#001 カボチャ狂想曲
この「カボチャ狂想曲」は、日本児童文学者協会賞に推薦され批評を頂いた作品です。カボチャが大好きな母ちゃんとユウキのやり取りから、読み終わると優しい気持ちになります。(※筆者娘コメント)
カボチャ農園
「おーい、終わったよー」
ユウキが大声で呼ぶと、校庭で遊んでいた大ちゃんとケンちゃんはあわてて走ってきた。
「早かったねー、もっとおそくなるかと思った」
背の高い大ちゃんがいうと、小がらなケンちゃんも続けた。
「くま先生は、おこりんぼだからな」
三人で校門を出て家に向かって歩き始めた。ユウキは今日習字の道具を忘れて、先生に借りたのを返しに行った職員室で、しっかり注意されたのだ。
「おまえはクラスで一番だぞ、忘れ物が。お前だけに見せるけど、おれがないしょでつけてるこの表を見てみろ」
その表は、確かにクラスの誰よりもユウキが長かった。二番目はずっと短いけど、ケンちゃんだ。
(ええっ、いつこんなに忘れたんだろう)
「いいか、明日は弁当を忘れるなよ」
くま先生は、本名は平山先生。でも身体が大きく色が黒いので、三年一組のみんなは、そう呼んでいる。
三人で歩きながら、今日何して遊ぶか相談して、公園でサッカーをやることにした。
ユウキの家で待ち合わせするとケンちゃんがいった。
「すげえなあ、カボチャがたくさんなっているぜ」
「カボチャ農園経営してるみたいだね」
大ちゃんが言うとおり、家のうらの畑は全部カボチャだ。
「ああ、うちの母ちゃんは『カボチャ命』だからな」
ユウキはあきらめたように言った。毎日カボチャがおかずに出てくると、いくら調理法がちがっても、あきあきしてくる。父ちゃんと姉ちゃんは、いらないとはっきりことわるけど、ユウキはグズグズしているうちに、母ちゃんにカボチャが好きと思われている。
「ユウキがお腹にいるとき、カボチャばかり食べたから、好きになったのね」と、勝手にかいしゃくして、ニコニコしながらどんどんサービスしてくれる。カボチャケーキは、バターがたっぷりでまあうまいからいいけど、カボチャのにものはもうたくさんだ。母ちゃんは自分は大好きだから、ご飯の代わりにカボチャを食べ続けている。
三人で、さあ出発しようというときだった。母ちゃんがちょうど家から出てきた。
「まあ、よく来たわね。ゆっくり遊んで行ってね。二人ともお母さんにカボチャ持って行ってね」
「あ、これからサッカーに行くので、いいです」
「あ、ほんとに公園に行くので、いいです」
二人の話もまったく聞かずに、自転車のかごに大きなカボチャをそれぞれ押し込んだ。
「お母さんによろしくね」
二人ともことばが出ずに、かごの中の緑色のカボチャを見ながら、自転車に乗って公園に向かった。
「なんか、うちの母ちゃん、人の話聞かなくて、悪いな」
ユウキが小さい声で言うと、大ちゃんが答えた。
「まあ、いいや。うちの母ちゃん、カボチャよろこぶかも」
ケンちゃんもつけくわえた。
「うん、うちもよろこぶかも」
公園では、だれもいなかったので、思い切りボールをけってうす暗くなるまで遊んだ。
夕飯にはカボチャ入りのカレー食べて、夜はおもしろいテレビがあったので、おそくまで見てねた。
ソワソワした教室
次の朝、母ちゃんに起こされて、ギリギリでやっと学校に行った。中学生の姉ちゃんも父ちゃんもとっくに出かけていた。
朝から、なんだかみんながそわそわしている感じがした。でもどうしてなのかよくわからなかった。お昼の時間になっても、給食当番が出て行かないし、みんな自分のカバンから、つつみを取り出している。
(あっ、今日はお弁当だと、くま先生がいってたっけ、それでみんなそわそわしてたんだ)
すっかり忘れていた。マラソン大会の予備日で、給食がなかったのだ。ショックだった。母ちゃんも何もいわなかった。
「ユウキくん、忘れちゃったんだね、半分上げるよ」
ケンちゃんが後ろを向いて、のりまきをわたそうとした。手を出そうとしたら、そこにくま先生が来た。
「あ、お前やっぱり忘れたんだな。忘れ物一番だからなあ。昨日あんなに言っておいたのに。プリントもわたしてあるだろ。ほんとにしょうがねえやつだなあ、これをたべろよ」
大きなおにぎりをユウキにわたそうとした。
「いりません」
