モフリーの始め方②~業界潜入編~
様々な葛藤と逡巡の果てにカフェをやろうという結論に辿り着いたのは『モフリーの始め方②を始める前に』に詳しく書いた。
だけど振り返ってみれば、飲食店の経験は15年くらい前にウェイターのアルバイトを半年やったくらい。
調理の経験は、15年くらい一人暮らしをしてる際に身に付いた技術のみ。
つまり、ないと断じてもいい経験値だ。
こんな経験値で「いけるかも?」という考えに至るなんて、我ながら飲食業界の方々には失礼だったなぁと今でも思う。
ただ、当然だけど「こうすればいけるかも?」と思えるだけの根拠があった。
それはチェーン店のパッケージを学べばいいのでは?と踏んだ事だ。
チェーン店のオペレーション。それはお店によってそれぞれ特徴はあれど、共通しているのはシステムが完成されているという事だ。
言い方は悪いけど、初めてアルバイトをする高校生でも、一ヶ月も働けばそれなりに出来てしまう作業群になっている。これは本当に凄い事で、一つ一つが可能な限り単純化・均一化してあり無駄がない、という事に他ならない。
調理で言えば基本的には誰がやっても同じ量、同じ形、同じ味が同じ時間で出来てしまうのだ。
もちろん調理のオペレーションだけでなく、接客・衛生・清掃・アルバイト管理・教育・発注・レジ業務…あらゆる作業が単純化され、同じ質になるように徹底されている。
これらを一通り学べば、多少の違いはあってもいくらでも応用出来るのでは、と考えた。
就活にあたっては、自分がやろうとしているカフェ業界に絞り、どれが自分のやりたい事に一番近くて効率よく学べそうか、を選定基準にした。
珈琲などが主体だが料理も充実していて、フルサービス(*)である事。
(*従業員が客席で注文を取り、席まで運ぶ事。セルフサービスの対義語)
また、開業についても学びたかったので、「オープン前から関われる店」というのも重要だった。
内装、電話やインターネット工事、人集め、オープニングスタッフの教育、開店までに必要な物の買い出し、プレオープンのやり方等々、オープン日から逆算して何をどれくらいから始めてどれくらいで終わらせるのか…そういった諸々を実際に体験しておきたかった。
そう考えていた矢先、当時住んでいた家の最寄駅から2つ先の駅の近くに、全国に急展開しているカフェのチェーン店がオープン予定という求人がたまたまあった。早速応募してみると、飲食業界はどこも人手不足と言われる噂は本当だったようで、30を過ぎた未経験者でも無事に採用される運びとなった。
面接して「では審査してご連絡致します」と言われた1時間後くらいに採用の連絡が来たので、正直言って入社を躊躇った事をよく覚えている。
そんな思惑がありつつ実際に入社してみたが、学んだ事は本当に沢山あった。その中からとりあえずはcafe Mo.free開業に於いて特に役立った事を挙げていこうと思う。人によっては飲食店の経験がなくても簡単に想像がつくかも知れないけど、本当に恥ずかしながら要領の悪い僕にとっては単純作業ですら新鮮だった。
メニュー構成
一つの食材が様々なメニューに使われている事。発注・仕込みが簡素化出来るし、様々なメニューに使われる為、廃棄を減らす事が出来る。
デメリットは材料が一つでも品切れすると、作れなくなるメニューが多発する。
レジ業務
レジの中に決められた釣り銭を用意するのは言うまでもなく当たり前の事なのだけど、レジというものに初めて取り組む身としてはそんな事すら感心する程に無知だった。まず「レジの準備金」という発想なんて今までした事がなかった。
閉店後にレジを締める時、レジには元々入っている釣り銭+売上金がある。売上を抜いて初めに定めた釣り銭を用意する事は、毎日となると思いのほか面倒くさい。
これは知らない人が多い余談だけど、銀行で両替するとお金が掛かるのですよ。小銭は50枚で1セットなのだけど、例えば5,000円札→100円玉50枚に両替すると手数料を取られる。おかしな話だ。
という訳で、レジ締めの簡素化と両替代をなるべく掛けない為、開業当初はメニューは全て50円毎に設定し、1円・5円・10円を持たないようにした。
また、クレジットカードでの清算の仕方、そして発行した明細の管理の仕方も経験がなければ戸惑ったと思う。それから回数券等、金券を販売する際は規約によりカード払いはNGという事も知らなかった。
クレジットカード等が使えると、現金払いに比べて客単価が上がる傾向にあるといった話や、カード払いだとお店は3〜5%の手数料(一律ではない!)をカード会社に支払うなんていう事も知らなかった。当然「じゃあカード払いの場合は手数料分多めに値段を設定しよう」というのもご法度なのも知らなかった。
VISAとMASTERCARDよりJCBの方が手数料が高いので、JCBは取り扱わない、というお店も実はけっこうあったりする。
無知な僕にとって、こういった事ですら研修の場を設けてくれたのは非常にありがたかった。
