『20年後のゴーストワールド』第2章(2)愛という憎悪
人生どん底の私の元へ、来るはずのない待ち望んだバスが何故か突然あっけなくやってきた。私は今、バスの中で"レンタルなんもしない人"的にダメ人間と話をするというバイトをしているイーニドと話している。私は選ばれしダメ人間としてバスに乗ることとなったようだ。
イーニドが言う。
「私が沢山シーモアの絵を描いたように、あなたは重鎮(おじさん)を物語の中の人として描いたのね」
バスの中の空間は自動翻訳装置でもあるのだろうか、英語でムリくり話さなくても、胸に浮かぶ言葉でイーニドと自然と話をすることができた。
これは愛でも恋でもないのに、でもどこか胸の奥が痛い。いっそ恋だったら良いのに。トーベ・ヤンソンによると最後の恋は初恋に似ているそうだ。私がずっと渇望し続けている最後の恋はどこにあるんだろう。
頼りにしたい、尊敬したい、心の拠り所になってほしい、私の味方でいて欲しい、でもほっといてもほしい、どこかとても分かり合える気がする、でもたぶん一番大事なところはわからない気もする、話せばわかるのか、そもそも話し合えるのか、100話して1わかればいいのか、そんな労力使うのはバカ?、無駄な悩みなんだろうけど、このモヤモヤは消えないどころか、ふっと蘇ってきてイライラさせる。わからない、わからない。おじさんとの間に、この苦しみに果てに何もなかった、何も残らなかったことに執着してしまっているのか。
この世は無常、人は執心するからつらい。
『源氏物語』でも『グミ・チョコレート・パイン』でも行き着く答えは同じでそれだ。何度も心で擦った言葉。でもそれがやはり最もどうしようもない苦しみなのだとも思う。
失恋から立ち直れないまま、ぼんやりと失恋とも言いがたい、恋の形すらないままの失恋を繰り返していた私はおじさんに対して、幻滅してしまったという事実に対してまたさらに滅入っているのか。今、身体を蝕んでいるストレス症状はここからなのか。わからない。ただただ気持ちが追い詰められ続けている。呼吸がうまくできない。生まれてきてからずっと安らげる時なんてこないと感じてしまっているけれど、今が一番安らぎから遠く離れている。
「私の重鎮に対する気持ちは、イーニドがシーモアに対する気持ちとどこか似てるような気がして、重鎮のことを書いて、自分の心と向き合ってみたけど結局よくわからないまま……愛という憎悪、ってこういうことかしら」
「愛という憎悪?何、その格好良い言葉。たしかなことはわからないけどしっくりくる言葉だわ」
"愛という憎悪"はミッシェル・ガン・エレファントの「スモーキン・ビリー」の歌詞の一節である。ミッシェル・ガン・エレファントのチバユウスケの歌詞は捉えどころがなくて、そこが好きなところでもあるけど、その歌詞のその言葉でしか言い表せないような、状況と気持ちがバシッとハマる瞬間が大人になればなるほどあって、若い頃に何気なく好きになったものの奥深さを時が経つほどに感じる。
「とりあえず、追い詰められて逃げることも必要だけど、大事にしてくれない人に安易に頼ることは、よけい傷を負うってことは身をもって思い知ったわ。シーモアの方が全然マトモだった。シーモアも急にキレたり変な地雷があるけど、イーニドに振り回されてちょっと迷惑そうにしててもあなたの話聞いてくれてたものね」
「たぶん、うっすら読者も気にしてると思うけど、あなたと重鎮は何度か飲みに行ったものの結局のところヤッてないのよね?」
「ははは、イーニドとシーモアはヤッちゃったよね。あの事後のシーモアの恍惚そうな顔に、冷めたあなたの顔、スクリーンから忘れられないシーンのひとつよ。あれはあの図だけで、こちらが二人の気持ちを全てお察しします、と思わせるわ。あえて、事細かにあなたの気持ちを言うのは野暮だから言わないけど!重鎮は私にセクハラまがいの発言はあっても、私には指一本触れていないわ」
「なぁんだぁ、やっぱりそうなのね。大人だからそこは安易に割り切ってヤる時もあるだろうけど、なかったのね。あなたが気にして書いてないだけかと思った。いっそのことヤッてたらまた今違う気分かもね。でも、絶対良い結果にならないと思う。だってあんだけ人の気持ちがわからない人とセックスしても、想像しただけで、最悪よ。絶対気持ち良くない」
「ここまできたらどれだけ最悪か、も気になるけどね」
「ふふふ。それくらい間違って、とことん幻滅したら一瞬で忘れられるかもしれないわよね。私もあのあとシーモアからの連絡全ブッチしたみたいにね。違うかなと思っても、知らないことがあると少しどこか夢見てしまうことってあるし、知ってしまって冷めることもあるし」
「そうね、でもあの腰にサポーター巻いてるシーモアが、あなたみたいなティーンエイジャーを満足させることなんて無理よ。あの時は彼女ができて、少しは自信あったかもしれないけどさ。ごめん野暮なことをつい言ってしまった!」
