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「おかえり」があったかい。父島とラオスの豆

ほぼ毎日飲んでいる、安定した美味しさのエチオピア・イルガチェフェにしておけば間違いないんだけど、その日の気分は違っていた。

いつものコーヒー豆とは違う場所にしまってあった、ラオスの豆を取り出した。

この豆は4月に父島に行ったときに宿の方からいただいたお土産だ。「0メートルの旅」を読んでから、島に行きたくてウズウズしていた。父島は、日本では珍しい国産コーヒーが採れるエリア。友人も、会社の人も父島に行っている。勝手に呼ばれてる気がした。

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旅先では必ずご当地コーヒーを買っている。執念で宿を調べ上げ、おそらく島で唯一、コーヒー農園を持つ宿に電話で予約した。久々の旅に、予約しただけで興奮してしまった。

今回の目的は父島でとれるボニンコーヒーと、満点の星空。

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片道24時間かけて船で行くその島では、女ひとりだからか土地柄なのか、名前を聞く代わりに泊まる宿を尋ねられる。

宿の名前を言うと島の人からは「どうしてあの宿に…」と言われ、LINEで写真を送った同僚からは「廃墟?」と返ってきた。たしかにスーパーアンティーク宿だったし、宿泊客もどこか浮世離れしている人が多かった。わたしもきっとその一人だったんだろう。

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天気が悪くて星は見られなかったし、お目当てのボニンコーヒーも飲めなかった。おまけに初日の昼ごはんにありつけなくて、父島の最初の食事は農協みたいなところで買ったトマトだった。これがまた美味しかった。

でも、宿のおっちゃんに特別に連れて行ってもらったコーヒー農園という名のジャングルで、一年で2日しか咲かないコーヒーの花が咲いていた。コーヒー農園は行ったことあったんだけど、花を見たのは初めてだった。

可憐という言葉がぴったりな真っ白な花。のちにぷっくりとした実をつけて、あのコーヒーになるとは思えない。

コーヒーの実も食べさせてもらった。思ったより甘酸っぱくて、おっちゃんいわくジャムにすると美味しいらしい。

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「今度収穫の時期に来たら、バイト代はコーヒーね」

そのへんをフラフラして、ボーっとしながら3日を過ごした。宿でもプライベートなことは詮索されないから居心地がいい。

毎晩、宿に帰ると「おかえり」って迎えてくれる。なんだかすごくあたたかい。

ボニンコーヒーは2年前の台風で取れ高が悪く私が行ったときは売っていなかった。代わりにラオスが飲みたいって言ったら焼いてくれて、お土産にも持たせてくれた。

サーバーにコーヒーをたっぷり用意して、ニコニコしながら「今日のコーヒーどう?」って聞いてくるおっちゃんとバイトさん。
宿の食堂では、手酌しながらビール飲んでた常連の釣り師のおかげで夕飯の魚が毎日一品増えていた。

海外をひとりで歩いても誰も気にしないのに、日本は女ひとりだとやや心配される傾向があるらしい。宿も取りにくいし、日本のひとり旅はちょっとだけやりづらい。

父島ではひとりでふらっとやってきたわたしがいったい何者なのか、どうしてひとりで来たのか、誰も必要以上に詮索しなかった。

何者かもわからないわたしをただ「おかえり」と迎えてくれる。それだけで充分だし、ただただありがたかった。

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廃墟といわれようが絶句されようが、このオンボロの宿が、わたしにはパラダイスだった。

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父島が恋しくなったときのために、この豆はとっておいた。

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封を開けると、ふわっとこんがり焼けた力強い香り。油分たっぷりで、ちょっと焼きすぎじゃない?って記憶のなかのおっちゃんに話しかける。

15gしっかりはかって、ミルで粗めに挽く。いつも浅煎りのエチオピアイルガチェフェばっかり挽いてるから、豆が柔らかく感じる。 

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ケトルにわかしたお湯を40g、少し待ってから、残りの120gのお湯を注ぐ。

香りからして土っぽい。いつもよりちゃんと淹れたコーヒーをひと口含む。
東南アジアだわぁ〜と思う力強いコクと、やわらかい苦味。そしてしっかり口の中に残る余韻。おっちゃん、元気かな。

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観光らしいことなんてなんにもしなかったけど、いろんな人の顔とたくさんの瞬間が次々に蘇ってくる。なんにもしないってきっと最高の贅沢だ。

コーヒーの香りとともに思い出を纏う。こんな日もたまにはいい。飲んでるだけなのに「おかえり」って言われた気分になる。このコーヒーは、お守りみたいなもんだから。

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船から見えたこの景色、エンジェルラダーって言うらしい。

この嵐が去ったらボニンコーヒーを飲みに、「ただいま」って言いにいかなきゃね。



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