*支払いはカード派の方、これを読んだからといって現金にしなくても大丈夫です。遠慮なくカードをお出し下さい。
衛生観念
どういう状況の時に菌が発生しやすいのか、どの時期に食中毒が発生しやすいか、どのような除菌処理を行うのか、それぞれ食材はいつまでに使い切るのか、食中毒が発生したらどうするのか等々、かなりしっかりと教育され、シビアなルールがある。cafe Mo.freeで取り入れているいくつかの例を紹介しよう。
まずは食材の使用期限の設定。これは実際に作ってみて、どれくらいもつのか、というのを実験してみた。モノによっては2週間くらい大丈夫な食材もあった。
チェーン店では一つ一つの食材に対して消費期限が定められている。しかし実際にやってみると、その「一つ一つ設定して管理する事」というのは大変なので、cafe Mo.freeに於いては仕込んだもののほとんどは消費期限を72時間と設定している。
というのも木曜日を店休にしているので、この日を起点に「金・土・日」と「月・火・水」で分けると覚えやすいのだ。
週末と平日の仕込み量は違うので、作る量の基準にもなる。
ちなみにこれはあくまで目安で、営業していれば例外も出てくる。当たり前だけど日曜日や火曜日に仕込む事だって当然ある。だけど、自分が覚えやすい基準を設けるのは楽だし、なにより定めたルールは続かなければ意味がない。
どんな業態であれ無理のないルーティン化を目指すのであれば、より単純なルールである方が個人的にはベターではないかと思っている。
それから除菌について。基本的には漂白除菌で、カップ、タオルやダスター、俎板の漂白。
これらは一人暮らしの時は何度やっただろう?
他の人は分からないけど、少なくとも僕は飲食業界に入って日常的に行ったから今でも習慣的に出来ていると思う。
飲食店開業に必要な資格「食品衛生責任者」を取る際に丸一日講習を受けるのでこの辺りも学べるけど、教えられるだけだったらそこまで重要視していなかったかも知れない。
また、お店で淹れる珈琲や紅茶はもちろん、炊飯や料理には業務用の浄水器を通した水を使用している。
それでも100%完全にカルキは除去しきれないので、やかん等は定期的にクエン酸で洗っている。
その他にもなるべく汚さないような掃除のコツがあったり。
例えば生クリームをシンクに流すと詰まりやすいし掃除も大変なので、捨てる時はゴミ箱に流し入れる。何かの拍子にゴミ袋が破れてしまうと、液体は垂れてゴミ箱や床が汚れてしまうので、生ゴミの袋の底には必ず新聞紙を敷く。
排水溝とゴミ箱の掃除の頻度を減らし、また汚さないように予防もする…これは本当に細かい例だけど。
ちなみに、僕は家でもゴミ袋の底には新聞紙を敷いている。
一人で回せる限界値
一年間飲食業界に潜り込んで様々な事を学んだけれど、個人的にはこれが最も大事だと思った事なので特に丁寧に書いておく。
飲食店で最も寄せられるクレームの第一位、それは「待たされる事」だそうだ。入店から着席、注文を受けてから料理提供、そして最後の会計…。
「この時間の売上がこの程度なので、この時間帯はこの人数で回せる」
という数値も設定されている為、決められた最低限の人数でいかにお客様を待たせないか、と飲食店の従業員の皆様は日々頑張っている。
当然だけど、メニュー毎に掛かる時間もしっかり計算されてマニュアルに載っている。
「サンドイッチは〇〇分」
「ハンバーガーは〇〇分」
といったように。そしてこの「〇〇分」を実行する為には、仕込みと言う「段取り」が非常に重要となる。ちなみに飲食業界の前に在籍していた製造業界でも、
「仕事の成否は取り掛かる前の段取りで7割決まる」
と言われており、事前準備の大切さというのは全ての業界に当てはまると思う。ちなみにあとの3割は「腕」だそうだ(8:2と言われる場合もある)。
難しく言うと大仰に聞こえるけど、要はサンドイッチを効率良く作る為には
「作るスピードよりも、予めキュウリやハムがカット済みで、いつも置いてある場所に用意されてないとダメよね」という事だ。
胡瓜やハム、レタス等を準備して初めて、サンドイッチは決められた時間内に作られる、という事に繋がっていく。
ちなみに注文してから提供までの待ち時間で「遅いな」と感じ始めるのは、20分くらいからが平均値だそうだ(これについてのデータ元は知らない。研修時についたトレーナーさんがそう言っていた。また、当然どんなお店かにもよる)。
メニュー毎に掛かる時間も違う。しかし注文は一斉に来る訳だから、
「来た注文の何から作り始めるか」
というのはとても大事だ。注文を受けた順で作っていくのでは当然間に合わない時もある。状況によっては、敢えて3番目のオーダーから作り始めたりする。
さらに同じ卓であれば、同じタイミングでの提供が望ましい。
片方が全く時間が掛からない、もう1人はとても時間が掛かるメニューの組み合わせ、こういった注文なんてとても多い。
