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遠い記憶 二十二話

何か、大きく動いた様に感じた。
人間の、小さな小細工、事では、無い。
もっと、大きな存在に動かされている様に、感じた。

母は、父の落とした、お金で一山外れた所に、借家を借りた。
もう、年末だった。
母の仕事中、私と、弟、母の知人のご主人の手を借り。
夜逃げならぬ、昼逃げだ。
父の居ない、数時間を狙って、ご主人の軽トラも借り、
手早く、本当に必要最小限の物だけを、まとめ、運んだ。

運び入れて、気付いた。
しまった。制服入れるの忘れた。

父の居ないであろう時を、見計らい。
もう一度、家に、
無い!
私の、セーラー服が無い!
母は、着物が無いと叫ぶ。
これは、父の私達への、足止めだと、直ぐに判った。

座敷を、歩くと畳の上がざらざらとする。
足元を見ると、何やら、古い釘が一本。
何?と、天井を見上げると、一か所だけ、新しい釘が打ってあった。
可笑しいと、思い。
屋根裏の、板をはぎ取ると、そこに私の制服と他にも服があった。

あった!
これで、学校には、行ける。
親子して、宝探しか?
アホな、親やなぁと思う。
しかし、母の着物だけは、一枚も出て来なかった。

母は、最後まで、着物が、着物が~と、泣いていた。
お母さん、もう、そげなもんよかがね~
着物なんか、もう、こげんなったら、よかとと、母に言う。

名古屋にいる、兄とも、連絡を取った。
兄は、廣子と、弟が学校卒業したら、こっちに来いと言ってくれた。
俺が、何とかするから、4人で暮らそうと。

お正月を、利用して、一度名古屋へ
最初は、夜行の寝台列車だった。
永い旅だった。
名古屋に行き、第三者の捺印貰うため、
兄の印と、兄の会社の社長さんの、サインと印を頂いた。
さすがに、ここまでは、追って来ないだろう。

第三者の印を貰い、又、宮崎へ、
やっと、役所に提出。
私は、若干15歳で、離婚と言う面倒な事を経験した。

少しの間だけだった。静かだったのは。
その内、夜な夜な、包丁を持って、酒をあおり、奇声を上げて。
家の周りを、叩きながら、やって来る。
家の場所は、誰にも言って無いはずだが、と言ってた所、
弟が、ポツリと言う。
お父さんが、学校の帰りに、校門に居たと、
それから、声を掛けられ、食堂で、親子丼を一杯食べさせてくれたと。

アホかー!
おまえは!
馬鹿がー!
まあ
こう言うケースは、今でもあるとは、思うが、
別れた、男の未練がましい事。

それでも、こんなのが、毎日続くと、何時やられるか知れない。
昼間、私は、母に警察に行こうと、話す。
近くに、市内一番大きい警察署があった。
そこへ、母と一緒に助けを求めに、行った。

その時の事は、今でもはっきり、覚えている。
事情を話し、助けを求めたが、帰って来た言葉は、
そげん、言われても~
刑事事件に、ならんと、出れんと~と、のんびりした返事。
私は、警官相手に叫んだ。
おじさん!
おじさんは、警察官やろう!
おなごと、こどもが、こうして頼みに来とるがー
助けてくれんね~
そげん、言われても~
法律で決まっとと~
何言っとと~!
あんたら、税金ば、貰とるやろがね~
刑事事件って、私達に、死ねって事かね!
死んでからじゃ、遅かろがあ~!

