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本職UI/UXデザイナーが"枡"をデザインしたらこうなった! 〜結/プロダクトデザイン編〜

4回に渡るシリーズも今回が完結編。
ここまでAICHI DESIGN VISIONの自由度の高い取り組みの中で枡専業の大橋量器さんと組み、作るべきもののコンセプトを設定するまでの抽象的なプロセスをお話してきましたが、いよいよ具体的なプロダクトデザインに落とし込んで完成するところまで一気にお伝えします。

前回についてはぜひこちらをお読みください。

命名、「COBITSU(こびつ)」

「自分で炊いたご飯を入れて冷凍する器としての枡」というコンセプトのこの新しい枡について、「COBITSU(こびつ)」と命名しました。

日本で昔から愛用されてきた「木製のおひつ」に入れて食べるご飯は美味しいと言われていますが、これは木が炊きたてのご飯から出た余分な蒸気を吸収するとともに、時間が経ったら水分を放出することでご飯を常にベチャつかず・パサつかないちょうどよい湿度に保つためです。

COBITSUはまさにおひつと同じ原理で冷凍したご飯をふっくらと温めることができるのです。

多くの人がおひつと同様の効果があることを想起しやすく、また小さくすることで1人前にパーソナライズし、現代のご飯事情に合うようアップデートされた小さなおひつ、という意味からこの名称に決まりました。

アートボード 1

徹底した"用"から生まれる"美"によるデザインを追究

デザインを語る時によく使われる言葉に"機能美"がありますが、"用と美"という考え方もあります。
"機能"は文字通りファンクションやユーザビリティを指しますが、"用"とはそれに加えてそのものが持つ道具としての文脈や情緒的な部分、さらには歴史をも含むものではないかと個人的には考えています。
今回のデザイン対象は、1300年以上もの歴史があって元来美しい枡であり、さらにそこに新しい使い方を加えようとしているので、なおさら”用”から生まれる"美しさ"を追究したいと考えました。

余談ですが、出身の武蔵野美術大学大学院の入学試験の小論文でも「工芸工業デザインにとって最も基礎となる"用"と"美"について述べよ(1200文字)」という問題が出ました。
小論文って、提示された論に関連して何かを論じるのが普通だと思うのですが、かなり自由な出題でした。そして、午後にはすでに採点されており、面接試験でその内容について問われました。その採点が長引き、面接の開始時間が大幅に遅れました。入試からしてフリーダムですね、美大って。

話を戻して、今回の「自分で炊いたご飯を入れて冷凍する器としての枡」の"用"として、まず最初に着目したのが「食べやすさ」と「収納性」でした。
水平垂直で成り立つ形状は、枡らしい美しさのアイデンティティでもありますが、食器として考えられた形ではありません。そのため、実験時に試食した際はお箸を入れてご飯をすくおうとしたときに縁と干渉したり、四隅が取りづらかったりしました。
また、冷凍ご飯を入れる器なので複数個使用されることが想定されますが、直方体形状だと使わない時にスタッキングできず場所を取ります。
そこで見出した答えが底面が狭く、上面が広い”オベリスク形状”でした。
お椀に近いこの形状は、ストレスなくお箸が入りますし、ある程度スタッキングすることもできる。
重ねたときや冷凍庫に複数入れた時の収納性については、3D CADで寸法を変数として何パターンもシミュレーションした上でペーパーモックを作り、検証を行いました。

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Container4のコピー

3D CADによる寸法シミュレーションとスタッキング性の確認

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ペーパーモックによるサイズ感の検証

通常の枡の作り方とは異なるため、この形状を実現するためには新たな加工技術の検証も必要となりました。

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次に検討したのが蓋の締め方。当初はシリコン製の蓋も検討しましたが、せっかくの桧の質感が損なわれてしまうことと、コスト、そして何より桧(ひのき)によるご飯の調湿効果が1面失われてしまうことがデメリットとしてあったため、同じ桧製の蓋をバンドで締める方式を採用しました。
バンドのガイドとなる溝は対角線状にしましたが、これは締め付け長を長くするという意図に加え、「〼」の漢字の由来となっている計量器だった頃の枡に備わっていた"弦鉄(げんてつ)"という部分をモチーフとしています。

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シリコン製蓋のデザイン案

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シリコンバンドでの蓋固定に変更した初期のデザイン案

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バンドによる締めやすさを検証するプラ板とゴム紐によるラフモック

