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旅で、文庫本をメモにする

 旅行にはいつも文庫本を持っていく。
 1週間程度の旅行なら5冊もあればいいかなと思う。小さな文庫でも何冊にもなると重いから、長旅でも持っていくのは最大10冊までだ。
 電子書籍なら無限に持ち運べるのだろうが、旅先で電子書籍を読む気分にならない。

 持っていく文庫本は、すべて未読本でそろえるのではなく、もう何度も読んでいる気に入った本を必ず紛れ込ませておく。何度読んでも好きな本。だって全部ハズレだったら嫌だから。セーフティネットでもある。

 旅に持ち歩くとカバーが破けたりするので、もう最初からボロボロの文庫がいい。そういう意味では、好きすぎて2冊以上持っている文庫本がちょうどいい。そして最初からカバーなんて捨てていくのだ。

 大きな荷物を宿に置いて、散歩に出るときも、この文庫本だけは持っていく。ポケットに突っ込んでも、手に持っていてもいい。どうせボロボロなのだし、自宅に帰ればきれいなのがある。

 で、何をするかというと、もちろん読むのだが、何かに並んでいるときや、何かを待っているときなど、ちょっとした時間にページを開く。
 もう内容はわかっているから、最初から読む必要はなく、適当なところを開いて読みたい分だけ読む。せいぜい5~6行。よくて2ページ程度だろうか。

 好きな本だから、それだけで十分満足なんだけども、私はさらにその文庫をメモがわりに使う。日記のような、備忘録のような、なんといっていいかわからないけど、思いついたことなどを、空いたページに書きつける。

 マルジナリアというらしい。

 そんな書き込みのある古書を集めている人もいるらしいが、残念ながら売るつもりはない。
 それは旅の間にひらめいた自分の思考の断片であり、その本を読んでいたからこそ生まれたものかもしれないし、全然関係なく旅の様相を書いただけかもしれないけれど、とにかくその旅の何かがそこに転写される。

 私は、台湾旅行に内田百けんの『出船の記』(福武文庫)を持っていった。写真はその文庫本に書いた私のメモである。
 買ったモノの値段とか、旅行記のアイデアとか、思いついたフレーズとかなんでも書いてある。
 結局役に立ったのかどうかは忘れたが、気がつけば私の脳内に、

 『出船の記』の文庫本=台湾旅行

 という1対1対応の回路ができて、その旅を象徴する1冊になった。
 そうしていくつかの、あのときの旅はこの文庫本という、ボロボロのラインナップができあがっていく。

 今も自宅の本棚に並ぶボロボロの本からは、旅の匂いがする。
 電子書籍でそんなことができるのかどうかわからないが、私はやはりこれは紙の文庫本ならではの味わいと思っている。



※以上の文章は、『アジア沈殿旅日記』に書いた「ボロボロの文庫本を一冊、旅の荷物に紛れ込ませること」をベースに簡素にリライトしたものです。



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