなおさらだ。
「ねえ。」
 あの人に話しかける。お互いに重く、鈍いまどろみの中にいた。
「何?」
「聞きたいことがあるの。

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【連載小説】『晴子』19

【連載小説】『晴子』19

 Bill Evansの音楽は、私にとって理想の生活の比喩だと思う。
 彼の音楽は、一つ一つ水滴を落とすように音が並べられていると思う。大胆さと繊細さ、すなわち伴奏とメロディーの対比ではなく、ポツリポツリとしたメロディーが曲全体を導いていくような。「神は細部に宿る」なんて格言を信じているわけではないが、繊細さが全てを構成していくような生活に憧れているのは誰の影響なのだろう。
 あの人が教えてくれた

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【連載小説】『晴子』20

【連載小説】『晴子』20

 Sonic Youthは、80年代のオルタナロックシーンを語るにおいて、やはり欠かすことはできない。彼らの登場はもはや事件と言っていい。ステージではパンク的精神を彷彿させるスタイルを貫く一方、LSDなどのドラッグによる幻覚の連想させるサイケデリックな世界観を体現している。サーストン・ムーアの過剰ともいえる歪みをのせたジャズマスターのサウンドは、シューゲイザーからの影響をうかがわせるが、シューゲイ

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