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Week 5-4 マインドフル・コミュニケーション

「言わなければよかった」と発言を後悔するような経験をしたことはありますか?

または、言うべきタイミングを間違えたとか、話をしなければならない時に黙り込んでしまったとか。。

作り話でごまかし続けたとか、静寂を埋めるためだけに話す癖があるとか。。

ほとんどの人にこの様な経験があると思います。

私たちのコミュニケーションのパターンは長い時間をかけて形作られたものです。

時に、このパターンが効果的なコミュニケーションの妨げになっている場合があります。

このパターンを抜け出し、健全なコミュニケーションを築くためには、「今に注意を向ける」

ただ、この練習を繰り返すだけです。

会話にマインドフルネスを取り入れることはとても意味のあることなのです。

会話にマインドフルになるということは、私たちにとって、とても難しいことです。

なぜなら、口は意識せず、先に動いてしまうからです。

しかし、会話にマインドフルになるということは、ゆっくり話すとか、喋る前に間を置くということではありません。

一言で言うなら、発話の意図に注意を注ぐことと言ってよいでしょう。

つまり、「私は、今、このような気持ちで、これを口から発している」ということに「気づく」ことです。

初めは、当然慣れない感じがしたり、会話にそのような意識を注ぐことは二重の作業を行っているように感じたりするかもしれません。

他の全ての事柄と同じように、これは、プラクティスによって可能となってきます。

非暴力コミュニケーションを体系化したマーシャル・ローゼンバーグは、著書の「人と人との関係にいのちを吹き込む法」という著書の中で、発話の意図を二つに分類しています。それは、つながりを求める会話か、分断を導く会話の二つだと言います。

会話にマインドフルネスを向けるプラクティスとしては、まず、特に分断を生み出すと言われている会話を知っておくことでしょう。

下品、残酷:これらの言葉は、明らかに分断を導く会話といえるでしょう。このような言葉は相手を傷つけ、ネガティブな反応を故意に起こさせることが目的だといわれています。下品な言葉は実情を反映した表現で、刺激的である場合もありますが、しかし、そこにある意図に目を向けてみると、創造的でも、今の視点でもないことに気づきます。この様な会話では、相手が後ずさりし、つながりが分断されることになります。

ゴシップ:噂話は第三者に関しての会話ですが、実はそのことで、その第三者と聞き手の分断を生み出しています。そこにある意図は、第三者と聞き手の間につながりを生み出すものでしょうか、それとも分断でしょうか。

作り話、誇張:嘘、これは例え大義のためとあなたが思うものであっても気をつけなければなりません。その意図は、実は面子を保つため、または印象付けるためのもの?または、誰かを守るためのもの?または、いざこざを避けるためのもの?嘘は外向きにもダメージがありますが、同じように自分自身自にも内的ダメージを及ぼすのです。これはマーク・トゥウェインの言葉です。「真実を語るなら、何も覚えて置く必要はない。」嘘には不安がつきまといます。そして、人としての価値が問われるものです。

受け身:受け身が分断を生むということに驚きを感じる人もいるかもしれません。マインドフルな状態とは、言い争いを控え、受け身的なコミュニケーションを図ることと解釈する人もいます。しかし、必ずしもそうではありません。発言しないでいるということは、場合によっては上記の何れよりダメージが大きくなる場合もあるのです。口論や仕返しを恐れて発言しないという傾向はないでしょうか。発言を控えることで、自己疑念、心配、憤りといった感情がおこり、これらの感情が自分の中に分断を生んでしまうのです。受け身であるということは、落ち着きがあるということとは違います。意見を控えている、又は本心を言い控えていたという自分に注意を向けてみましょう。声を出さずにいるということは、自分にとって、周囲にとって、最良の方法でしょうか?

不必要:漫然と話をする、又は沈黙を埋めるためだけに喋ることも分断をもたらすことがあります。不必要な会話の影響は分かりにくいかもしれませんが、注意を向けてみる価値があるものといえます。


​「私は、今、このような気持ちで、これを口から発している」

今、発している「言葉」と、その時の「感情」に注意を向けてください。

すべては、マインドフルネスのプラクティスからはじまります。​


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