吉良まな

23歳になった。 飛騨高山生まれ

吉良まな

23歳になった。 飛騨高山生まれ

最近の記事

「殺せないけど救えもしない」シリーズは少し休む。書いてて面白くない。誰かに読みたいから書いてくれと言われないとかけないレベルには面白くない。私が面白いと思ってないものを出して読んでもらうという構図もよろしくない。

    • 誰も関係のない所に行け

      「自分の中に怒りの感情があるのが嫌だ、だからなるべく怒らない」と彼女は言った。 雨の渋谷、私たちは一本の傘を二人でさして歩いていた。 天気予報を見なさそうな彼女に「夕方から雨、降るよ」と言ったのは私だったのに、傘を忘れたのも私だった。 間抜けな私に傘を共有してくれるこの心優しい彼女は、優しすぎて時に辛そうなときがある。 それでも人を憎まず生きている姿は強くもあり、今にもほどけてしまいそうな儚さを持っていて、私は彼女のそんな生き方が嫌いではない。 嫌いではないけど、好まし

      • 殺せないけど救えもしない3

        私は過去に自分が躁鬱、つまり双極性障害なのか疑っていた時、何の気なしにインスタで「躁鬱って知ってる?」と質問したことがあった。 結果、愕然とした。 回答してくれた人の80%以上が知らなかったのだ。 あえて明確な数字は避けるが、鬱病なんてのはかなり高い確率で誰もがなり得るものだし、その中の派生分子とはいえ躁鬱って言葉自体を知ってる人が少ないことに、当時の私はものすごくショックを受けていた。 まあ確かに、今のまともになった頭で考えればそんなの当たり前なんだけど。 学校とかで教え

        • 殺せないけど救えもしない2

          (画像は頭馬鹿ピンクな頃のわたし) これは昔に書いた「ベストな選択とは」にかぶるところがあるけど、こっちはもっと細部にまで迫った話。 生を放棄した私の罪と、今の私に至るまで。 あの2年間、私は私ではなかった。けれど第三者が関わるならばそれはただの「私」だった。誰もが「今はいつものまなじゃないんだな」と見てくれるわけではないということだ。 残った記憶が曖昧な中、いつも思い出して胸がグッと苦しくなってしまうのは母を泣かせてしまったこと。 高齢の身でありながら腹を痛めて生んで

        「殺せないけど救えもしない」シリーズは少し休む。書いてて面白くない。誰かに読みたいから書いてくれと言われないとかけないレベルには面白くない。私が面白いと思ってないものを出して読んでもらうという構図もよろしくない。

          殺せないけど救えもしない1

          (画像は後々話に出てくる最低のGPA成績表) まず最初に。 知らないだろうから教えてあげるけど、 あなたと私は、誰も変えられないし、誰も救えない。 みんなドラマと漫画の見過ぎで、物語と自分たちの線引きができてない。 私たちの人生に感動的な台本は存在しない。 それらは全て偶然生まれるものであって、期待してはいけない。 これは私があなたに送れる優しさの1つだ。 今死にたいあなたへ、大切な人が死にたいと言っているあなたへ あの時おかしかった私を「私」としてみてくれた人へ 私

          殺せないけど救えもしない1

          バス停

          その日は外の世界の、すべてのコントラストがはっきりとしていた。 真っ青な空に、白い入道雲。青々と伸びる雑草、熱さを帯びたアスファルト、そこに伸びる白線、暑さでしおれかけているひまわり。 目に入るすべてのものが、鮮やかで、眩しい。 私は茶色い木のベンチに座って、目の前を時々通る新幹線を見ながら、ひとりでバスを待っていた。 忘れられない日のこと 19歳の夏だった。 髪の色はピンク、しかも紅ショウガみたいなショッキングピンク。スーパーで1000円で買ったインドパンツ、グレイッ

