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もらえなかった、チョコレート

このお話は、何か心に詰まったものがあるときに読んだ欲しい物語です。
過ぎ去ってしまうと何でもない事でも、その時 は大きな事だったというエピソードあると思うんです…!

「さあ、これで終わりにしましょう。おつかれさま」
「おそくまでごくろうさん」
 地区の育成会の役員のおばさん、おじさんたちが、声をかけてきた。
もうあたりはうす暗くなりかけている。

 6年生女子と、育成会の役員さんで、公園の花壇の秋の草花を片付けをすることが話し合いで決まった。
 秋の日曜日の午後、6年生女子のまみたち6人は、大人たちが刈った枯れたコスモスや百日草の花を、一生けんめいしばって束にした。
みんなで公園のすみに運ぶと、束は小山のようになった。
役員さん達が、明日ゴミ集積場に運んでくれるそうだ。
ついでにまだ緑色をしている草も取ってきれいにしたので、おそくなった。

「これで来年の春、またきれいな花を咲かせてくれるね。
では、解散しましょう」

「はい、おつかれさん」

役員のおばさん、おじさんのことばで、みんなが帰る用意をし始めた。
まみも帰ろうとしていたときだった。
近くにいた里奈ちゃんが、つぶやくのが聞こえた。

「あ、いけない。チョコわたすの、わすれていた」

まみはそれを聞いて、心がおどった。 
先月六年生の女子で、公園の花壇の片付けについて話し合った後、
里奈ちゃんはみんなにチョコをくれたのだ。
お母さんがチョコレート工場の横にあるお店につとめているので、
安く買えると聞いた。
そのチョコは大きくはないけど、中にキャラメルが入っていて、
口の中でとろりととけて、とてもおいしかった。
家に帰って一年生の妹のゆりと二人で分けたけど、もっと食べたかった。
(もしかしたら、またあのチョコをまたもらえるのかな)

近くにいたサオリちゃんがいうのが、聞こえた。
「ええっ、いいの? ありがとう」

その向こうにいたシズカちゃんの声がした。
「あ、ありがとう」
(あ、二人はもらったんだな。次は私の番かな)

まみは思ったけれど、里奈ちゃんはこっちに来ない。
しばらくして里奈ちゃんの明るい声がした。

「じゃあね。さようなら」 

(えっ、私まだもらってないけど)
まみは思わず、大きい声を出していた。

「里奈ちゃん」

白いトレーナーの里奈ちゃんがふり返ったのが、うす暗い中に見えた。
とたんに、チョコをもらってないと言うのが、はずかしくなった。

「今日はつかれたね。またね」
「うん、またね」
里奈ちゃんは手をふって帰って行った。
まみは家が同じ方向の千花ちゃんと歩きながら、
チョコをもらったのか聞きたかった。
でも自分がよくばりに思えて、聞けなかった。

「まみちゃん、つかれた?」
ふだんより口数が少ないまみを心配して、千花ちゃんが聞いた。
まみはあわてて答えた。

「だいじょうぶ、でもよく働いたね」
「ホントだね。私たちはまじめに働いたもん。
野球場の整備の男子は、しっかりやったのかなあ」
千花ちゃんが笑いながらいうと、もう家の前に来ていた。 
そこで手をふって別れた。

その日の夕版は、まみの好きな、いなり寿司だった。
お母さんがよく作る野菜たっぷりのトン汁もあった。
ゆりがとくいげに言った。
「お姉ちゃんが好きだから、あたしは一生けんめいごはんをつめて、手伝ったんだよ」

お母さんも笑顔でうなずいている。
お父さんも満足そうに食べている。
まみがあわてて言った。
「うん、ありがとね。おいしいよ」

本当に油あげにしっかり味がしみていて、おいしかった。 
何も知らないゆりは、ニコニコした。
でもまみの気持ちはどうして私だけチョコをもらえなかったんだろうと思うと、複雑だった。

その夜まみは、フトンの中で夕方のことを思い返していた。
受け取ったとわかるのは、
サオリちゃんとシズカちゃんで、後の人はわからない。
千花ちゃんにも、
欲深い人だと思われたくないから、聞けなかった。

