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短編小説

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オリジナル短編を投稿していきます。
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#オリジナル小説

雨の日

雨の日

 女の子はその夜、自分の大切に持っていたものを無くしてしまったことに気がついて、家を飛び出した。

 お父さんはまだ帰ってきていなくて、お母さんはちょうどお風呂に入っていたから、結果的には家をこっそりと抜け出した、ということになった。外は雨で、女の子は半透明のビニール傘を持ち、風を通さない上着に長靴を履いて出ていった。

 その日は休日で、女の子はさっきまで町の図書館で過ごしていた。そして図書館を

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短編小説『もの忘れをなくす方法』

短編小説『もの忘れをなくす方法』

 彼はもの忘れが多かった。

 お医者さんが言うには、これは認知症のような病気ではなく、単なる「もの忘れ」らしいが、それにしても病的なくらい、彼は色々なことを忘れやすかった。
 例えば、財布や携帯を忘れるのはむしろ当たり前のことで、移動でのバスや職場で忘れるのならわかるけど、ポケットに入れたことさえ忘れる。それに、彼は何か手続きで自分の年齢、性別、住所、名前みたいな個人情報を書く時、それらをすっか

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掌編小説『海』

掌編小説『海』

 彼は毎日この海を眺める。
 ぬるい砂浜に足を着け、その下に埋まった冷たい砂の温度を足の裏から感じ取る。波に押しやられて打ち上げられている瓶や流木、それらの破片を避けながら、海を囲うように歩く。
 時折、波が足元までやってくると、その心地よさに身を震わせたりもする。

そして、彼は海の中にあるたくさんの沈んでいるものたちのことを想像する。それから、まるでそれを知っていたかのように語り出す。けれども

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掌編小説『縁側』

掌編小説『縁側』

私の家の庭には花壇があった。
その花壇には、色も高さも違う花が並んでいて、今はひまわりが太陽に向かって咲いている。私は縁側から、その花壇の塀の向こうから聞こえる子供達の声を聞いていた。
 するとお母さんが、居間から縁側を横切って、使い古したサンダルを足に引っ掛けながら、花壇の方へ歩いていく。

それから、空に伸びるひまわりの茎をちょきん、とハサミで切った。
それは少しもったいないような気がした。

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