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『レイトオータム』 伝えたいことは言葉では伝わらない

2010年/韓国・香港・アメリカ合作
原題:Late Autumn
監督:キム・テヨン

「愛の不時着」からの韓国映画。
ヒョンビン主演の別の作品を見たいと思い鑑賞した「レイトオータム」
こちらは「愛の不時着」とはまったく別の世界観。
とても静かで大人の作品。

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アンナは夫を殺害した罪で服役している中国系アメリカ人。
ある日母親の訃報が届き、模範囚だった彼女は葬儀のために3日間だけ外出が許される。
そして実家があるシアトルに向かう途中のバスで「エスコート・サービス」(ジゴロのようなもの)をしている韓国人の男フンと出会う。

哀しみを抱えたアンナは心を固く閉ざしている。
フンはそんなことは気にせず、面白がって彼女につきまとう。
 
一方、いかにも怪しいイケメン男フンは、客の夫に追われるトラブルを抱えているが、気ままにそして刹那に生きている。


二人で時間を過ごすうちにアンナは少しづつフンに心を許し始める。
そして自分のことをフンに語る。
あえて中国語で。

それに対し、意味が理解できないフンはただ「好(良)」「坏(悪)」とアンナから習いたての中国語で適当に返すだけ。

アンナにしてみれば誰かに話したいけど同情もされたくないという心境だろうか。わざとフンがわからない言葉を使うアンナの傷は深い。

フンもその話が彼女にとって「辛いこと」なのだということは理解していた。
意味がわからなくてもフンには何かが伝わっている。たとえばアンナの苦しさとか哀しみみたいなものが。



アンナが夫を殺した理由は幼なじみとの不倫が原因だった。
不倫相手との駆け落ちの計画を知った夫に暴力を振るわれ、抵抗した時に殺してしまった。

その幼なじみとはそれっきり。彼は彼女から離れていった。


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アンナは実家で幼なじみに再会する。

7年前の事件の日の言い訳を、さも後悔しているかのごとく話す幼なじみ。でも彼の優しさは上っ面だけだった。
アンナが一番会いたかったその人は彼女を忘れ、何事もなかったかのように自分の人生を生きていた。


そんな幼なじみとフンが葬儀後の食事の席で言い合いを始める。

それがきっかけとなってアンナはかつて愛した幼なじみに募り積もった想いをぶちまける。

「あなたはなぜ人のフォークを使ったの?」


激しく泣き崩れながら、当事者だけが理解できる暗喩で幼なじみを責め立てる。


「あなたはなぜ人のフォークを使ったの?」
この言葉の解釈はいろいろあるだろうけど、アンナは「あなたはなぜ夫のいる私と恋をしたの?」と言いたかったのだと思う。
直接的な言葉ではないからこそ、アンナの深い苦しみがにじみ出る。

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葬儀の翌日、フンは刑務所に戻るアンナと一緒にバスに乗り込む。
そして、途中の休憩所でこう言う。

「ここで会おう。君が自由になる日に


フンは追われているし、アンナは刑務所に帰らなければならない。
二人の別れは間近だ。



そして休憩所でフンは消えた。


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ふと考えてみる。
この二人をつないでいたものは何だったのだろう。
寂しさ? 孤独?
アウトサイダーという共通点?

たぶん簡単に言葉にできない、あるいは言葉にする必要のない感情が二人をつないだ。


この映画では説明的な表現は一切ない。
でも鑑賞者は二人の世界に引き込まれる。
そしてなんともいえない重みだけが残る。

別れ間際に交わす、アンナとフンの激しく長いキスがその重みを決定的にする。
愛情と絶望が入り混じり求め合う二人。
美しくせつないシーンだ。


そして、別れから2年後。
出所したアンナが休憩所で約束通りフンを待つ。
その場面で映画は終わる。


解釈を視聴者にまませつつ、一方でアンナとフンそれぞれが抱えている問題や心の傷が静かに伝わってくるのがこの作品。
劇的な展開がある訳でもなく、よけいなセリフもない。
でもそのことがかえってアンナの哀しみの深さを物語る。

結局のところ、本当に伝えたいことは言葉では伝わらないのかもしれない。

伝えないことで伝わる。
そんな作品だ。


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この映画は韓国の名作「晩秋」(イ・マニ監督、1966年)のリメイクだそうだ。いわゆる古典。日本でも斎藤耕一監督によって「約束」(1972年)というタイトルでリメイクされている。(主演岸恵子・ショーケン)

ヒョンビン目当てで観たものの、違う意味で心に響いた作品だった。

(day26)



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