18年間毎日続いた命がまもなく終わろうとしている時に考えること。
過去・現在・未来。
いつが大切なのか、それは意見の分かれるところだろう。
こうして、部下の子ども(一歳)がヨタヨタと走り回っている姿を見ながらnoteを書いている今も、
この広い世界の、多くの居酒屋で責任を半分脱ぎ捨てた大人たちが語り合っていることだろう。
なぜ久々にnoteを書こうと思い立ったのか。
それは多分、未来の自分・・・というよりも、未来の誰かに向けるためだからかもしれない。
前置きはここまでにして、
このnoteで一番伝えたいことは、
「死を目の前にして残された人は何を思うのか」
ということである。
これをお読みの方々は、これまでどれほどの「死」に出会ってきたのだろうか。
特に40歳以下の若年者・若者は、何人の大切な人の死に出会ってきたんだろうか。
18年間一緒に暮らしてきた祖母がまもなく亡くなる。
これが、今の自分の目の前にある事実である。
この事実を知ってから、約2週間。
正直言って、少しだけワクワクしている。
その訳は、これから書く内容を、書けるからである。
自分の想いに向き合っていることに、無礼さや薄情さは皆無だと信じたい。
*
<事実を知ってから2週間以内>
18年間毎日一緒にいるということ。
18年間毎日一緒に暮らす人は、意外といるようでいない気もする。
核家族化が進んでいる現代では、
・自分の両親
・夫婦
くらいなものだろう。
兄弟姉妹ですら、年齢が離れていたり下宿したりしていれば18年に達しないことも多くあるはずだ。
かくいう僕も、両親祖父母だけである。18歳で実家を離れ、大学生時代は下宿で過ごしたことにより、3つ下の妹とは15年間一緒にくらいしたことになる。
考えてみれば、18年間毎日一緒に暮らすということは、それだけでかなりの難易度があると言える。
幼少期、特に母親がパートに出始めた小学生時代から精神が落ち着いてくる高校生くらいまでの期間は、祖母とよく喧嘩をしたものである。
近所でも有名なくらい、我々は毎日のように怒鳴り合っては追いかけ回って逃げ回っていた。
きっかけが何かも覚えていないし、その姿はいささか祖母と孫というよりも、歳の近い兄弟や幼馴染のように映っていたのかもしれない。
随分と酷い言葉を浴びせたものである。
高齢者介護の仕事をしていると、高齢者の基本理念のように教えられる事柄がいくつかある。
その一つに、
子どもはいつまで経っても心配、孫はいつまで経っても可愛い、ひ孫からは他人。
65歳の娘さんを心配する92歳のおばあちゃんに出会うことは頻繁にあるし、45歳の孫を目の中に入れようとする97歳のおじいちゃんにも頻繁に会う。
要は、孫は無条件に可愛いということだ。
しかしながら、祖母に関してはここに当てはまらないだろう笑
SNSに書けないようなパワーワードを、両親や兄弟に浴びせたことはないだろうか?
僕の場合は、そのほとんどは祖母に向いていた。
酷い話である。
どのくらい酷いかというと、酷いことをしたなあとは微塵も思っていないくらい酷いものである。
22歳の誓いを思い出してみた。
22歳で大学卒業と同時に、実家へは帰らず上京した。
つまり、「当面実家には帰らない」ことが事実上確定したのである。
さらに、僕の場合は少し違い、
半永久的に実家へ帰ることを辞退した。
家族や友人にも明確に話したことを覚えている。
祖父母、両親の死に目には会えない。
今思い返してみれば、
大した能力も実績もない、自信だけ小脇に携えた自分が、
一人前になるために頑張るんだ!という誓いの形が、これ以外に見つけられなかったのかもしれない。
ただ、この誓いは未だ継続しており、そのつもりで毎日を暮らしているし、
今回の話はもちろん、
過去何名かの大切な人の死に目や危篤の知らせは東京で聞いたし、急ぎ帰省したこともない。
ワクワクの正体。
では、今、現時点で、なぜワクワクしているのか。
誤解のないように、まず書きたいと思う。
それは、
こんなところである。
今の自分の感覚を、引き続き、余すところなく伝えていきたい。
<事実を知って3週間後〜1ヶ月>
※随時書き足します。
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