知と愛の反比例構造
※妄想です。
知を知りすぎると…
愛を知らなくなる。
高収入高学歴にも関わらず結婚ができず、なぜだ!!スペックは足りてるのに!!と声高に叫びながら結婚相談所にぶち込まれ、これまた愛を知らないスペックしか見てないような女に捕まる。
賢すぎると理屈屋となり、軽口を叩く事もできず、冗談やユーモアを介したコミュニケーションができない、『仕事はできるのに恋愛下手』に陥る。
ここから先は更に不確度な妄想だが、ハードな理系などこれを育てる機関のように思える。研究には確かにコミュニケーション能力も必要だが、それは仕事と同じく情報伝達や論理性に重きを置いており、軽口などは二の次である。軽口で場を沸かす研究発表は日本では見たことない。
そのまま、大手メーカーの研究職になって尚更情報伝達的、仕事的なコミュニケーションが主となり前述の男ないし女のようになるのではないか。
別に愛=軽口でもないんだが、逆に軽口を経ずに結婚してる人のほうが珍しいよなと思いクソガキがこんなに語っているのである。
愛を知りすぎると…
知を知らなくなる。
恋愛に身を焦がして生きるための知恵、知識、及び知能をもち合わせてないみたいなケースは結構よく見る。
愛を深めるためには必ず何かを理解しなければいけない。そしてそれには知が必要。
なぜ知がいるの?私達は愛し合ってるだけで幸せなの!!!!
落ちついてほしい。まず、愛愛愛愛ー!!って愛情を注げるのはその人が好きだからでしょ?君はその愛をホームレスにも与えられる?
無理?なんで無理?それは知を持って彼らを理解しようとしないからだよ。
僕はASDADHD躁鬱持ちだよ。こいつらを愛してるけど、愛することになるなんて昔の俺は思いもしなかったんだ。
なんで愛せるようになったかって言うと、
『知を持って、対象を理解したからなんだ。』
理解すれば、対象を受け入れることも、対処することもできるよね?だからまず、俺は障害を理解して、受容して、愛した。今ではこの障害に感謝するばかりさ。
ホームレスだって、彼らを落とした社会構造、実は秩序立ってる公園での暮らし。俺等じゃたどり着けないその日暮らしの圧倒的な知恵、なぜ生活保護ではなくその生き方を選択しているのか、ちょっと臭いけど、黄色い歯と共にすごいいい笑顔を見せる。
こんなふうに理解していけば全くの無理だったところから、鼻つまみながらでもお話聞いてみようかなってならないか?さっきより愛を注げそうじゃないか?
『最近の曲はよくわかんねえわ!』
『うちの子供ゲームばっかり!!何が面白いのかしらあんなもの!!』
ほら、やっぱり。『理解をしてない』から嫌いなんじゃないか。愛だけ持ってても仕方ないじゃないか。
まあ、正直愛によって理解する姿勢も身につけられるし、最終的に愛100%でもいいのかもしれないけど、理解する過程でわからないことだらけになっちゃった時、君を助けてくれるのは知だよ。
愛を持とう、そして知もちょっと持とう
PN:まこと or Misana
mail: makoto.821.dd@gmail.com
TEL:07026637451
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?