里奈ちゃんに思わず声をかけてしまったとき、
どうして「私まだもらってないんだけど、私の分もあるの」って聞けなかったんだろう。

でもやっぱり、ずうずうしいみたいで聞けなかった。
里奈ちゃんは私だけわすれたのか、でも数は数えて持ってきているはず。私だけきらいなのか、でも声をかけると明るく返事してくれたから、そうではないかも・・・
いろいろ考えているうちに、もう考えても仕方がないと思えてきた。
それから寝たらしく、いつのまにか朝になっていた。

それからずっと、心のかたすみに、もらえなかったチョコのことがあった。でもやっぱり、だれにも言えなかった。

同じクラスの千花ちゃんには、
あの時チョコをもらったのか、聞いてみようかなと思った時もあったけど、一つのチョコにこだわっていることを、
ケチでずうずうしいと思われるのもいやだった。

今はコロナの流行がやっと落ち着いてきたので、
育成会で毎年やっていた焼き芋大会をどうするか話し合われることになり、育成会の役員さんと六年生も集まることになった。
それが二週間後に決まった。
まみはそのときに里奈ちゃんに、聞いてみようと思った。
でもそのすぐ後に、やっぱり言えない、という気持ちがわき上がってくる。

ああもうやだ、こんなことずっと考えているなんて、
お母さんに言えば同じチョコを買ってもらえるかもしれないのに。
でも、それでこのもやもやした気持ちが、解決できるわけではないのだ。

「まみ、何かあったの。このごろ元気ないみたいだけど」
ある日、夕飯の後、お母さんに聞かれた。
思わず言ってしまおうかと思ったけど、
毎日、スーパーにパートで毎日つとめていて、
休みの日も時々だれかの代わりに頼まれたと仕事に行き、
帰ってくればすぐ食事の支度で忙しい。
のんびりやの、ゆりにも手がかかる。
暇なときがなさそうで、言いにくかった。
「ううん、何もないよ」
 答えたけれど、心の奥に重い物が置いてあるような気がしていた。

しばらくたったある日。
近くに住んでいるおばあちゃんの誕生日に、
栗おこわを届けるようにお母さんに頼まれた。
初孫のまみをとてもかわいがってくれたので、
小さい頃はしょっちゅう行って、遊んでもらったり、畑を手伝ったりした。だから、一人でも行くのが楽しみだった。

「おやき、にはかなわないけど、おこわなら、対等かな。フフフ。
まみ、おばあちゃんによろしく言ってね」
お母さんも行くつもりだったけど、急にゆりがお腹の調子が悪くなり、
昨日から下痢が続き、小児科に連れて行くことになってしまったのだ。
自転車で15分の、となりの街に住むおばあちゃんは、
お母さんのお母さんだ。
おじいちゃんと畑を耕しながら、静かに暮らしている。
まみやゆりや行くと、いつも大喜びで迎えてくれる。

まみが行くと聞いていて、
おばあちゃんはあんこや野菜のおやきを沢山作って待っていてくれた。

「まみちゃん、よく一人で来たねえ」
「よく来たなあ、待ってたよ」
 おじいちゃんも、
まみが来たので楽しそうに、一緒にお茶を飲んでおしゃべりした。

「おばあちゃん、お誕生日おめでとう」
 まみのことばに、おばあちゃんはわらった。
「もう、七十歳の大台に乗ってしまったね。
うれしいより、もう本当に高齢者なんだと、
がっかりする気持ちの方が多いねえ…」
「そっか、でも、いっぱい経験があっていいね」
「へえ、そうかねえ。経験ばかりつんでも、
時代がどんどん進んで、もう新しい物にはついて行けないよ」 

おやきやおでんをお腹いっぱい食べて、
おじいちゃんは畑に野菜取りに行った。
まみはおばあちゃんと後片付けをしながら、
ふと、もらえなかったチョコを思い出した。

「ねえ、おばあちゃんは、友だちとかから、
何かもらえなかったという経験はある?」
 おばあちゃんは、しばらく考えて、こんな話をしてくれた。

ずっと前のこと、おばあちゃんがまだまみちゃんくらいの頃、
こんなことがあって、まだ忘れられないよ。

ーー
小学校の同じクラスに、美咲ちゃんというお金持ちの一人娘がいた。
美咲ちゃんは、そのころ流行っていた「少女クラブ」や「マーガレット」という少女雑誌を毎月買ってもらって、
ふろくをよく友だちにあげていたらしい。