イーニドがニヤッと思いついたように言う。
「どうする?こんだけ言ってて実は重鎮セックスはめちゃくちゃ上手だったら?」
「わかんないわね、でも、あんだけ白髪だらけだから多分下の毛だって真っ白よ」
「ジーザス!怖!妙にリアルで嫌!でもやっぱりクリスマスの日に重鎮に熱が出て良かったのかもしれないわね」
「最悪だけど、さらに、最悪の上乗せを回避できたと思うようにするわ。重鎮は発言でドン引きはさせたけど、身体の関係はないし、そこは潔白だから周りの人も変に勘繰らないでほしいし、そこは重鎮に代わって言っとくわ。今さらこんなにぶちまけて後の祭りだけどね」
「ヤッてもヤらなくても地獄!でも、本当に嫌いだったらここまで労力を使ってわざわざ書くこともないだろうから、あなたの気持ちは何となくわかるわ。好きと侮蔑の間で揺れ動いて、行き場がなくなってしまってる」
「重鎮とは全く連絡を取っていないから、イーニドに連絡ブッチされて、怒り狂ってジョシュの仕事先で暴れ狂ったシーモア、そして入院してあなたの描いた絵を見るシーン、あの良いシーンが私たちにはないの。シーモアに対して"あなたは私のヒーロー"と言ったような……私は最悪な気分で"ナチュラルに人を傷つける天才"と文面で送ったきり。そして"ごめんなさいBOT"の爆誕。関係を続けることに意味はない、終わったものと頭では思い込むものの、何も吐ききれずまだ胃液がずっと残ってて気持ち悪い感じが続いている」
ふとイーニドが、ひらめいたように言う。
「重鎮のほうが私(イーニド)みたいで、あなたの方がシーモアなのかもしれないと思ってきた。重鎮の方がおじさんなのに、子供っぽいし。あなたってオタクな面も含めて女版シーモアみたい!」
「そうかも!私は今、悲しみを一方通行に書き散らかして、今ボロボロで最後セラピーに通っているシーモア状態よ。シーモアみたいに頼れるママもいないけど」
「ねぇ、もし本当に重鎮と港町のダイナーに行くことがあったら教えて。私遠くの席からあなたと重鎮を観察するわ。あなたのレベッカも誘いましょうよ、2人で遠くの席からあなたたちを観察するの。なんだかんだちょっと会ってみたいもの重鎮と」
「悪趣味!でも楽しそう、やっぱり行きたいなダイナー。おはなしはつづく、とはもうさすがに夢みることはないけど、バカな自分の物語の本当の結末、自分でも興味があるわ。すべてのことが起こる、と信じる気持ちはまだ捨てていない」
「ふふふ。その後、万が一重鎮とヤったら教えてね」
「何それ!もう多分二度と会わない、というか会えないけど、ここまでぶちまけたこの気持ちの何かしらは伝わってくれたらとは思うわ」
車窓から見える景色は相変わらず薄暗くて、バスはどこを走っているのかまったく見当もつかない。たまにトンネルを通る時だろうか、煌々としたあかりが眩しい。しかしその薄暗さが心地よかった。ライブハウスや映画館のライトが落ちた時のフロアの暗闇に溶け込める感じに似ていた。自分の形は暗闇の黒い中に埋没させつつも、誰かの存在を感じられてとびきり一人ぼっちのようでそうでない空間。
「不思議なものよね、あなたは重鎮がマトモな人だったらわざわざこれを書かなかったんだから。あのまま一生ナチュラルに人を傷つける天才のままだったら困るけど、遠くで頑張っていてほしいわね」
「驚くほどにみじめでドラマチックな運命じゃなかったけど、自分と向き合うきっかけになったことには感謝してる。浅井くんにも」
脳内BGM
銀杏BOYZ「GOD SAVE THEわーるど」
先日7/12銀杏BOYZのライブ久しぶりに行きました。ライブは全都道府県を回ったツアーの最終日で、完成されたものだったけど、どこか空虚に感じてしまった。好きな人もいなくて、心にぽっかり穴が空いたままだからだろうか。そんな中、とびきり美しく演奏されたこの曲の『すべてのことが起こりますように』という歌詞(もとは岡崎京子の漫画の扉絵の言葉から)があらためて祈りのように心に響いた。今回書いたイーニドと話すバスの中の薄暗さはこのMVをイメージしました。
今回第2話のタイトルはこちらの曲から
ミッシェル・ガン・エレファント「スモーキン・ビリー」
今回インスパイアされた曲たち
(歌詞など一部文中に引用)
長年ずっと「ジーザス!ジーザス!」みたいな気持ちで生きてる……この曲がジュディマリで一番好きと言う人がいると、わかる!と思いつつ、他人の心配してる場合じゃないけど心配になります。
※ この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
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