まあ
なんと、やんちゃな小娘だったろうか。
しかし、
暫くしてから、もっと腹立たしい事が、
数人の、私服刑事さんが、我が家へ、
始め、何事かと思った。
話を聞くと、隣に同じ借家があった。
その、家に泥棒が、入ったとの事。
それも、盗んだのが、何処でもある様に、小瓶に入った小銭だと言う。
警官は、プロで無く、
子供では、無いかと推測したらしい。
そこへ、離婚したばかりの私達。
警官は、私に、指紋ば取ってあっとやぞと言う。
私は、一瞬何?と思ったが、警官は、私にカマかけたなと、思った。
すかさず、私は、そうですか~
だったら、早よう私達の、指紋ば取って貰わんば、いかんですね~
と、言いながら、靴を履きかけ、直ぐ奥に居た、弟を呼ぶ。
行くよー
これから、警察に、早ようせんかーと、
すると、警官は、ひるんだ。
よか、よか、と、
何が~
よかこつ無いがー
指紋ばー、早よう取ってくれんね~と、私が言う。
すると、来た時と、違って
もう、よか、よか、と言い残し、去って行った。
その、後ろ姿を見ながら、腹立たしく、悔しいと思った事は忘れる事は、
出来ない。
どんなに、落ちぶれても、人様の物に手を付ける事だけは、考えた事は
無い。
こっちが、助けを求めても、他人事だったのに。
親が、離婚したから、泥棒呼ばわりは、無いだろう。

夜になると、父がやって来る。
家の周りは、鍵もかけて、戸袋も閉めて置いたが、
とうとう、玄関を、破って入って来た。
もうダメかと、一瞬思ったが、もうどうにでもしてくれと
言わんばかりに、肝が座っていた。
父の話を聞いていたが、話が嚙み合わない。
私も、お父さん、何が言いたいんやねんと、諭す様に、言うと、
ゆっくり、話だした。
どうも、兄の事を、言ってる様だ。
それで?と聞くと、
今度は、母が泣き崩れた。
何、言っとるの?
二人、要領が得ない。
そこへ、母が話だす。
実は、あんちゃんは、本当の、お父さんの子や無いんやよと。
それを、聞いて
私が、怒鳴る。
あんたら、二人して、アホか?
そげなこつ、言いに来たんかい。
今頃、そげなこつ、あんたらに、言われんでも、
とっくに、知っとるわい。
お父さん、最初から、お母さんは、子持ちやったんやろ?
それを、知ってて、一緒になったんやろ?
今頃、何言っとるやー
いや、やったら、何で、一緒になったやねん。
嫌やったら、私達も作らんで、よかと。
育てもしんと、
二人して、猿芝居は、もうあわりたい。
後、お父さん、他に?
お父さん、あんた達はね、離婚したと。
もう、他人たい。
他人の家に勝ってに、入ったら、家宅侵入罪やよ。
玄関も、壊したやろう、
器物損壊罪やよ。
お父さん、警察呼ぼうか?
私の、勢いに、酔いもさめたか、二人揃って
あんぐりの顔。
父も、諦めたか、それが最後の姿だった。

無事
私も弟も学校を、卒業。
荷物も全て、片付けて、いよいよ名古屋へ。

二度目は、飛行機だった。
始めての飛行機だった。
機内は、エンジン音が思った以上大きかった。
機内から見る、宮崎の景色はとても綺麗だった。
もう、二度と帰れない、見る事は、一生無いであろう。
今の内に、見ておきたかった。
少しづつ小さくなっていく、街並み。
青く深い海の色。
飛行機は、段々と高くなる。
白い雲のせいで、見えなくなる、景色。
あっと、言う間に、宮崎から離れ、九州の景色も見えなくなった頃
私の、左肩を、ポンポンと、
一瞬振り返る。
そこには、ニコッと笑顔の綺麗なCAさん。
お一つどうぞと、バスケットを差し出す。
中を見ると、キャンディーが入っている。
もう一度、CAさんの顔を見る。
そのCAさんは、私に、ニコッと笑顔である。
その、笑顔を、見てハッとした。
きっと、私は、固く緊張してたんだろう。
私は、ゆっくり、差し出された、キャンディーを一つ取った。
そして、口に運ぶ。
口の中は、甘く優しい香りだった。
その時、私は、思った。
笑顔って、何て素晴らしいんだろう。
何も、語らなくても、力づくでも無く。
人の心を、優しくする。
人は、笑顔って大事だなぁ~と、
私の様な器量の悪い女は、せめて、下を向くんじゃなくて
上を、見よう。
今までの、辛さを、勘定するのじゃ無くて、
未来の、楽しみを、勘定しよう。
これから、もっと辛い事が待ってるであろう。
どんな事があっても、帰れない、もう帰る所は無い。
ふるさと、捨てて行くんだから。
笑顔でいよう。
そう、思った。



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