          私は神じゃなかった

          「私は神じゃない」 そりゃそうだろうと言われると思うが、実は私が自分は神ではないと自覚したのはごく最近のことだ。 当たり前のことを言葉の表面だけで捉えるのではなく、”自覚”した瞬間私たちの世界は大きく変わる。 この世にはそんな事実や言葉がゴロゴロと転がっている。 私は人を恨み、嫌い、憎む。 私は隣人を平等に愛さない。 私の行動や言葉は時に人を傷つける。 私は愛する人さえも自分の言葉と力では救うことができない。 私が受けた光や放つ光で影を負う者がいる。 誰もを平等に愛

          私は神じゃなかった

          書く、無理じゃない範囲で

          わたしの言葉に価値はないというか、誰の胸にも染み入るような、そんな重みはない。 そりゃ20年そこらしか生きていないんだ、当たり前だ。 でも、誰かの本当の意味での「誰か」の言葉に救われたことがお前もあるだろう? それは母親だったかもしれない。姉だったか?友人だったかも。 好んで読んでいた小説家の言葉か?恋人のくれた言葉か?校長先生の修了式で語られた言葉か? 今はネットで見つけた本当に何も知らない「誰か」の言葉に触れられる時代。 誰の言葉に触れても良いし、わたしの言葉がそれと同

          書く、無理じゃない範囲で

          回想列車

          この前久しぶりに電車に乗って移動した。 その日はよく晴れていて、夕方近くになってもまだ空は明るかった。 浜松から豊橋までの各駅停車の間にいつものように学生が何人も乗り降りしていく。 ただいつもと違うのは学生たちがいつもの大きな重たそうな荷物を持っていないこと。 代わりに綺麗な花束を抱えている学生をちらほら見かけた。 「なぜ学生が花束を?」 その日の日付を思い出し納得した。 「2月28日。ああ、そうか卒業式か」 この時期に行うということは高校の卒業式だろうか。 私も2年前

          回想列車

          深海と隣人

          胸に広がる暗い暗い気持ち、それは深海のようで果てがなく光が届かず私を固く緊張させる圧を持っている。 深海では泳げない。私たちはできることなら浅瀬で泳ぎたい。そこは陽の光で暖かく明るく、いつでも空気が吸えて安全な場所。仲間たちもたくさんいて楽しい場所。 深海ではずっと独り。そっとそばに誰かが来ても暗くて気づけない。上を向けば少し明るい気がして、そこに向かって泳いで行きたいけれどそんな力は湧いてこない。 胸に広がるどうしようもない暗い気持ち、悲しみや怒りとも言い切れないふと

          深海と隣人

          ベストな選択とは 2

          前述したように自分の「したいこと」ではなく、「した方が良いこと」を選択し続けた私は、心も頭も疲れ果てうつ病になった。 「『した方が良いこと』をしているのだから間違っていないはずなのになぜこんなに上手くいかないのだろう…?」 「なぜこんなに疲れてしまうのだろう…」 「おかしい。何かがおかしいけど選択は間違えていないはず。じゃあただの私の努力不足だ!」 「ならもっとこうすべきだ!ああするべきだ!こうでなきゃいけない!頑張らないといけない!」 と、お得意の「〜しなくては」「〜

          ベストな選択とは 2

          ベストな選択とは1

          私のよくない癖に 「〜しなくては」「〜するべきなんだ」 といった思考回路がある。 「したいこと」をするのではなく、「した方が良いこと」をし続けると、やはり本心との差異が少なからずあるので人は段々疲れてしまう。 「した方が良いこと」をすると、周りに褒められるし物事も円滑に進むので一瞬正解のように感じるが、それは違う。(間違いではないがやはり正解でもない。) 「したいこと」と「した方が良いこと」が偶然に一致する場合もあるが、その一瞬を待っているばかりでは生きていけない

          ベストな選択とは1

          最初に

          人の書いた文章を読むことが好きだ。 小説はもちろん、少し見知っているだけの人の文章を読むのは殊更面白い。実際の心の距離はそんなに近くないはずなのに、その時だけは直接相手の心に触れている。 何かをアウトプットしたくて、今までいくつかのSNSに挑戦してきた。 ダメだ。親しい人、近しい人がその場で増えるたび本当の自分を出せなくなる。怖いのだ。 他者からの評価を気にせずに自分を表現することはとても難しい。 だが、私は「創作」をして生きていきたい。 それ以外で生きる道をまだ見