【おじラン日記③】7カ月連続毎日ランをやめて分かったこと篇
6月1日、ついに連続ランニング記録が止まった。昨年11月1日から毎日走ってきた日々に、自ら終止符を打ったということになる。
ある意味、止めてみたというほうが、正しいのかもしれない。
理由はいくつかある。
①毎日走る意味
毎日走るのは苦ではない。雨が降っても槍が降っても走ってきた。だが、中身が伴わない日が多すぎた。29分切りを目指す「アートオブラン」は週1で達成できれば、いいほう。ほとんどが35分台。ダラダラ走って意味あるの?って思ってしまった。かといって月間単位で走る距離を決めていた昨年11月以前は、月末に駆け込みで走り込むというあり様だった。これだと意味がないので、毎日走ることにしたのだけれど。
②5㌔である必要はあるの?
昨年11月は毎日3㌔。翌月から毎日5㌔。3㌔から増やしたのは、まだ負荷をかけられると思ったから。ここが難しい。負荷をかけて毎日5㌔にすると、それはそれでシンドイ。かといって、4㌔というのもキレが悪い。そこで、6月2日から3㌔ランに戻してみた。すると、、、?
ん?物足りない?
やはり5㌔がちょうど良いのか、という感じではある。
逆に、やめて分かったこともあった。
①生活のリズムに定着していたことが分かった。
これは、やめて分かったこと。なんか、走らないとムズムズする。これって習慣だよね? 最近読んだ本に、こんなことが書いてあった。Testosteron氏の「筋トレが最強のソリューションである」にあった言葉だ。
自分にとって毎日5㌔走ることは、努力でもなんでもなく、ただの習慣。これってスゴイことだよね?
その価値をやめて分かるという皮肉。せっかく「習慣」にまで昇華させたからやめる必要はない!という結論。
②急に太りだした
月曜断食で追い込んで、76㌔に戻してもすぐに78㌔に戻ってしまう。これって毎日ランニングしていたことで、体重増加が緩和されていたということが、分かった。35分で走ろうが、カロリーはだいたい350ぐらいは消費されるわけで。
この運動量が前提で今の体重が担保されていたということに、気づいてしまった。ならば、走り続けるしかない。
よってもって、
本日4日から毎日5㌔ランを再開します!
自分を追い込んで続けていることを、一度中断してみると、その意味と効用について考えることができるんだと、新たな学びが生まれた。
疲れた時、一度立ち止まってみると、新たな景色が見えるかも!
さぁて、これから走ってきます!
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