私はまだ一度ももらったことがなかった。
ある日グループになって授業していて、休み時間になったとき、同じグループで向かいの席にいた美咲ちゃんが、何か落とした。私の机の下の方に落ちてきたので、拾ってあげると、雑誌のふろくの、だっこちゃんのネックレスだった。そのころ、だっこちゃんという,何かにくっつく人形が流行っていたんだよ。

そしたら美咲ちゃんは、サラッと言った。
「それあげるよ」
「えっ、いいの。ありがとう」
私は少女雑誌なんて、めったに買ってもらえなかったので、
とてもうれしかった。
妹が虫垂炎で入院したとき買ってもらった雑誌を、
何度も読み返していたから…

うれしさでいっぱいになりながら、ランドセルに入れた。
二歳下の妹にあげようかな、きっと喜ぶだろうな。
いや、やっぱり自分で首にかけてみようか、なんて考えて、早く授業が終わって,家に帰りたいなと思っていた。

ところが、さて帰ろうとしたときだった。
「あの、悪いけど、さっきあげたのを返してくれる?」
「えっ、でも、くれるって言ったよね」
「あのさ、和子ちゃんのチョコと交換することにしたから」
和子ちゃんのおじさんは、都会に行っていて、
時々珍しいお土産を持って帰ってくる。
昨日ちょうどおじさんが帰ってきて、中にクリームの入ったチョコレートを持って来てくれたので、家に帰ってそれと交換することになったらしい。
私はくやしかったけれど、交換するものなんてないので、
だまって返すしかなかった。
家に帰って、何も知らない妹が、お母さんの手作りの人形で遊ぶのを見て、だっこちゃんのネックレスをどんなに喜んだだろうと思うとくやしくて、さびしかった。

その思いを、心の奥にずうっと持ち続けていた。
いつもは忘れていても、何かの折にフッと思い出すことがあった。
そして、大人になってから、同吸会で和子ちゃんに会った。
美咲ちゃんは遠くにお嫁に行ったと聞いて、同級会に来なかったし、
それきり会うこともなかった。

和子ちゃんに、思い切って、だっこちゃんのネックレスのことを言うと、
すっかり忘れていた。
「美咲ちゃんは、いろいろなふろくを持って来て、交換したから、よく覚えていない。ごめんね、そんなことがあったんだね。悪かったね」
と言ってくれた。
そのとき私はこう言った。
「あのころ、家は貧乏だった。
少女雑誌もめったに買ってもらえなかったから、ふろくがほしかった」
するとお金持ちだと思っていた和子ちゃんが言った。
「私もずっと、うちは貧乏だと思っていたよ」 
「‥‥ へえ、そうだったの。うちだけ貧乏だと思っていた」
和子ちゃんと顔を見合わせて笑ってしまった。

なんだか、人の家はお金持ちに見えたけど、
そうでもなかったのかなと気持ちが軽くなった。
そのころは村の中じゅう、農家ばかりで、にたりよったりの生活だったのかもしれない。学校で何か買うときや、欲しい物は、お父さんに言うとお金がもらえたから、生活に困っているわけでも、そんなに貧しいわけではなかったのかな。
そんなことを和子ちゃんと話しているうちに、心が通じて、
今も行ったり来たりする仲のいい友だちになったよ。
ーーー

「ふーん、そんなことがあったんだね」
おばあちゃんの話を聞いて、思い切って和子ちゃんと話してみたことが、心が通うきっかけになったんだと思った。

まみは、おばあちゃんがとても身近に感じたので、この間の出来ごと、
里奈ちゃんからもらえなかったチョコの話を打ち明けた。
おばあちゃんはだまって聞いていた。

「そんなことがあったんだね。私の場合は確かにもらえなくて、くやしい思いをしたけど、まみちゃんの場合は、うっかりわすれていたのか、都合だから、いっぺんに全員にあげられないのか、まだわからないね」
(そういえば、そうかもしれない) 

