もちもち日記

27歳女性。近況報告を兼ねて日記を更新していきます。

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日記とライフプランと私

日記を書くことは私のライフワークである。 高校3年生のとき、大学進学を控えたタイミングで「5年日記を書こう」と思い立った。 5年日記とは、一つのページに5日分の日記を書くスペースがあり、5年間の同じ日に何をしたかが一目で分かるように作られている日記である。元々は絵に描いたような三日坊主だったのに、この「去年の自分が今日何をしていたか」が日記を開くたびに確認できるシステムがハマったのか、謎の継続力を発揮し、今や5年日記歴も10年目に突入しようとしている。 この「5年間」とい

    • 移民たる覚悟

      オーストラリアでのワーホリ生活も早いものでもう折り返しを過ぎた。 「タスマニアでのチェリーピッキングのシーズンが終わったらオーストラリア国内を移動するかも知れないから…」と、出発の際には取らないでいた帰国時のオーストラリア国内移動の航空券をついに先日購入し、勤務先の寿司屋にも7月の最終出勤希望日を伝えた。 もっと渡り鳥の如くファームを転々とする暮らしになるかと思っていたのに、蓋を開けてみれば、がっつりタスマニア島で半年生活することになりそうである。 さすがにオーストラリ

      • 海外で出会う日本語

        寿司テイクアウト店と回転寿司レストランの二足の寿司草鞋生活を始めてから7週間目になる。 働き始めの頃と比べて、ローラーとしては手早く綺麗な巻き寿司を作れるように、そしてフロントオブハウスとしてはほぼ満席の時でもトラブルがなければ(ここが重要)2名でなんとか捌けるぐらいには動けるようになってきたような気がする。 午後に働いている回転寿司レストランがアホほど忙しくて大変、というのはどうやら私だけの感想ではないらしく、自分が働き始めてからトライアルに来た人がすでに2名ほど「自分

        • 海外進学プランB

          今年の秋に入学するドイツの大学では、私はデザインを、夫は映画制作を専攻する予定である。 日本では外国語大学の国際社会学部を卒業した我々にとって、これはそれぞれにとって全く未知の分野への挑戦だ。 5年日記を読み返していたら、「ドイツの大学で全く新しい分野の学位を取ろう、そしてその費用を工面するためにオーストラリアで出稼ぎしよう!」というぶっ飛んだ結論に至ったのが、ちょうど1年前のこの時期であったことに気がついた。せっかくなので、この結論に至るまでの紆余曲折をこのnoteにも

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          ワー強めのワーホリ

          気がつけば3月である。2024年2月は、本当にあっという間に過ぎ去っていった。 生活を立てるために駆け回っていた1月はあんなに長かったのに、やはり安定した仕事という圧倒的な生活リズム構成要素が加わったことが大きかったのだろう、2月は本当に、高校生みたいな言い方になってしまうが、秒だった。 ホバートの寿司屋で働くようになって、日本から来たワーホリ勢と接点を持つことが増えた。驚いたことに、ホバートには想像以上に沢山の日本人がいる。 オーストラリアにワーホリ、というところまで

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          3年目の夫婦喧嘩

          今日で入籍してからちょうど3年が経つ。 コロナ禍の真っ只中かつ社会人として週5で働いていたということもあってか、この3年間は本当にあっという間に過ぎていった。とは言っても、海外留学を決心し、様々な可能性を探った上でなんとか2人ともドイツの大学の合格を取り付け、日本での正社員としての暮らしをかなぐり捨てて、そして今は何故かタスマニア島でワーホリをしているのだから、客観的に見ると大きく人生が変わった3年間だったのかも知れない。 自分で言うのもなんだが、夫婦仲は割と良い方ではな

          3年目の夫婦喧嘩

          ワインフェスと弱肉強食の夜

          先週はオーストラリアに来て初めて、平均して平日7時間以上働いた1週間だった。 テイクアウト店では巻き寿司製作担当(通称「ローラー」)の研修のため朝7時からのシフトが入り、回転寿司レストランでは夜6時からのシフトが入ったためである。この朝夜シフトコンボは各店舗のマネージャー同士の勘違いによって爆誕したもので、さすがに人権がないのでは…と訴えた結果、来週以降回転寿司で働く場合は昼の時間にシフトを入れてもらえることになった。 無職である不安に押し潰されそうだった1月前半の自分た