そういった諸々の注文の捌き方というのは、
「この料理はどれくらいの時間で出来るか」
を正確に知っている事と、
「事前に必要な材料が決められた位置にあるか」
に収斂されるのだ。
そんな事情を知ったので、一人でお店をやる上で「自分が一度にどれだけ待たせる事なく注文を捌けるか」というのはとても重要な課題だった。
メニュー開発に於ける大事なあれこれは今度書くつもりだけど、
「どれだけ時間を掛けないで作れるか」
というのがとにかく重要だ。また、在籍したチェーン店での僕が一度に捌ける限界値が12人くらいがラインだったので、席数の目安もこれに準拠した。
そう、店舗を選ぶにあたっての基準がこれで決定したと言っても過言ではない。席数が少なければ当然楽だけど、客単価が低いカフェのような業態の場合だと高い売上は見込めない。
*売上=客単価×席数×回転率
ある程度席数は確保しなければならないけど、多すぎても回せない。そんな事情で15席前後の「箱」を探したのだ。
要約するとcafe Mo.freeの造りは、「待たせない」という思想から出発している。
どうすれば店内の時間の流れを感じさせないか。
どうすれば店内の時を止める事が出来るのか。
催眠術とか超スピードとかそんなチャチなもんじゃあない。
来店客全員をポルナレフ状態にさせてやるッッ!
(余談ながらカウンターがメインであればホールに人もいらない、というのも店選びで大事なポイントだったし、更に余談ながらJOJOの中古本第1~3部まで販売しております)
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「時間は相対的なものである」
その昔著名な天才物理学者がそう言ったように、例えば同じ10分待たせるにしても、一瞬にしか感じない10分もあれば永遠を感じさせる10分もある。
一人でやる事が前提だったので、いかに「待たされている」と感じないような工夫をするか。そこにはかなり知恵を絞った。
早くメニューを作る為の導線や提供の順番といったチェーン店で学んだオペレーション効率の他、待っていると思わせない仕掛けをcafe Mo.freeでは随所に取り入れていたりする。
その中で最も機能しているのがコンセプトの3つで、これでかなり気を紛らわせるものだと思う。猫はいるし本はあるし、時々ピアノの演奏だってある。文句なし、確実に気が紛れる。それからWi-Fiの導入や月毎に変わる壁の展示。これらも大いに役立っている。
注文が溜まって「これは提供が遅くなるな」と思えば、あえて会話を振ってみたりもするのだが、我ながらこんな事まで暴露していいのかしら…。
もちろん「ちょっとお時間ください!」と正直に言ってしまうのを忘れずに。
また、洗い物の優先度。これも待たせない為にかなり重要な位置付けにあるものだ。テーブルを片付けるにせよ調理するにせよ、洗い物が溜まっていると途端に作業は滞る。「いかに溜めないか」「いつ洗うか」は常に考えながら回さなければならない。
珈琲や紅茶の注文を受ける際、注文量が多くなければガムシロップやミルクの有無を聞いている。使わないのに出して捨ててしまう、そんな無駄を防ぐ為というのもあるけれど、準備工程を一つ減らす為、洗い物を増やさない為というのも非常に大きい。たった一言聞くだけでこれらが解決されるのだ。
そしてお気付きの方もいると思うけど、店内には時計を置いていない。これも時間を気にさせない為だけど、他の飲食店でも導入されている手法で特に珍しい事ではない。
こういった「待っていると感じさせない」という目的の元に行っている取り組みや仕掛けの一つ一つ、とても小さな無駄の排除の積み重ねが、cafe Mo.free全体の居心地の良さに繋がっていくと信じている。
当店で過ごして「来るといつも時間を忘れちゃうな」と感じていたのであれば、実は随所に仕掛けられた僕の「モフリーマジック」にあなたは掛けられているのです。
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さて、思い付く限りの「飲食チェーン店で学んで役立った事」をまとめてみたが、如何だっただろうか。僕が知らなかっただけで、誰でも簡単に思い付くもので、そこまで大した事ではないのかも知れない。
要領が悪く知恵なき我が身ではあるけど、沢山のシュミレーションをして予測を立て、自分なりに行動して得たものがこれらだった。
思った通りに事が運んだものもあれば、まるで見当違いだったというのも沢山あった。
これしか得られなかったのかとも思うし、あるいはもっと大事な事があったかも知れない。そう振り返る事もあるけれど、一年間の在籍で自分の能う限りの力ではきっとこれが拾える限界だったと思う。
これを書くにあたり、当時のメモや資料を眺めながら振り返ってみて「頑張ったなあ」と当時の僕を労ってあげたい。
お疲れちゃん。
最後まで読んで頂きありがとうございました。