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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~ 明治維新編

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~ の明治維新編をまとめます。
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2022年4月の記事一覧

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#64

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#64

13 貨幣の重み(5)
 聞多が向かったのは品川の宿ではなく、大村益次郎の屋敷だった。
「夜分恐れ入ります。木戸さんから先生のご意見をお聞きするように命じられました。長崎を長く留守にするわけにも行かず、時間が惜しいのでご迷惑とは存じますが罷り越しました」
「まぁいいでしょう。お上がりなさい」
「木戸さんから長州での財務・兵制の改革の指揮監督をするように命じられました。実際は私は大阪におり、実務は山

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#65

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#65

13 貨幣の重み(6)
 中央では民部省大蔵省の合併による財政と地方行政・通信交通政策の一元化も進められている。民部大蔵が合併すると、聞多も民部大蔵大丞兼大阪府大参事心得となり、造幣頭から異動したものの、大阪勤務は変わらず造幣寮への監督は続けていくことになった。造幣頭には井上勝(元の野村弥吉)が就任した。
 何をするにも金はかかるのに、手元にはない状況は相変わらずで、結果税金の取り立ては厳しさを増

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#66

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#66

14 脱隊騒動(1)

 聞多が大村益次郎の策を受けて、杉と山田顕義とやってきた山口での兵制改革だった。5000人を超える奇兵隊と諸隊を解隊して、朝廷のため中央に送る部隊を2000人選抜することが、まずやるべきことであった。その選抜の過程で、不満を持った兵たちが山口の本隊を抜けて、三田尻に集まり2000人にもなった。その兵たちが宮市に進み、常備軍と対峙する事態になっていた。藩庁は説得に努めていたが

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#67

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#67

14 脱隊騒動(2)

 事態は動いていた。山口の藩政府が状態が改善しないことに不安を感じ、藩知事の居館を警備させるため萩から干城隊を動かそうとした。
 それに反発して脱隊兵たちは藩知事を警護するといって、山口の藩知事居館を包囲する行動に移していた。しかも、救援に向かった干城隊を打ち破った。木戸は小郡に逃れて、野村靖や三好たちと対策を話し合っていた。
 東京についた聞多は、兵部省に赴き事態の説明を

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#68

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#68

14 脱隊騒動(3)

 その頃下関にいた木戸は、常備軍、第四大隊、兵学寮からの兵を集結させて、脱退兵の討伐のため小郡を襲撃するところから始めた。しかし相手は戦の場数を踏んでいる者たちで、反撃を受け三田尻まで後退せざるを得なかった。
 態勢を立て直していた木戸に対して、西郷隆盛が視察に訪れていた。そもそも強硬手段に出てほしくないと考えていた節があると、木戸は見ていた。しかしもう戦が始まっていたため

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#69

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#69

14 脱隊騒動(4)

 やっと湯田の井上の屋敷に入ると、母上が待っていた。
「只今戻りました」
「母上、起きていて大丈夫なのですか」
「この家を取り仕切るものがいなくては、と戻ってきたのですから。やるべきことがあるというのはありがたいこと」
「母上がそうおっしゃるのなら、僕は何も申しませぬ。その赤子は」
「光遠の忘れ形見じゃ。勇吉と名付けた」
「兄上のお子ですと。それにしても勇吉とは僕の幼名では

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#70

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#70

15 運命のひと(1) 博文の帰京に合わせて、聞多は本当に勝と鳥尾小弥太を連れて行った。しかし、間に合わずに大蔵省と民部省は分離されることになった。大隈は大蔵大輔、伊藤博文は大蔵少輔、聞多は大蔵大丞兼造幣頭と民部省から外れた。民部省には広沢や大木が任についていた。
 そのことを語り合うため、聞多は俊輔とともに大隈の屋敷にいた。
「大久保さんにいいようにやられたんかな」
「大隈さんもこれでいいとは思

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#71

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#71

15 運命のひと(2)

 ただ出仕しなくてよいという日は気が楽だ。それなのに、外が騒がしくなって、気になってしまった。外に出ると、表の門に人が集まっていた。
「どうかしたのか」
「えっ井上さんまだおいでだったのですか」
「なんじゃ」
聞多が前に出ようとすると袖を引っ張るものがいた。
「怪しい浪士が大隈さんに会わせろと言っているのです。前に出ないでください」
書生に止められたが、聞多は思わず声を張

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#72

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#72

15 運命のひと(3)

 聞多は気晴らしにと浅草の方に向かった。芝居を見ればなにか変わるかもしれないと思った。しかし、どの小屋にも足が向かなかった。もう帰ろうと思い船乗り場についた時、声をかけられた。
「井上様」
「えっ、武さんじゃ」
「お帰りですか。偶然ですね」
笑いかけられて、聞多は思わず目をそらした。昨夜うなされた姿を見られているのも、少しやりきれなかった。
「あぁそうじゃ。なんとなく回り

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#73

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#73

15 運命のひと(4)

 朝になっても熱が引かず頭は割れるように痛かった。いつになっても起きてこない聞多を心配して、昼頃武子が粥や握り飯を持って様子を見に来た。
「武子です。お食事をお持ちしました」
上がってくる足跡が聞こえた。慌てて枕元の書類をまとめて布団の下に入れた。声を聞いて少し熱も上がった気がした。
「失礼します」
 その声と同時に襖が開いて、武子が入ってきた。聞多は思わず寝返りをうって

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#74

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#74

15 運命のひと(5)

 聞多が東京にいるうちにまとめてしまおうということになり、婚礼の支度が至急行われた。近くにいる友人知人の出席のもと、聞多と武子が夫婦になったことを、知らしめるくらいでというものだった。
 大隈の屋敷の広間に皆が集まり、いざ婚礼を始めようとした時、意外な人物がやってきた。これまで、薩摩に帰ったまま、連絡すらなかった中井弘が現れたのだ。
「大隈さん久しぶりじゃ。今日はなにかあ

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#75

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#75

16廃藩置県(1) 内々には決まっていた聞多の大蔵少輔への就任だったが、思わぬところから拒絶されるところだった。大久保利通が、聞多が造幣寮の仕事を嫌になったので、転任を希望したと思っていたらしい。そんな誤解も解けて、博文の米国渡航に合わせて聞多は上京することになった。武子も一時的に大阪に呼び、山口の母を迎えに行くことにした。
「武さん、これも新婚旅行っちゅうものかの」
「初めて二人きりということ

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#76

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#76

16廃藩置県(2)  また朝廷に兵を差し出す件もあり、木戸は毛利敬親の上京を促すため、また山口に戻っていた。敬親は上京することを決めていたが、病に倒れ動くことができなくなってしまった。そのため敬親に代わり藩知事元徳が東京に向かうことになった。
 こういった状況を木戸は馨と山縣有朋、三浦梧楼に文を送り伝えた。そうしている間にも敬親の病状は悪化し、3月28日薨去された。
「なんでこんな状態になるまで、

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