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女性が夜職で生き残るのは難しい -【書評】『里奈の物語』(ネタばれなし・キャバクラ文学)

水商売・風俗を抜けられない構造

 水商売、風俗といった夜職の世界では、最低限の給料をつつましく稼いで、つつましく暮らすことを許さない業界の仕組みが出来上がっている。言い換えれば、短期間だけ働き、お金を貯め、夜職をサッと上がることができない仕組みともいえる。目標を持ってすぐに夜職を卒業する人もいるが、夜職で働き始める人の何割かは、この仕組みにハマってずるずると何年もたち、気づいたころには昼職になるには埋められない職歴の空欄が出来上がっていることがある。

 その仕組みとは、カネを払えば簡単に得られる居心地の良さであり、繁華街で生活していると、元来、高収入を目指して夜職をするつもりが、いつの間にか、高支出を支えるために高収入の夜職を続けるケースがままある。

 風俗嬢やキャバ嬢など、自分自身が商品である夜職は高ストレスで、このストレスを解消する最も手っ取り早い方法はホストか買い物で、ホストは言わずもがな、高い買い物は自分が稼いでいることを実感できる。また繁華街ではホストやヒモなど、カネを払えば居心地のいい環境がいくらでも確保できる。
 この業界の女の子は、自分の仕事は長くは続けられないと知っていて、常に漠然とした将来に対しての不安感があり、その不安感を刹那的な快楽で解消しようとする。そして刹那的な快楽には、カネがかかるものだ。

 また業界サイドとしては、風俗店は女性従業員をやすやすと手放したくないので、給料を日払いにし、お金をなるべく使うように仕向ける。ある程度の貯金がなければ昼職への転職はできない。ほかにもハリマペット、すなわち針、マッサージ、ペットなど心と体のケアのための必要経費、水商売ではお店に来てくれる代わりにお店に行かなければならない同業づきあいなどもあり、夜職は高収入だが、基本的に高支出でもある。

 高支出・高収入である水商売、風俗にはいろいろな職種があるが(体を使うほど単価が高くなる傾向がある)、どの仕事でも一般的には20代後半から市場価値が下がっていく。つまり、ある時までは支出が増えても、収入を増やすことで対応ができるが、年齢とともに収入が追いつかなくなり、やがては収支が合わなくなる。そのとき、支出を抑えこむのに成功すればしぶとく夜の街で生き残るコースが見えてくるが、支出を抑え込むのに失敗すると破綻へ進むことになる。

 夜の街に関する創作は多々あるがこうした破綻を迎える場面で、
「戻る居場所がある」、または「帰る地元や実家がある」
 ことが最大の分かれ目になる。本書『里奈の物語』のほか、『明日、私は誰かの彼女』、『闇金ウシジマくん』に出てくる様々な登場人物で、実家との仲がギリギリ保ているものは、そこで再起をはかり、夜の街以外に居場所がまったくないものは、悲劇的に描かれ、なかなか救われない。

 現実世界においても、洗脳や悪質ホストの営業手法は、実家や会社、友人など外の世界の人間関係を断たせて、自分だけに依存させて、ほかの居場所をなくさせることが行われている。

以下ようやく『里奈の物語』の話

 そんな厳しい業界を舞台とした本書は、昨年読んだ『往復書簡』の中で、

鈴木大介さんの小説『里奈の物語』(文藝春秋、2019年) には、地方都市の風俗産業従事者の世代的な再生産(キャバ嬢の娘がキャバ嬢になる) がリアルに描かれています。そこは貧困と、暴力と、虐待が連鎖する世界です。

上野千鶴子・鈴木涼美『往復書簡』

 と紹介されており、どんなに悲しくて苦しい話なのだろうと思ったらむしろ、逆境をはねのけて前向きに生きる女性の爽快物語に仕上がっている。
 そうたらしめているのが、主人公・里奈のスーパーマン(スーパーウーマン)設定で、顔がかわいくて、頭がよくて、実家もあり、有力者とのコネもあり……とチート級で、里奈の行動は、絶対に負けないと決まっているスティーブンセガールのアクション映画を見ているように安心感がある。きっとこの業界を舞台にして、頭が悪く、顔が悪く、実家との仲が最悪なやつは救いようがなくて小説にすらならないんだろう。

 スーパーマン設定の里奈のおかげで地獄のような界隈は明るく描かれ、心を痛まず読める一方で、本書には考えさせられる課題が随所にちりばめられている。それは上野千鶴子さんが指摘する風俗従事者の世代を超えた再生産のこともそうだし、施設の窮屈さや、家族にも施設にも居場所を失った未成年が一人で生きようとすると、必然的に繁華街に流れ、そこでも売春か、違法風俗か、違法キャバクラでしか稼げないことも描いている。

 トーヨコキッズをはじめ、未成年の居場所の必要性が叫ばれる世の中で、「家には居場所がないケド、施設は嫌だ」という子どもは誰が育てればいいのか(誰がその費用を負担するのか)、よくよく考える必要があるだろう。


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