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〈偏読書評〉読書欲と食欲を激しくそそる、手土産X文学コミック:『おもたせしました。』

5月15日に最終巻となる第3巻が発売された、うめさん(小沢高広さん/妹尾朝子さん)による『おもたせしました。』(新潮社刊)。

先日の画像投稿にも書きましたが、作品が完結してしまったのが淋しいです……(というか、なんで俺好みの作品に限って、すぐ作品が完結してしまうんだ……俺、厄病神なんじゃろか……)。

と、しょんぼりしていたら、うめさんがこんなツイートを……!

「どうせなら1巻全部」って! 編集さん、太っ腹すぎるじゃろ……っ!! ということで、noteでの無料公開を(勝手に)記念して、今回は『おもたせしました。』のご紹介です。

まずは以下、『コミックバンチweb』に掲載されている紹介テキスト。

主人公の寅子は仕事柄、取引先や友人知人など訪問が多い毎日。その際に何か必ず“手土産”を持って行くことを生きがいにしている。ただし寅子が選ぶ手土産の条件は……“自分が食べたい”もの! 実際のお店の名物料理をテイクアウトして、その美味しさを他人と共有する“コミュニケーショングルメ漫画”の開幕です!

これだけ読むと単なるグルメ漫画のように感じる人も多いと思いますが、『おもたせしました。』の魅力は〈実在する手土産〉の要素だけでなく、(タイトルにも書いたように)〈実在する文学作品など〉の要素も掛け合わされているところ。しかも、その掛け合わせた方が絶妙なんですよ、これが。

うめさんのページで公開されているエピソードを読んでもらうと分かるのですが、例えば《大多福》のお持ち帰り用の「おでんつぼ土産」が登場する第1話。訪問先におでんの魅力を伝えるために、まず寅子が引き合いに出すのが、魯山人のエッセイ『鍋料理の話』の一節。

ところが、ひょんなことから、おでんをいただくことになってしまう寅子(この流れが、ちょっと落語っぽくって、これまた良い)。今度はおでんに舌鼓を打ちながら、古川ロッパの『下司味礼賛』と、坂口安吾の『街はふるさと』の一節を引き合いに出します。しかし安吾の流れから、うっかりお酒の話をしてしまい……気になる続きは、ぜひ無料公開中の第1話で確かめてみてください。

手土産にちなんだ文芸作品などの一節をスラスラと暗唱し、自分のことを「過去と現代がひとつながりに見えるのが好きで ワタクシはあれこれ古い文献を漁っているようにも思います」と語る寅子。そんな彼女は、ただ一節を紹介するでなく、その作品の文化的&歴史的背景も分かりやすく解説してくれるんですよ、まるで名アンソロジスト・東雅夫先生の注釈のように

思わず興味をひかれてしまう解説で、各文芸作品を〈教科書的な作品〉から〈現代に生きる自分たちと共有する“何か”を秘めた作品〉へと一変させる寅子。そんな彼女によって、手土産だけでなく、作中に登場する文芸作品にもどんどん興味がわいてきてしまい、読み終わる頃には食欲と読書欲のどちらを先に満たすべきか(良い意味で)困ってしまう作品なんですよね、『おもたせしました。』は。

ちなみに寅子ですが、ほぼ毎話、手土産と一緒にお酒も飲んでいますしかも、なんとも美味しそうに……。尚、お酒を飲んでいないのは全24話中7話のみ(そのうち1話は泡盛のゼリーを食べているので、アルコール摂取をしているともいえばしている)。

いわゆるグルメ漫画だったら、ここでお酒の薀蓄も多少入りそうなところですが、『おもたせしました。』では、ほぼない。どこの銘柄か分かるくらいに、ワインなどのラベルが緻密に描かれているのに、ほんの触りしか触れない。

この“引き算”ともいえる情報量の調整も、『おもたせしました。』の“絶妙さ加減”を生み出す要素のように思えるんですよね。読み終えた後、情報の過剰摂取による、変な疲れ方をすることもないですし

あと基本的にはオムニバス形式で進むストーリーですが、少しずつ寅子のバックグラウンドが明かされていき、全話を読み終えると彼女の成長物語(もしくは“居場所探し”の物語)だったことに気づかされるのも、これまた良いのですよ……

この他にも、毎話登場するゲストのキャラクター性がなんとも味わいのあるものだったり(各ゲストを主役に、スピンオフのエピソードを描いて欲しい!)、毎話異なる寅子の和装がなんとも素敵だったりと、色々な魅力にあふれている&色々な切り口で読める作品なので、ぜひ試しにうめさんのnoteで無料公開されているエピソードを読んでみて欲しいです。

ちなみにnoteでの無料公開にあわせて、うめさんが各話ごとに有料(といっても100円)で配信しているのが、『おもたせしました。』制作時の裏話。現時点では第3話まで公開されているのですが、この裏話のテーマが読者としては、なんとも気になる内容ばかりなんですよ……本当にうめさん、色々な意味で絶妙すぎ……(で、自分は今のところ2話分を購入)。

とまぁ、様々な欲望をわきたて、様々な面白さがつまった『おもたせしました。』。うめさんのファンはもちろん、漫画好き、美味しいもの好き、文学好き、お酒好きの方も、ぜひどうぞ。楽しさだけでなく、なんとも“学び”の多い作品ですよ

【BOOK DATA】
『おもたせしました。』(新潮社刊) うめ(小沢高広/妹尾朝子)/著、竹内亮輔(crezy force)/デザイン  1巻 2017年4月15日第1刷発行、2巻 2017年10月15日第1刷発行、3巻 2018年5月15日第1刷発行 各¥620(税別)

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