見出し画像

【読書】大切な一冊になってしまった「はなればなれに」

ゴダールの映画の原作で初邦訳。ドロレス・ヒッチェンズの「はなればなれに」が人生ベスト30冊ぐらいには入る大切な一冊になってしまった。

ゴダールも存じ上げない。青春ノワールもわからない。
自分にわかるのは、これは人の心の揺れの話ということだ。
携帯電話も監視カメラもない。
登場人物がマッチで喫煙して強盗の計画をする時代だが、若者の将来への不安とDV彼氏への依存描写、心のうごきと迷いの感覚。
時代を経ても古びない。今読んでも「この感覚知ってる…!」と震える。

メインの登場人物は三人。
二十代だが将来を見限っている前科者の男スキップとエディ。
そしてスキップとDV彼氏に依存しているような状態になっている女性カレン。
カレンは、世話になっている屋敷に大量の現金があることを話してしまったため、彼氏とその友達が強盗する手引きをするはめになる。
しかし、その金は銀行にも預けられない「危険な金」だった。

犯罪者としてもずさんなダメ男ふたりと、その彼をほっておけない女の子。今でこそDV男の体験談として、「暴力を振るったあとで改心した様子ですがりついてくる」とか、症例がたくさん読めるけど、この本が書かれた1958年に、まんま「そのタイプの男」と、その彼しか知らない純真な女が出てくる。

3人が、どうしよう、どっちにつこう、行くべきか逃げるべきか、揺れながら、ゆっくりと取り返しのつかない状況に落ち込んでいく。
冷静に考えれば暴力彼氏と別れて貧しい生活をしたほうがまだマシに思えるけど、目の前に貧しい人生を変えられる金がある。
暴力を振るわないほうの前科者であるエディも、母親の病気で首にできた大きなできものを取る手術をしてあげたくて金がほしい。みんな、最初で最後の大きなチャンスを捨てきれない。

前科持ちの男2人は何も聞かされてないカレンにストッキングを脱ぐように命令する。
脱がしたストッキングその場でかぶって、男二人が即席の覆面強盗になって屋敷を案内させるのだ。暴力と性の香りと、変装の準備もちゃんとしてない危なっかしさのクライマックス。

そして、強盗に入ってる最中とその後もずっと「こころの揺れ」の話が続く。
「今なら引き返せる」「まだここには大金が隠してある」
そして強盗の最中なのに「この男についていっていいのか」「そろそろ引き返すべきじゃないか」、終わっても「これでよかったのか」が続く。

「はなればなれに」はみんなの腹の探り合い。
強盗をする準備段階で小さなウソをついたことで、あとで確認されたときにもっと大きなウソでごまかさないといけなくなったり、多人数の登場人物の視点で進行するのに、それぞれの思惑が自然で、ずっと気持ちがわかる。
作者の都合よくすすんだ感じがしなくて、登場人物たちは意思をもってもがいたのに、何度も引き返すタイミングを誤ってしまう。
そして最終的に誰が救われ、誰が取りかえしのつかない状況に落ちるのかは、善も悪も関係なく、ほんの一瞬のタイミングと運で決まるのだ。

この記事が参加している募集

読書感想文

読んでくれてありがとうございます。 これを書いている2020年6月13日の南光裕からお礼を言います。