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          ホバートのディズニーランド

          気づけば2月になり、タスマニア島でもう丸1ヶ月も暮らしたという事実に驚愕している。 あっという間だった…と一言で括るにはあまりにも多くのことが起こった1ヶ月間だった。あんなに出国前に言いふらしていたチェリーピッキングの仕事が結局数日間で終了したこと(自分たちが辞めた次の週にはファームでの仕事自体が終了したようで、あのままではまた路頭に迷うところだった…危なかった)、引っ越したこと、車を買ったこと、そして何よりホバートの寿司屋で働き出したこと、これら全てが去年12月の出国時に

          ホバートのディズニーランド

          海外生活チュートリアル

          引越しとエセ寿司ジョブデビューを果たし、今週から正式にオーストラリアでのワーホリライフの新章が開始となった。 先週と今週とで、同じ地域にいるとは到底思えないほど生活に変化があったように思う。 まず、ど田舎の馬房ホステルからホバート近くのシェアハウスに転居したことで、クオリティ・オブ・ライフが急上昇した。 自分たちだけの部屋があって荷物をスーツケースから出しておける、シャワーがコイン式ではない、キッチンが清潔で使いやすい、そして毎朝晩爆音で音楽を流す人がいない環境のなんと素

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          母国との距離感

          エセ寿司ルートが確定した。 先日の面接およびカウンターでの販売業務のトライアルを無事通過し、ホバートの寿司屋での採用が決まったためである。 今週の土曜日に今の馬房ホステルからホバート近郊の家へと転居するため、寿司屋での勤務開始は来週月曜からにしてもらった。あと数日間は近隣のファームでチェリーピッキングに勤しむ予定である。 なお、今後の勤務先の名誉のためにも一応補足しておくと、そこはホバートでは数少ない日系の寿司屋で(他は中国系が多いらしい)、米と酢は日本からわざわざ輸入し

          母国との距離感

          仕事にまつわるエトセトラ

          本日1月13日、晴れてチェリーピッキング、および待ちに待ったオーストラリアでの労働デビューを果たすことが出来た。 屋外での単純作業でかなり辛いかと思いきや、あっという間の一日だった。仕事内容は、担当する木から全てのチェリーの実を摘み、箱に入れ、箱の中身がいっぱいになったら次の箱に入れていく、という至極シンプルなものだが、案外これがコツのいる作業で、1人で一日25箱ほどこなす人もいるなかで我々夫婦の本日の成果は2人合わせて19箱、という惨敗ぶりである。噂によると中には1人当た

          仕事にまつわるエトセトラ

          バックパッカーたちの人生

          約2週間後に、現在住んでいる馬房ホステルから退去することが決まった。 引越し先を見つけた経緯についてはまた別途まとめるとして、残りの滞在日数が限られているこのホステルで出会ったバックパッカーたち(註:低予算で旅をする人々)についての話を今のうちに書き残しておきたいと思う。 年末年始の休みも終わり、去年末は完全にサモア移民宿だったこのホステルにも、段々とバックパッカーの住民が増えてきた。今の比率はサモア:バックパッカーでちょうど半々といったところだろうか。 一部のバックパ

          バックパッカーたちの人生

          タスマニアン・サモアン・ニューイヤー

          タスマニアに来てから丸3日の日数が過ぎた。 先述のように、当初は2日から始まるだったチェリーピッキングの仕事が11日から開始に変更となったため、ここ数日は(そして向こう1週間も)元気に無職として過ごしている。 ギリギリのところで「住所不定無職」ではなく「ただの無職」でいられるのは、仕事を斡旋してくれた人材派遣会社が我々をバックパッカーホステルに割り当ててくれたからである。今日はこのホステルに到着した日、つまり大晦日の出来事について書き残そうと思う。 12月31日の午後7

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