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そぼ降る雨が少女の体を容赦なく濡らしていた。 北燕山(ほくえんさん)の奥深く、 人も通わぬ 獣道で、少女は泥にまみれ 着物をひきずるようにして歩いていた。 杉木立が生い茂り、遠く近く 獣の鳴く声が響いてくる。 少女は足を止めず、ひたすら歩く。 よく見ると着物は ところどころ破け 長い髪も雨に濡れて 顔にべたりとはりつき そして その顔を見た者は 誰もが生気のなさに驚くだろう。 雷鳴がとどろいても 少女は足を止めない。 少女の視線が稲光をとらえた。 「
「晃二のおねえさん?わ~!きれいな人!」 柚季は はしゃぐように言うと 急にあらたまって 「晃二と同じクラスの宮野柚季(みやの ゆき)です。 今日は晃二にお誘い受けちゃって、来ちゃいました。」 と照れくさそうに言った。 お誘い受けたってなんだよ。 誘った覚えないぞ。 それに 呼び捨てかよ。 いつ そうゆう仲になったよ。 しかもカオル、なんで今 出てくるわけ、 女装のままで・・・。 晃二が頭をおさえながら首を振っていると いつのまにかカオルが柚季を家に招
入学式・・・なんのことだろう。 「たまたま となりになってさ、 ちょっと 話したじゃない。」 「となり、金髪の子じゃなかったぞ。」 うん、と柚季がうなずいた。 あれ・・・もしかして、染める前なのか。 「その時、晃二となんとなく話がはずんでさ、 晃二『今度遊びに来れば?』って言ったじゃない。」 そういえば、そんなことあったかも・・・。 「それから自己紹介の時、中学が一緒の子が少ないから 早く名前で呼び合える友達がほしいって、言ってたよね。」 たぶん・・・言
あれから ひと月あまり。 「き・・・金髪ちゃん、学校はどうしたの?」 カオルが泡食いながら言うと 「いつものさぼりで~~す。」 と 柚季がおどけた。 そしてカオルの腕を組むと 「やったー!運命の女神がほほえんでくれたぁ~!」 と カオルに向かってニッコリ笑った。 「今日ね、なんとなく学校行きたくなくってさ、 あんまりこのへんで買い物しないんだけど なんか来てみたくなっちゃって。 もう、最高!」 カオルは柚季と顔を合わせないように斜めをむきながら、 ど
カオルは ぼんやりと柚季の様子を見ていた。 行きがかりとはいえ、約束は約束だ。 そう思ってここまで来たけれど、 約束を果たす自信がない。 かと言って いまさら逃げ出すわけにもいくまい。 「あのさ、本当に俺でいいの?後悔しない?」 カオルが確かめるように言うと、柚季は洗面所の方から 「なあに」と顔を出した。 カオルはもう一度 同じことを聞いた。 「だからね、金髪ちゃんは、本当に俺でいいの?」 ひとしきり部屋をながめていた柚季は、 もどりしなに うなずきなが
「なんだよ、お兄さんて。」 「晃二が言ってたの。 カオルさんは親戚だから、お兄さんみたいなものだって。 だからカオルさん、私みたいな不良娘と、 晃二がどんな付き合いしてるのか 気になるんでしょう?」 お兄さん・・・か。 あぁ、というようにカオルは うなずいた。 柚季は口をとがらせて、プイと横を向いた。 「なあんだ、やっぱりそうか。 私と晃二のこと、ちょっぴり ヤキモチ焼いてくれたら・・・ なんて 期待しちゃった。」 柚季は カオルに向き直った。 「大丈
「カオルさん。」 柚季に声をかけられて我に帰った。 「カオルさん、もしかしてホテルに来たの 初めてじゃないよね?」 「な・・・何行ってるんだ。んなわけないだろう。」 「だよね、そんなわけないよね。 まさかカオルさんが、そんなこと、 あるわけないよね。あ~よかった!」 柚季に言われて、カオルは咳払いした。 「馬鹿なこと言うなよ。 そ・・・それより、その・・・。」 カオル焦りながら、最初の質問を思い出した。 「何度も言うようだけど、大切なことだから。 そ
