小悪魔な後輩に誘われている(短編小説・後編)
*
次にやってきたのは雑貨屋だった。
彼女は小物類が並んでいる棚の前へと移動する。
そして、なにかを手に取りながら呟いた。
「うーん、どれにしようかな……」
迷っている様子だったので、横から口を出す。
「なんでも好きなやつを選んでいいぞ」
「本当ですか? じゃあ、お言葉に甘えて……」
そう言うと、彼女はいくつかの品物を選び出した。
そして、それらをレジカウンターへ持って行く。
しばらくしてから、大きな袋を抱えて戻ってきた。
中には色とりどりのヘアピンや髪飾りが入っている。
さらにポーチなども入っていた。
おそらく自分で使うために買ったのだろう。
その割には量が多すぎるような気もするのだが……まあ、いいか。
きっと友達にでもあげるつもりなのだろう。
そう結論づけて納得した。
それにしても、これだけ買って合計いくらになるんだろうか?
そんなことを考えているうちに、今度は本屋へとやってきた。
小説などのコーナーを眺めていると、不意に袖を引っ張られた。
振り向くと、彼女がこちらをじっと見つめている。
目が合うと、ニッコリと笑ってきた。
思わずドキッとする。
「どうしたんですか?」
「いや、別に、なんでもない……」
彼女はそう言うと、再び本に視線を戻した。
それからしばらく経ってから、ふと思い出したように口を開く。
「先輩って、どんなジャンルの小説が好きですか?」
「そうだなあ……」
俺は顎に手を当てて考えた。
恋愛モノはあまり読まないしなあ。
かといってミステリーなんかも好きじゃない。
となると、残る選択肢は一つしかないわけだが。
「……ラブコメとか?」
俺が答えると、彼女は意外そうな顔をした。
「へえ、意外ですね」
「意外なのか?」
「ええ、それは、もう、とても意外です」
そう言って、彼女は笑った。
「ちなみに、どういう話が好きなんですか?」
「うーん、やっぱりハッピーエンドがいいかなあ……」
「なるほど、先輩はハッピーエンド派なんですね」
彼女は腕組みしながら考え込むような仕草をした。
そして顔を上げると、こんなことを言い出した。
「ねえ、先輩」
「なんだ?」
「もし私が先輩のことが大好きで、結婚してほしいって言ったらどうしますか?」
「はい?」
いきなり、なにを言い出すんだ、この子は。
戸惑いながらも、どうにか言葉を返す。
「えっと……それって、つまり、告白ってことか?」
すると、彼女は首を横に振った。
「違いますよ」
「……どういうことだ?」
「言葉通りの意味です。私と結婚してほしいと言ってるんです」
ますます訳が、わからなくなった。
なぜ急にそんなことを言い始めたのだろうか?
「どうしたんだよ、いったい……?」
平静を装って尋ねる。
彼女は顔を近づけてきたかと思うと、そのまま唇を重ねてきた。
舌を絡ませてくる。
しばらくして唇が離れると、唾液が糸を引いた。
彼女は妖艶な笑みを浮かべると、耳元で囁くように言う。
「興奮してるんですか?」
「……そんなわけないだろ」
慌てて否定するも、声が震えてしまう。
だが、そんなことはお構いなしといった様子で、彼女は言葉を続けた。
「嘘つきですね」
「嘘じゃないって……」
「だってほら、ここ……」
「おい!」
「すみません、つい……」
申し訳なさそうに頭を下げる。
まったく、油断も隙もないやつだ。
俺は溜め息を吐いた。
「お前さあ、ここが本屋だってことを忘れてるだろ……」
言いかけたところで口を噤む。
よく見ると、彼女の頬は赤く染まっていた。
もしかすると恥ずかしかったのかもしれない。
そう思うと、怒る気も失せてしまった。
まあ、今回は許してやろう。
俺は話題を変えることにした。
「それで? 結局、お前は、なにが言いたいんだよ」
尋ねると、彼女は小さく頷いたあと話し始めた。
「実は最近、よく夢を見るんです」
「夢?」
「ええ、とても幸せな夢を」
そこで言葉を切ると、俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。
そしておもむろに口を開く。
「夢の中には先輩がいて、私の隣で微笑んでいるんです」
「…………」
「私はそれが嬉しくて仕方ありません。ずっと一緒にいたいと思いました」
そう言って俺の手を取ると、自分の胸元へと引き寄せた。
柔らかい感触が伝わってくる。
それと同時に鼓動の音が伝わってきたような気がした。
彼女の顔を見ると、心なしか頬が紅潮しているように見える。
まるで恋する乙女のようだと思った。
不覚にもかわいいと思ってしまった。
「先輩……」
熱っぽい視線を向けてくる。
その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
今にも泣き出しそうな表情だ。
そんな彼女を見ていると胸が苦しくなった。
どうにかしてやりたいという思いが込み上げてくる。
気がつくと、無意識のうちに抱きしめていた。
優しく髪を撫でてやる。
すると、それに応えるように背中に腕を回してきた。
しばらくの間、そうやって抱き合っていたが、やがてどちらからともなく体を離した。
気まずい沈黙が流れる。
お互いに無言のまま見つめ合っていたが、やがて彼女が口を開いた。
「先輩、好きです」
突然のことに動揺してしまう。
まさかこんなところで言われるとは思わなかったからだ。
しかも相手は後輩である女の子だ。
嫌な気分はしなかった。
それどころか嬉しいと思っている自分がいることに気づく。
いつの間にか心を奪われてしまっていたようだ。
本当に不思議な子だと思う。
同時に彼女に対する愛おしさがこみあげてくるのを感じる。
できることならこのまま連れ去ってしまいたいと思ったが、さすがにそれは無理だろう。
とりあえず今は諦めることにした。
その代わりに一言だけ告げることにする。
「俺も好きだよ」
それを聞いた途端、彼女の顔がぱあっと明るくなったように見えた。
どうやら喜んでくれたらしい。
そのことに安堵していると、突然キスをされた。
一瞬驚いたものの、すぐに受け入れ態勢に入る。
舌が入ってきたので絡め合った。
お互いの唾液を交換しあうように激しく求め合う。
しばらくして唇を離すと、銀色の橋がかかった。
それを見ただけで興奮してくるのを感じた。
体が熱い。
「次は、どこへ行きましょうか?」
彼女は上目遣いで尋ねてきた。
潤んだ瞳が情欲を誘う。
今すぐ押し倒してしまいたい衝動に駆られるが我慢した。
ここではまずいという理性がまだ残っているらしい。
もっとも、いつまで保つかは怪しいところだが……。
そんなことを考えながら周囲を見回すと、ちょうど近くにあった建物が目に入った。
ラブホテルだった。
その瞬間、頭の中で、なにかが弾けたような感じがした。
考えるよりも先に口が動く。
「あそこへ行こう」
自分でも驚くほどはっきりとした口調だった。
彼女も驚いている様子だ。
無理もないだろう。
普段の俺だったら絶対にこんなことは言わないはずだからな。
それでも止められなかった。
彼女を抱き寄せるようにして歩き出す。
受付を済ませて部屋に入ると、そのままベッドへ直行したのだった。
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