きっぱり言うと、机の上につっぷした。くま先生のバカにしたようないい方が、カチンときたのだ。
ケンちゃんの声も、となりのみずきがサンドイッチをくれようとしたのも、みんな無視した。だれとも話したくなくて、どうしてわすれたかを考えていた。プリントを母ちゃんにわたしてなかったかもしれない。母ちゃんも見せろといったことが一度もない。そのせいだと思いあたったときだった。
「いいんだな、食べなくて」
くま先生が半分おこった口調で言うと、ユウキを見てあきらめたようにもどって行った。
(くま先生にあんな言い方されて、意地でも絶対食べないぞ)
その気持ちが強かった。
午後の二時間は、ひさんなことに、体育と国語。お腹の空いたのが原因か、得意なサッカーでも点を上げられなかったし、国語はお腹がなるのを必死にがまんして、まったく頭にはいらなかった。
三人で学校から帰ったが、大ちゃんがスイミングに行く日なので、遊ぶのは明日にして別れた。
家に着いたら、むしょうに腹が立ってきた。プリントを見せなかったのもいけないけど、一度もプリントがないか聞いてくれない、母ちゃんも母ちゃんだ。
となりの席のみずきなんて、毎日母ちゃんがプリントがあるか見て、次の日の持ち物を用意するらしい。
うちの母ちゃんはカボチャしか頭になく、毎日カボチャの世話をして、近所の人たちやパートに行ってるスーパーのおばさんたちに配っている。
「ありがとうってよろこばれたわ」
と大喜びで報告するけど、みんないらないって言えないだけかもしれないのに。
三日前なんて霜がくるかもしれないと夕飯もろくに用意しないで大さわぎで、カボチャに布をかけたり、新聞をかけたりしていた。子供よりもカボチャの心配ばかりしている。それっておかしい。
家に帰って…
ひみつのカギ置き場にカギがあったので、あけて家に入ると、シンとしてだれもいない。今日は母ちゃんはパートの日だ。だんだんムカムカしてきて、がまんできなくなった。
うらの畑に出て、大きなカボチャを思い切りけとばした。カボチャはボスッというにぶい音がして、へこんだ。さらにくつで踏みつけた。黄色い中身と種がはみ出た。また一つけとばした。カボチャがにくくてたまらなかった。五つくらい踏みつけたところで、めぼしい大きいのがなくなって、ハッとわれにかえった。
(何をしてるんだろう、母ちゃんのカボチャを)
あわてて二階の自分の部屋にとびこんだ。マンガをよんでいても、ドキドキしてまったく頭に入ってこない。
(どうしてあんなことしちゃったんだろう、でも母ちゃんがいけないんだ。カボチャばかり気にしてるから)
言いわけしながら下の物音に耳をすませて、全神経を集中させていた。
母ちゃんが帰ってきたらしい音がした。続いて珍しく姉ちゃんも父ちゃんも早く帰ってきたらしい。
下に行こうか考えていた、そのときだった。
「きゃあー、どうしたの、だれかー」
母ちゃんの悲鳴が聞こえた。
中一の姉ちゃんが部屋に入ってきた。
「ねえ、ユウキ、カボチャ畑が荒らされてるっていうけどユウキは知らないよね」
姉ちゃんはまっすぐユウキの目を見た。いつも優等生タイプで、小学校の生徒会長もやった姉ちゃんは、こわい存在だ。でも、何も言いたくなかった。
「うん、ぼく知らない」
あわてて首をふった。
「わかったわ」
姉ちゃんは短く言うと、部屋を出て行った。夕飯は焼きそばを大皿にもりつけてあった。いつものようにカボチャ料理がなかった。代わりにスーパーで買ったらしいあじのフライが一匹ずつお皿にのっていた。
「ねえ、私の大事なカボチャを、誰がやったのかしら、警察に届けようかしら」
母ちゃんはぶつぶつ言い続けていた。
「カボチャじゃ、警察も相手にしないよ」
父ちゃんがあっさり言った。姉ちゃんも、母ちゃんに、まるで親が話すようにゆっくり説明した。
「お母さん、気持ちは分かるけど、やめた方がいいよ。警察に長い時間いろいろ聞かれるし、あとあとめんどうだよ」
母ちゃんはそれを聞いて、思いとどまったらしい。
「そうかもしれないね」
母ちゃんはがっかりした顔で、うなずいた。
ずっと母ちゃんの顔をまともに見ることができなくて、ハラハラしていたユウキは、やっと少しほっとした。でも、やきそばを食べても砂をかむようで味がしなかった。
事件の翌日、おいしかったコロッケ
