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Sweet moment.

 ミニスカートを履いたおっさんが、六畳一間で大の字で寝転んでいた。桃色のレーススカートからは、おびただしいすね毛の生足が現れている。

 おっさんは疲弊していた。美中年お披露目公演まで一ヶ月を切ったにも関わらず、デビュー曲のダンスが覚えられないからだ。だが、肝は据わっているはずだ。かつては、西で一番の組長と恐れられていたじゃないか。こんなこと、人を殺すよりも簡単だ、と思い直し午後からのレッスンへと向かった。

 練習室には、すでに先生と、メンバーの高橋さんと中川さんが来ていた。美中年のメンバーは全員がおじさんなので、よりしっかりと準備運動をする必要がある。『いちごミルクをあげる♡』の曲に合わせて一通り練習をした。

「いやーキツイですね。あそこのAメロの振り、足がつりそうになるんですよ。」

「俺なんか、一瞬ギックリ腰になりそうになったよ。なんとか耐えたけど。」

 メンバーの二人が怠そうに愚痴を言う。そんなに嫌だったら帰れ。と内心思いながらも、黙っていた。寄せ集めの集団だから、グループの仲を取り乱したくないのだ。

「今日はもう無理そうね。みんなお疲れさま!」先生の一言により、お開きとなった。

 すっかり暗くなった夜道を、一人寂しく帰る。腹が減ったので松屋にでも寄って帰ろうかな、と歩いていると、背後から、あの! と声をかけられた。振り返ると、そこにはツインテールの女子高生が立っていた。

「美中年さんですよね? 私、ティックトックからのファンなんです!」と、アカウントを見せてきた。液晶には、見知ったアイコンと『蜜月@美中年デビュー待機組』の名前が映されている。

「君、僕が炎上している時から、よくコメントくれてた子だよね? 知ってるよ。」

 彼女の頬は、桜餅から熟した林檎へと変化した。

「認知してくれてたんですか……? やばい泣きそう」彼女の瞳から、とろりと蜜が垂れた。

「私、どれだけ酷いことを言われても、自分の中のかわいいを貫くあなたが大好きなんです。」

 はじめて、胸の中に湧き上がる衝動を人に認めてもらえた気がして、なんだか泣きそうになった。我慢しなくてよかったんだ。ふと見上げた月がいつもより大きく見えた。


 一ヶ月は、あっという間に過ぎ、時刻は開場三十分前を指している。この日に向けて、デザイナーと躍起になって話し合った衣装に身を通す。これだよ。この太ももの上でひらりと広がる薄紅色のパニエ。すね毛を剃ってきたからか、足も同様に輝いている。最高の相性だ。あいつは、足を見せないようにロングスカートがいいとかほざいていたけど、アイドルはこうでなくちゃな。舞台裏に移動し、円陣を組む。

「えー、いちご担当美中年センターとして、一言言います! 最初は愚痴だらけでどうしようかと思いましたが、メロン、バナナの二人と共に美中年を作り上げることができて嬉しいです。最高の笑顔で咲き誇りましょう! ぷりぷりフルーティー?」おー! と手を重ね、一つの蕾となる。

 舞台裏から覗くと、数えるほどのお客さんと関係者が待機していた。その中に一人、蜜月ちゃんが自作のうちわを持ってきてくれていた。   

 あの夜にした約束、守ってくれたんだ。彼女と交わした約束、叶えないとな。

 次第に暗転し、三人でステージへと出た。曲がかかり、いきなりダンスから始まる。ライトが想像よりも眩しくて、お客さんの顔が見えない。趣味を詰め込んだお気に入りの衣装で踊れている事実に高揚感を覚えた。

 デビュー曲『いちごミルクをあげる♡』には、それぞれソロパートが存在する。そこは一番の見せ場であり、最も苦手なパートであった。だが、あの夜、彼女に一番目立つ箇所でファンサをすると約束をしたのだ。高橋、中川がパートを終え、スポットライトが当たった刹那、彼女に見えるように、胸の前でハートを作った。眩しい光の中で彼女の笑顔が見え、ほっとした時だった。気づけば、ハートを撃ち抜かれ、血が噴き出していた。激しい痛みで倒れる寸前、非常ドアを見ると、そこには見た顔が。あれは、違う組の若頭のはずだ。

「山下組元組長、なんだそのふざけた格好は。足を洗ったつもりか?」嘲笑と共に、奴はピストルを構えながら去っていった。

「おじさんっ! 私に最高のパフォーマンス見せてくれるって言ったじゃない。やめて、目を閉じないで!」

 駆け寄ってきた彼女の影からスポットライトの光が漏れる。まるで三日月みたいだ。ごめんなぁ、蜜月ちゃん。あの夜と同じ空の下、深い闇へと堕ちていく。

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