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誰も関係のない所に行け

「自分の中に怒りの感情があるのが嫌だ、だからなるべく怒らない」と彼女は言った。

雨の渋谷、私たちは一本の傘を二人でさして歩いていた。
天気予報を見なさそうな彼女に「夕方から雨、降るよ」と言ったのは私だったのに、傘を忘れたのも私だった。

間抜けな私に傘を共有してくれるこの心優しい彼女は、優しすぎて時に辛そうなときがある。
それでも人を憎まず生きている姿は強くもあり、今にもほどけてしまいそうな儚さを持っていて、私は彼女のそんな生き方が嫌いではない。

嫌いではないけど、好ましくはない。

理由は彼女のことが心配だから。
もう一つ、私はもうそうやって生きられないから。

この日私たちは、自分たちの生き方や表現について、いくつか場所を変えながら、ぽつりぽつりと話しあった。
もちろん、そんなものには終わりと正解がないと自覚した上で。

彼女は就活が始まり、私は就活自体はまだだが以前よりずっと将来を見据えるようになり、そんな2人が顔を合わせると自然と「これから」の話が増えるようになった(私がしたがる)。

最近何作ったの、
就職って言ったってさ、
今度なに作るの、
これってどういう風にやったの、
てか仕事ってなんなわけ?
どうやって生きてく?
私これはこう思ったよ、
まじかしんどくない?
データとんで死んだわ、
その日企業説明会だから無理、

彼女がよく頼むのはコーヒーかチャイ。
私は午後はカフェインを摂りたくなくて大体ココア。この日はジンジャーエール(辛口)。

この時期はよっぽど寒くなければ飲み物は大体アイスで注文。
二人で出したアイデアを書き留めるために開いたノートにコップの結露した水がしたたり落ちる。

「好きなもの作ればいいじゃん」

「できないよぉ、そんなの」

彼女はどちらかと言うとアート志向、私はデザイン志向。
目指す場所、身を置く環境の違いから生まれる会話であることは間違いないが、私はこの言葉に彼女の表現に対する”覚悟”と、私の意識のレベルの程度を感じた。
私、もしかしてずるいかもしれない。
それともクリエイターとデザイナーとアーティストの違いが”ここ”なのだろうか?じゃあ私は何?
何になれるのか?何になりたいのか?

私、戦ってないのかな。

彼女と話すと世界がスーッと広がり、広がった分だけ知らない闇が生まれ、私はワクワク感と不安でまっすぐ立っていられなくなる。



夕方から雨、という予報は少しずれてその2時間後くらいから雨が降り出した。
風の流れで時折雨が窓に当たり、ツーっと流れていく。

「そろそろ帰ろうか」

私たちの座った席は90分の時間制だったはずだが、雨でお店がそこまで混んでいないのもあってか店員さんは特に声はかけてこなかった。

「また来ようよ」「ね!いいとこだったよね」

私たちは店を出て、二人で一つの傘を差しながら渋谷駅に向かった。


「みんな嫌いだ。社会には納得のできないものばかり、私はずっと怒っている。絶望している。
みんな大嫌いだ」

最近の自分の中で渦巻いていた感情が、この一瞬(信号待ち)に思いがけず言葉として成立してしまったので、思わず彼女に吐露してしまった。

(たぶん、分かってくれるよな。
同じ気持ちだと思う。)

期待とは裏腹に
「仕方ないんだよ」と彼女は静かに答え、
「私は自分の中に怒りの感情があるのが嫌だからなるべく怒らないようにしてる」と続けた。
彼女は私が思っていたよりもずっと大人で、私より見ている世界が広いように見えた。
私は自分がとても幼く思えた。

昔の話。
私はかつて正しい人間であろうとした。
優しく、良い人間であろうとした。
その方が心穏やかに生きられると思ったからだ。

それにあまり意味がないことに気づいてからは、私は実は何もかも嫌いで、何もかも気に食わなくて、色々なことに怒っていることに気が付いた。

人に優しくしなくても自分は生きていけることに気づき、愛と優しさは尽きるものだと知り、本当に大切な人にのみ、それらを分け与えるようになった。

薄っぺらい人間が大嫌いで、表面で惹かれあい関わりあう人間とその社会に絶望し、そういった思考を持ち合わせている自分にも嫌気がさしていた。

私の怒りと憎悪のそのほとんどが、自分の未熟さゆえに生まれている。そんなのは分かっている。だから腹が立つ。
分かっている。誰も悪者じゃない。悪者なわけがない。
誰かもわからない「みんな」に執着しているのは私だ。
「みんな」と関係のないところに行くんだ。
「みんな」から抜け出すには高みに行くしかない。
だから私は自分から みんな を嫌いになるしかないのだ。


怒りを消そうと涙を流す者、怒りに狂って涙を流す者、そんな私たちは何を生み出せるのだろう。

実は私たちは仲が良いのか悪いのか分からない。
この前も映画を見に行った帰りに喧嘩をしかけた。
いや、喧嘩をした。
彼女は喧嘩にならないように感情を抑え込むタイプだし、私はそれに対して「てめえ聞いてんのか、なんとか言ってみろや」とさらに激昂するタイプだ。
おそらく私たちはすこぶる相性が悪い。
が、私は彼女のことが好きだ。

いつか彼女に「前より人が嫌いではなくなった」と報告できる日はくるだろうか。

それまでは仲良しでいよう、と思った。

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