柚季はシャワー室をでて、 カオルの待つベッドへと向かった。 期待で気持は昂揚し、胸がはちきれそうだった。 部屋には誰もいなかった。 ベッドに座っていたはずのカオルは消えていた。 柚季は最初 何が起こったのかわからず 立ちすくんでいたが、やがて事態を理解すると その場に座り込んだ。 ショックで涙が頬をつたった。 カオルは柚季を傷つけることより ひきょう者になることを選んだのだ。 柚季はそれから十日間 学校を休んだ。 やっと 出てきた日も、晃二をまともに見
「カオル、ホテルから逃げたんだって?」 いつものようにノックもせずに部屋に入ってきたカオルに 晃二は開口一番 こう言った。 「柚季のやつ、あの時 十日くらい学校休んだんだ。 それから たまに学校来ても、無視されっぱなしでさ。 やっと今日、学校さぼろうとしてる時、 校門でつかまえて、無理やり聞いた。」 晃二は机に向い、カオルに対して後ろ向きのまま 話を続けた。 「なんで約束やぶったんだよ。柚季、本気だったんだぞ。 カオルとのことがあったから、もう俺とも話した
「はじめから この約束はフェイクだった。 金髪ちゃんを抱く気なんて まるきりなかったんだ。」 「だったら どうして?」 「あの時、言っただろう。 晃二、困ってるみたいだから 金髪ちゃんが この家に近づかないように、約束したって。」 「俺のせいなのか? 俺のせいだって言うのか、カオル。」 カオルが頭を抱えながら、声を震わせて言った。 「最初からわかってたんだ。 あの日、金髪ちゃんと晃二を見た時から、 必ず二人が付き合うようになるって・・・!」 「カオル、
カオルとユキは、小さなホテルに入った。 高校を卒業したとはいえ、 後ろめたさがあった。 はじめて入るホテルの部屋。 家族と旅行する時に泊ったホテルとは、 だいぶ印象が違う。 カオルもユキも無口になり、 お互いの心臓の音だけが聞こえてくるようだった。 カオルの話が急に途切れた。 晃二は沈黙の中で身じろぎもせず、 カオルの次の言葉を待った。 「俺、ダメだったんだよ! ユキを抱けなかったんだ。」 カオルが振り絞るように言った。 それはもう、絶叫に近いもの
その時 通りかかったのが杉原雄三、 晃二の父だった。 すぐに警察と救急車が来て、 あたりは騒然として大騒ぎになった。 カオルも事情聴取を受けるため、 警察に連れられていった。 「あの時、杉原さんがとても気づかってくれて 俺は関係ないって証言してくれて。」 カオルは18歳だった。 本来なら親が引き取りに来る年齢だった。 しかし、カオルは頑として家のことは言わなかった。 杉原は心配して翌日も警察に赴き、 カオルの様子を聞くと、身元引受人になってくれた。
「バイセクシャル、男も女も愛せるんだ。 杉原さんはノーマルだから、 俺とは愛し合えない。 俺はユキも金髪ちゃんもダメだった。 でも、晃二は。」 そこまで言って、カオルは ためらった。 「・・・晃二には悪いことしたと思ってる。 杉原さんを落とせなくてイラついてた。 晃二があんまり杉原さんに似てるから。」 「俺はおやじの代わりだったのか?」 晃二は思わず声をあげた。 「いや、それは・・・。」 カオルは少し言葉を切った。 「でも、金髪ちゃんを見た時、自分で
「な・・・何も出て行かなくたって。」 晃二は焦って立ち上がった。 「お・・・俺、もう怒ってないよ。 柚季のことは 柚季を傷つけないように したことだろう。 俺のことは・・・、もう気にしてないよ。 カオルの気持ちは、前から気づいていたしね。」 カオルは少し笑った。 「こんな俺でも、止めてくれるのか。」 「こんな俺って何だよ。 カオルが男しか愛せないのはカオルのせいじゃないだろ。 俺は・・・俺はカオルが好きだよ。 カオルがおやじのことが好きでも、俺は。」