【長編小説】二人、江戸を翔ける! 3話目:あの人のことが知りたくて③
■あらすじ
ある朝出会ったのをきっかけに、少女・凛を助けることになった隻眼の浪人・藤兵衛。そして、どういう流れか凛は藤兵衛の助手かつ上役になってしまう。これは、東京がまだ江戸と呼ばれた時代の、奇想天外な物語です。
■この話の主要人物
藤兵衛:主人公。隻眼の浪人で、傘張り仕事を生業としている。
凛:茶髪の豪快&怪力娘。『いろは』の従業員兼傘貼り仕事の上役、兼裏稼業の助手。
えり、せり、蘭:いろはの従業員で、凛の同僚。
■本文
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遅まきながら初仕事の成功を祝おうと、お昼は二人で外食することにした。食べたいものを尋ねると凛は、
「寿司!」
と、力強く答える。
観光案内の時も与兵衛寿司という店に行ったが、寿司が好物らしい。せっかくだからと値が張る店に行き、幸福感いっぱいでの帰り道。
川沿いの通りにさしかかると幼い女の子が一人、道の脇でしゃがみこんでいた。井桁の縞模様の着物に桜色の帯が一つ結びと、裕福な家の娘と思われる。凛は様子が気になり、さりげなく女の子に声をかけた。
「どうしたの? 一人?」
すると女の子は顔を上げ、
「あのね、お父ちゃんと出かけてたらね、お父ちゃんいなくなっちゃって」
と、たちまち目に涙を溜める。
「そうなんだ。・・・ねえ、どこから来たの?」
「よぐ・・・ わかんない」
すぐにしゃくりあげるように泣き出してしまった。
「そっか、わかんないか」
凛は優しく語りかけ、女の子を抱き寄せてよしよしとあやし始める。
「藤兵衛さん・・・ どうやらこの子、迷子みたいね」
凛は困った顔をした。
今の時代と違い、江戸の街は標識や案内地図などが多くある訳では無い。そのため迷いやすく、幼子の迷子はよく発生したらしい。
実は藤兵衛も江戸に戻ってきたばかりの頃は、何度か迷いかけた経験がある。
「でも、どうする? この子の親も探してるかもしれないだろ? 行き違いになるかもしれないし、放っておいた方がいいんじゃないのか?」
「駄目よ。人さらいがさらっていく場合だってあるんだから。・・・よし! この子の親を見つけてあげましょう!」
こうなったら止まらない事がわかってきた藤兵衛は、大人しく従う。
しかし、女の子の言うことは要領を得ずあっちへこっちへと歩き回ったが、とうとう見つからず夕暮れになってしまった。
「あちゃ~、結局わからずじまいか・・・ しょうがない。この子はお店で預かることにするわ」
「大丈夫なのか?」
「平気平気、お梅さん、ああ見えて子供には優しいから」
こうして女の子はいろはで預かり、仕事の合間に捜すことしたのだった。
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迷子を保護してから二日目。凛は仕事の合間にある場所へと向かっていた。藤兵衛も一緒だ。ある場所とは、『迷子石』が設置されている場所である。
迷子石とは掲示板のようなもので片側に『尋ねる方』、もう片側には『教える方』に迷子の情報を記載した紙を貼って連絡を待つというもので、とある篤志家が建てたものである。
凛がお梅婆さんに迷子の件で相談したところ、承諾とともにこの迷子石を使えとアドバイスしてくれたのだった。凛も藤兵衛も、教えてもらうまでは迷子石という存在すら知らなかった。
「あ、これね。迷子石って」
そこには『迷子石』と書かれた石碑がポツンとあり、その横に大きな木製の掲示板が立っていた。
「・・・なんか、この石が迷子みたいに見えるな」
「何しょうもないこと言ってるんですか。・・・さて、と。おせんちゃんの事を書いた紙を貼って・・・」
「ちょっと待て。それだとまずいだろ」
紙を貼ろうとすると、藤兵衛が止める。尚、『おせん』とは迷子の女の子の名前である。
「え? なんで?」
「それに書いてある『むっつぐらいの女のこ、お父ちゃんさがしてます。いろはでまちうけそうろう。』だと、見る方もよくわからんだろ。ちょっと筆を貸してみな」
筆をとった藤兵衛は、新たな紙に書き直す。
迷子の年や名前、性別、容貌、着ていた服装、更には預かっている『いろは』の場所や主人のお梅婆さんの名も書き添え、必要な情報が簡潔に記された文面になった。
「おお~、すごいわかりやすい。藤兵衛さんって学があるんですね。さすが、貸本屋であんな難しい本読むだけありますね」
「ふ・・・ まあな」
(ホントは春画本見てたんだけど)
若干後ろめたさを感じたが、藤兵衛はドヤ顔を決める。
「わたしも手習いとか始めようかな。・・・って、この絵はなんですか?」
凛が指をさした所には、女の子の顔が描かれていた。しかも、結構上手い。
「これはおまけ。可愛く描けてるだろ?」
「へ~、ほんとだ。藤兵衛さんって、絵も上手なんですね」
藤兵衛の新たな面を二つ知り、少し嬉しくなる凛であった。
それから数日経過したが、迷子の親はまだ見つかっていなかった。
とはいうものの、おせんは周りが親身に面倒を見てくれた事もあってか、寂しがる素振りを見せずにすっかり打ち解けていた。
意外なことに、藤兵衛もおせんの様子を見に毎日いろはにやってきては遊び相手をしており、おせんからは『藤兄ちゃん』と懐かれている。
「意外に面倒見がいいのね、藤兵衛さんって」
「そうね~。凛ちゃんも彼氏を取られて妬いてるんじゃない~~?」
「だから、そういうのじゃないって・・・」
せりにからかわれても適当に流していたが、やはり少し気にかかっている。
なぜなら、おせんと藤兵衛の距離感がかなり近いのである。
(なんか、近すぎるような・・・。 いや、もしかしたら自分の娘と重ねているのかも。って、あぁ! 娘がいたりするの?)
一旦気にし出すと、余計な考えがぐるぐると回りだす。
「・・・そういう趣味なのかもしれない」
そんな時に、横にいた蘭がとんでもない事をぼそりと呟いた。
それを聞いた瞬間、凛は以前お梅さんが言ったあの言葉を思い出す。
『いいかい、あいつは変態なんだ! 下は六つから上は六十まで・・・』
(まさか・・・ まさか・・・ でも、おせんちゃんは六つ。あの話がホントなら、守備範囲)
(ええ? でもホントに? ああ! そう言えば迷子石の時、可愛いって言ってた!(画が))
一度頭に浮かぶと、離れなくなる。
そんな状態で二人を見ると、今まさに藤兵衛がおせんを抱えて肩車をしようとしていた。瞬間考えるより先に体が動く凛。物凄い速さで近づくと、おせんを取り上げる。
「な、なんだ?」
突然の出来事に藤兵衛は唖然とする。
「駄目よ、藤兵衛さん。それは・・・ それだけはやっちゃいけないわ。犯罪よ」
「へ? 肩車が?」
ものすごい形相で睨む凛を見て、藤兵衛はお梅婆さんの吹き込みが頭に浮かぶ。
「お前・・・ もしかして、勘違いしてないか?」
そうしてお梅婆さんの歪んだ情報を訂正するのだが、
「藤兄ちゃん、大好き」
と、おせんが言うものだから、
「やっぱり!」
と凛も反応し、説得にかなりの時間を要してしまうのであった。
つづく
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