よく日、少し早く起きて、カバンの中をたしかめ、時間割を確認したら、ほんの少しの時間でおわった。
(なんだ、こんなことならもっと早くやればよかった)
学校では、忘れ物がなかったので、くま先生にしかられることもなかった。
「お、珍しく今日は忘れ物なかったな」
くま先生はきげんよくユウキの頭に手をのせた。
学校から帰って、ケンちゃんや大ちゃんとまた公園でサッカーしていたら、カボチャのことなんかすっかり忘れていた。
家に着くと、うすぐらくなった畑に、張り紙がしてあった。
「立ち入り禁止」
「カボチャをきずつけないで下さい」
ユウキは、むねがつまったような気持ちになり、母ちゃんにあやまろうと家に入った。するとテストが終わったとかで姉ちゃんが早く帰っていて、二人でカボチャのコロッケを作っていた。
「ああ、ユウキお帰り、すぐ夕飯にするね」
母ちゃんのきげんのいい顔を見たら、何も言い出せなくなってしまった。ねえちゃんに何か言いたかったが、汗をにじませて一生けんめいコロッケをあげている。ひき肉のたっぷり入ったカボチャのコロッケは、甘くておいしくて五つも食べてしまった。
母ちゃんの想い
それから一週間ほどたったある日、 ユウキが家に帰ると、母ちゃんが一人で居間にすわって考え込んでいた。
ユウキを見ると、おどろいたように立ち上がった。
「ユウキ、ごめんね、この間お弁当持って行かなかったんだってね、ケンちゃんのお母さんに聞いたわ」
ケンちゃんのお母さんがスーパーに来て、立ち話をしたらしい。ケンちゃんがのりまきをあげようとしても、先生がおにぎりをわたそうとしても、受け取らなかったことを聞いて、おどろいたと話した。
「ごめんね、お母さんがもっと気をつけてあげなくちゃいけなかったのに……カボチャのことばかり気にしてて」
「もうカボチャなんか大キライだ。カボチャなんか作るのやめて。よろこんでもらう人なんて、だれもいないよ。ぼくの友だちにだって無理にあげて、はずかしいよ」
ユウキはいつも思ってたことを一気にしゃべった。しゃべり出すと止まらなかった。
「カボチャ、カボチャってカボチャばかり気にして、ばかみたい。ぼくのプリントは、一度も見せてなんて言わないくせに。だからお弁当も忘れちゃったんだ。母ちゃんのせいだ」
ユウキはいいすぎだと思いながら、やめることができなかった。
「ごめんねぇ」
母ちゃんはだまって下を向いていた。ユウキは母ちゃんが泣き出すんじゃないかと心配になった。
「ユウキ、あんたいいすぎだよ。プリントなんて自分で見るってあたりまえでしょ。いつまで甘ったれてるのよ」
姉ちゃんがどなった。となりの部屋で聞いていたらしい。今度はユウキがだまってしまう番だった。
そのとき母ちゃんが静かな声で話し始めた。
「あのカボチャはね、沖縄カボチャっていう名前で、亡くなった母さん、つまり、お前たちのおばあちゃんのかたみなんだよ。おばあちゃんの母さんは沖縄の人で、たまたま仕事に行ったおばあちゃんの父さんと知り合って、結婚することになったらしいの。こっちにお嫁に来るときに戦争で何もなくて、カボチャ一つを持って嫁いできたんだって。ホクホクはしないけど、煮るとべったりして、甘いカボチャがたくさんなる種類だったの。夏からなり始めて、晩秋の霜のふるころまでなりつづけるいいカボチャなんだよ。戦争がおわったあとの食りょうがないときは、しんせきや友だちや回りじゅうにどんどん分けて本当によろこばれたって。買い出しに来る知らない人たちに、カボチャをただであげたら、涙を流しておがんでいた人もたくさんいたと聞いたよ」
姉ちゃんが口をはさんだ。
「知ってるよ。食べ物がなくて着物と交換したり、大事な家財道具と交換したんでしょ」
母ちゃんはうなずくと、話を続けた。
「おばあちゃんは自分のかあさんが亡くなってからも、そのカボチャを毎年、毎年種を取って大事に育てていたんだよ。私は子供のころから、おばあちゃんの煮た、この沖縄カボチャを食べて大きくなったから、カボチャのない生活は考えられなかった。それでお嫁に来るとき、やっぱりカボチャの種を持ってきたんだよ。その種を毎年毎年大切に育ててきた。新しい種にしないと植えても育たなくなって、カボチャがならないからね。おばあちゃんが亡くなるときに、『かあさん、ずっとこのカボチャをかたみとして、大事に育てていくからね』って、心の中で約束したんだよ。そして、とぎれないようにずうっと頑張って毎年育てて来たけど、もう、時代がちがうもんね……。ユウキのいうように、もうカボチャはよろこばれないかもしれないね」