まみはうなずいた。
「それに、『私まだもらってない』と言えなかったのは、
まみちゃんのやさしい性格でもあるから、いいところでもあるんだよ。
だから、くやまなくてもいいんじゃない。
まみちゃんのそういうところが、おばあちゃんは大好きだよ」

おばあちゃんはまみの肩をだいてくれた。
まみはうれしくて心がホッとして、元気が出た。
そして、この次の会の時に、聞いてみようと思い始めた。

「そうだね。だまって悩んでいるよりも、聞いた方がいいかもしれないね。聞いたことで、仲が悪くなるような友だちでもないでしょ」
まみはうなずいた。
おばあちゃんは笑いながら言った。
「でも、そのチョコ、さがして買ってあげようか。悩んでるより早いよ」

まみは首を横にふった。
やっぱり、自分で聞いてすっきりした方がいい。

「おばあちゃん、思い切って聞いてみる。また来るから話を聞いてね」
「もちろんだよ。待ってるね」
そこにおじいちゃんが帰って来て、
大根や白菜をどっさりくれたので、自転車にのるだけもらってきた。
家に帰ると、お医者さんの薬が効いたのか、ゆりも少し元気になり、
おばあちゃんのおやきを喜んで食べた。

それから一週間ほどたった日曜日、
育成会の役員さんと6年生たちの話し合いが開かれた。
コロナで焼き芋大会は中止になったが、焼き芋にして、
子供たちに配ることになった。
会が終わったとき、まみはすぐ立ち上がって、里奈ちゃんの所に行った。
勇気を出して、こう聞いた。

「この間、終わった後、チョコをあげたのを見たんだけど、
あれはどういう人にあげたの」
里奈ちゃんはおどろいた顔をした。
「ええっ、チョコをあげたのは、前の話し合いの時だよ」
「でも、サオリちゃんとかにあげたよね」
まみは勇気をふりしぼって言った。
すると里奈ちゃんは、ああ、となっとくした顔をした。

「その前の会の時、サオリちゃんとシズカちゃんが休んだから、
二人にだけあげたんだよ」

「ああ、そうだったんだ。わかったわ。ずうずうしく聞いてごめんね。
前にもらったチョコが、とてもおいしかったから、つい聞いちゃった。
ありがとう」

すると里奈ちゃんは、ニコニコして答えた。
「ありがと。お母さんに言っておくね。また持ってくるね」

まみは拍子抜けしたように、
そうだったんだ、二人は休んだんだと思い返していた。
この二週間、ずうっと考えていた心の中の重い物が、消えてなくなった。
そして勇気を出した自分も、ほめたい気持ちになった。
(よかった。勇気を出して聞いてみて。
そうじゃないとずうっと、この重苦しい気持ちが続くことになってしまう)
千花ちゃんと帰りながら、体中が軽くなった気がした。

次の日曜日、ゆりと一緒に、おばあちゃんの家に行った。
ゆりも子供用の自転車に乗れるようになったので、楽しそうについてきた。
おばあちゃんと一緒に、ちらしずしを作ってみんなで食べた。
おばあちゃんちで取れたサツマイモをふかして、まず食べた。
ねっとりとしたサツマイモは甘くておいしかった。
「これはな『紅はるか』といって、甘い芋なんだよ。
今年は初めて植えてみたよ」
と、おじいちゃんが教えてくれた。

「ホントに甘くておいしい」
ゆりがいうと、おじいちゃんは満足そうにうなずいた。
食べた残りの芋は、おばあちゃんがうすく切って、
ゆりとまみがあみに干して、干し芋にした。

「干し芋ができたら、知らせるから、とりにおいで」
おばあちゃんのことばに、ゆりは大声で返事した。

「ワーイ、待ってるね。楽しみだー」
まみが、おばあちゃんに里奈ちゃんの話をすると、顔をほころばせた。

「そうかい、勇気を出して確かめてよかったね。すっきりしたね。
ずっともやもやしてたんだものね。でも悩んだことはむだじゃないよ。
いい経験になっていていつか役に立つよ」

まみの手をにぎったおばあちゃんの手は、
シワがよっていたけどあたたかかった。

「うん、そうだね。ありがと、おばあちゃん」

まみは今日の真っ青な空のように、
気持ちが晴れ晴れしているのを感じていた。


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