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追いつけない鬼ごっこ

仕事が終わり自宅へ帰っている最中、近所に住むおばあさんが前から歩いてきた。お孫さんがわたしと同じ小学校に通っていたので、顔見知りではあるものの、とっくに苗字も忘れてしまった。知っていることと言えば家の前にジャングルくらい植木鉢を並べていて、夕方になるといつも真白いモップみたいな犬と二人で散歩をしていることくらいである。

軽く挨拶をして通り過ぎようとしたら、あんた○○(旧姓)さんところの娘さんか?と声をかけられた。たしか昨年の終わりに会った時にも同じことを聞かれたなと思いつつ、はいそうですと答えた。みんな大きなったなぁ!の一声を皮切りに昔話が始まり、それはかなり長く続きそうだったので、わたしはいつものように意識を飛ばした。相手があまり興味のない話をし始めたとき、わたしはよく意識を飛ばす。例えばご飯屋の店員さんがする料理に使われた具材の説明とか、服屋で店員さんがわたしもこの服持っていて〜!と話し始めたときとか。相手に失礼だとは思うけれどもう癖みたいなもので、どうすることも出来ない。これはわたしに関係なさそうな話だなとジャッジしてしまうと、何にも頭に入ってこない。ちなみにわたしに関係ありそうな話題になってきたら、これまた自然と意識は戻せる。わたしはこれは生きる上での一つの技として、かなり良い線をいっていると思うのだが、やっぱりどう考えても失礼な技だ。あまり大きな声では言えない秘技である。

しばらくしておばあさんは、わたしの幼馴染の結婚や子どもの有無について聞いてきた。あんまり会ってないから分からんわと返すと、あーとかなんとか唸っていた。彼女が先日結婚して夫婦二人でしあわせに暮らしていることは、伏せておいた。報告するもしないも幼馴染が自由に決めたらよいから。

幼馴染のネタが尽きたからか、おばあさんはわたしにも同じことを聞いてきた。5〜6年前に結婚して仲良く二人で暮らしていると伝えると、子どもさんいはらへんの?と聞かれた。お姉さんところはあんなに子どもさんいたはるのにと、子どもが新しい遊び道具を見つけたかのように顔をして笑いかけてきた。わたしはより一層深く意識を飛ばしたくなった。もう次の一手は安易に予想が出来たからだ。空はまだまだ明るい、夏はもうすぐそこまで来ているらしい。

わたしの予想通りおばあさんは同情するかのような顔をして、あんたんとこもお姉さんに負けずに一人くらい産みなはれ!一人くらいは!な?と言ってきた。次の瞬間からわたしの中でこのおばあさんの呼び名はクソババアに変わった。この手の話はだいぶ慣れてきたけれど、突然大きなバツをつけられたような、大事なものを奪われたような、なんとも言えない嫌な気持ちになる。わたしはクソババアに、縁があってそうなったらいっとう可愛がってやってくださいね!と大声で言ってやった。クソババアは返事をしなかった。クソババアの足元で、モップ犬は真顔でこちらを見上げていた。

勢いよく自宅のドアを開けると夫が先に帰宅していた。わたしが帰ると自室から出てきて、手洗いうがいをしたり、着替えたりするわたしの後をついてくる。今日悪いけど夕飯作る気が湧かへんねんと夫に言うと、お!ほな牛丼でも頼む?肉食って元気出すか!と出前を取ってくれた。しばらくして、まだ温かい牛丼が我が家に届いた。わたしはワサビと長芋、夫はネギと七味とたまごが乗った牛丼。それぞれ頼んだものの一番美味しいところをお互い一口ずつ分け合って食べた。わたしと夫だけの家は静かで、特に平日の夜はしいんとしている。たまに家の中全体が寂しさを漂わせているように思えるけれど、わたしはぜんぜん嫌いじゃない。その日は特に、その静けさに救われた。ぐじゃぐじゃに絡まった気持ちが少しずつ解けていく様が、手に取るように分かった。

そういえばこの間もあまり親しくもないオバサンから同じようなことを言われた。結婚して何年目になるの?から話が始まったかと思えば、わたしは結婚7年目で出来たから心配せんで大丈夫よ!と。わたしがいつ心配していましたか。

人生とは、一生追いつくことのできない自分との追いかけっこだ。高校受験の小論文でそう書いたことをよく覚えている。出題のテーマが何だったかは忘れてしまったけれど、そんな自由なことを書いた。もし今日この小論文が上手く書けて受験が終わったとしても、休むことなくまた新たな高校生活が始まるのだということを受験当日になって気付いたわたしが、ふと思いついて出来た言葉だった。人生は自分との追いかけっこ、わたしの求める理想の自分を追うように走る。それは永遠に追い抜かすことのできない追いかけっこで、そうしていくうちにも日々はどんどん過ぎていく。終わりは一つの始まりでもあるのだから、とかなんとか書いた。

あの日から約15年、30歳になるまでの間、わたしは何故かこの言葉を忘れることがなかった。なぜかあの日突然頭に浮かんだ言葉だったけれど、何度も思い出して生きてきた。自分と追いかけっこをしている感覚は、不思議とずっとある。それを気持ちの良い汗を流していると思える日もあるけれど、息切れしつつなんとか走っている日もある。あれ?そういえば思い返してみたらもう長い間、後者の日の方がほとんどじゃないか。

高校生活を終えて、大学生活が始まった。最後の受験を終えてやっと人生のモラトリアムが来たと思ったら、卒論からの就職活動。履歴書に空欄をつくる余地は無い。社会人になり少し安心したと思ったら、次は恋人の有無や、結婚・妊娠の予定を赤の他人に根掘り葉掘り聞かれる。その後結婚をして今になる。これでようやく誰かにとやかく言われたり、聞かれたり、急かされることが一つ減ったんだと思った矢先、次は出産と来た。

わたしの頭の中にいる強気なAwichが「てかお前誰?」と言い返してくれる日もあるけれど、ふと我に返ればちいかわくらい弱気になる日もある。誰に何を言われたってわたしの人生なのだから、気にしなくて良いと頭では分かっている。でも誰に何も言わせないほどわたしの軸は強くはないし、決断力にも欠けている。

例えば出産してよいのか、しないほうがよいのか、むしろしたほうがよいのか、なりゆきに任せてよいのか、なにがしあわせへの選択なのか分からない。本当にちっとも焦っていなかった事でも、周りにいろいろ言われると、それについて考える時間が自然と増えてしまう。そのうちただ考えていただけのことが悩みに変わり、疲弊していく。もしかしたらわたしは子どもが欲しいのに出来なくて思い悩んでいるように見えるのだろうかとか、突然世間の目を気にしてしまったりする。太宰治は『人間失格』の中で、世間とは個人で、あなたがつくったものだというようなことを言っていた。そうだ。世間なんてない、世間はわたしだった。

この長い人生の追いかけっこがしんどくなってきたのは、昔目の前にいた理想のわたしが見えなくなったからだ。むしろ後ろから何かにずっと追われている。追うのではなく、追われる方に変わってしまったから、しんどいんだ。

でももしかしたら、そこから本当の人生の追いかけっこが始まるのかもしれない。そう思いたい。理想のわたしじゃなくて本来のわたしが、わたしの思うしあわせを選択していく。追い風に乗せられて、迷いながらも選んで、進んでいく。そうしてもっともっとわたしの人生になればいいなと思う。どんどんわたしになっていけ。わたしがちゃんと舵を取るのだ。これからもわたしの人生の追いかけっこは続いていくのだから。


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