母ちゃんは、最後は小さな声でいった。
姉ちゃんは感心したようにいった。
「知らなかった。そんなに大事なカボチャだったのね」
聞いていた父ちゃんもいった。
「単に母さんはカボチャが好きなんだと思ってたよ。そんなにいわれのあるカボチャだったんだ」
ユウキは何かいいたかったけど、何て言っていいかわからなかった。でも元気なく考えこんでいる母ちゃんを見て、心の中で、あやまりたい気持ちがムクムクと大きくなってきた。
やっと声をしぼり出してこういった。
「母ちゃんごめん…。さっきはいいすぎだった…。そんなに大事なカボチャとは知らなかったんだ。それから、カボチャをけとばしたのはぼくなんだ。母ちゃんがカボチャばかり気にしてたから、ムカムカして。ごめんなさい」
頭を下げると、母ちゃんは少しわらった。
「ああ、ユウキだったんだね。初めはわからなかったけど、もしかしたらって、うすうす感じてた。このごろユウキ、元気がなかったもの」
「ほんとにごめん。プリントあるかって一度も聞いてくれないから、ムカついたけど、いけないのはぼくだったんだ」
「お母さんこそごめんね。カボチャが気になって、もっとユウキのことに気を配らなきゃいけなかったのにね、ほんとにごめんね」
母ちゃんはユウキの肩をだいてくれた。ユウキは母ちゃんのむねで、心がとけていくような安心感を味わっていた。
豚肉のシチューの夕飯に、カボチャの煮物が出た。うす味で、カボチャの自然の甘みがやさしくおいしく感じる。ずうっと前から、ばあちゃんのお母さんの時代から、このカボチャの味を引きついできたんだなあと思うと味わって食べた。
夕飯を食べたあと、姉ちゃんがそっとユウキに言った。
「お母さんとなかなおりしてよかったね。でも犯人はユウキって前からわかってたけど」
「えっ、ぼくってわかってたの」
ユウキがおどろいていうと、姉ちゃんはわらった。
「わかるって、決まってるでしょ。ユウキのくつにカボチャの汁がついてたから。父さんもわかってたと思うよ」
「えーっ、そうだったんだ」
ユウキは姉ちゃんに向かって、長いベロを出した。
カボチャのこと
その夜、ニュースで、明日の朝はこの秋一番の寒さで、大霜が来ると放送した。母ちゃんはあわてて古い毛布のきれはしや新聞紙を持って出て行った。ユウキも思わず後を追った。
暗い外に出ると、ひんやりした冷たい空気が体を包んで、思わず身ぶるいした。
そしたら、姉ちゃんも父ちゃんもみんなで出てきた。
「まあ、みんなに手伝ってもらうなんて、悪いわね」
母ちゃんがもうしわけなさそうに言った。
「しかたないわよ。『カボチャ命』の母親をもってるんだから、このくらいやらないと。カボチャ狂想曲ってわけね」
姉ちゃんがつっぱねたようにいうわりには、暗い中で一生けんめいカボチャを包んでいる。
「そうだな。夜になっても働かせてくれて。こんなにカボチャにふり回される家族もめずらしいわな。でも母さんの母さんの母さんの代から続いてるカボチャだからなあ」
父ちゃんもそういいながら、手際よく新聞や古布でカボチャを包んでいく。まだまだたくさんのカボチャがなっている。霜が来ると緑のカボチャはいっぺんに真っ黒になって、食べられなくなってしまう。ユウキも次々と小さいカボチャまで新聞紙につつんだ。
ユウキが踏みつけたカボチャはきれいになくなっていた。
母ちゃんに聞くと、「ああ、あのカボチャは片付けたのよ」
母ちゃんはやさしく答えた。
「いいとこだけゆでて、マッシュにしたわ。冷凍してあるから、またカボチャのクッキー作ってあげるね」
「うん、ありがとう」
ユウキはすなおに返事した。ホントは母ちゃんのカボチャのケーキもクッキーも大好きだって言いたかったが、だまって、カボチャに新聞紙をかぶせていた。
完
お読みいただきましてありがとうございました。
その他、いろいろな創作童話をご紹介しています。
よろしければ、他のお話も、ご覧ください!
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