これらを考慮することで、自ずと新しい枡の形状は決まりました。
桧の質感やあられ組みと言われる木と木の接合手法はそのままなので枡らしくあり、でも"用"から生じた要素によって新しく、また食器としても違和感のないデザインにまとまったのです。

さらに、パッケージデザインについても枡の記憶、歴史を大切にしました。D2Cでの販売メインを前提に考えたため、できるだけ簡素な包装を検討していたところ、元々枡の簡易包装に使われていたクラフト紙に目をつけました。この紙には、桧から出る天然樹脂成分の脂(やに)を吸収する機能があるそうです。このクラフト紙に専用の印刷を施すことで、実はあまり知られていない"枡らしさ"を継承することとしました。

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パッケージの試作品

桧(ひのき)ゆえの問題のクリア

このようにして形状は順調に定まっていったものの、正直、最も苦労したのがご飯に移ってしまう桧の匂い問題でした。

最初に試したことは、同じく木でご飯を扱う器である「おひつ」でよくやられている匂い抜きに着目し、お米の研ぎ汁やお酢+お湯などを数時間入れて洗い流してから使ってみましたが効果はほとんどありませんでした。
アルコール成分なら…と焼酎で同様の実験をしたり、米油やオリーブオイルを塗ってみたりしましたが、ダメでした。

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様々な方法で匂い抜きを実験

次に、おひつでよく使われる「さわら」で枡を特別に試作してもらってテストしました。
たしかにご飯への匂い移りは気にならない程度でしたが、調湿効果が弱いのかご飯がベチャつき、電子レンジを開けたときの匂いもあまりよくなく、見た目でも木の質感、特にあられ組みの断面が荒くてザラザラして劣っており、さわら材ではCOBITSUのコアな価値を実現できないことが判明しました。

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左:さわらの一合枡、右:桧の一合枡

さらに試してみたのが、枡のコーティングでした。
フッ素コート加工、すでに一部の枡製品でも使われているガラス塗装、食品に触れるものにも使えて木の質感も損なわない透明な新しい塗料の3種類を実験。
この内、フッ素コートは変な風味がしてしまったものの、ガラス塗装と新しい塗料は香りの点ではかなり軽減されることがわかり、ご飯のベチャ付き感もないことが確認でき、ようやく解決の糸口が見つかりました。

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各コーティングを施した枡による比較実験

最終的に、ご飯を入れる本体側はより吸放湿性に優れ桧の質感に影響を与えない新しい塗料、蓋側を撥水性が高いガラス塗装と、コーティングを使い分けることで最大の難関をクリアすることができました。

別の問題として蓋がご飯から出た蒸気を吸うと反り返ってしまうという悩みもあったのですが、吸湿性を抑制するという点で匂いと同じ理由が原因だったため、コーティングにより解消できました。

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無垢の桧のままでは蓋が水分を吸収して大きく反り返ってしまう

さらに、ご飯粒が枡にこびりつく問題もありましたが、同じくコーティングにより水洗いでもほとんど汚れが取れるようになりました。
四隅はどうしてもご飯粒が入り込んでしまうことがあるため、お手入れ用にこの枡の形状にぴったりフィットするよう角度を計算した「木べら」を同梱することにしました。

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この木べらは、使わないときは枡の中にすっぽりと収納することができ、この姿もバンドの溝と同様、〼の”弦鉄”をモチーフにしています。

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目には見えない部分が多いですが、香りや手入れのしやすさはCOBITSUを使う体験を大きく左右するため、様々な仮説を立てて検証するこのプロセスも、少しユニークなデザインの大事な1ステップとなりました。

専門家や友人へのインタビューでさらに磨きをかける

ここまででかなりデザインや仕様は固まってきたため、数名のお米のプロに試作品を実際使っていただき、インタビューさせていただきました。
通常のプラタッパーやラップと異なり、ベチャ付きなくふっくら仕上がることは高評価でしたが、いくつか課題が浮かび上がってきました。

お米サービスデザイナー・ごはんソムリエのたにりりさんからは、容量を2割ほど増やすとたくさん食べたい人でも満足でき、少食の人だとちょっとしたお弁当箱として使えるというご意見を頂き、200mlだった容量を270ml(1.5合)に増やすことにしました。

また、コーティングをしていてもまだ桧の香りが強いというご意見が多かったので、コーティングを二重にしたり、COBITSUの使い方を広げられるよう桧の香りと合うレシピをたにりりさんに考案していただくこととなりました。

お米のプロ以外にも、友人に会った時に見せたところ、想定価格よりも安く感じるという意見をもらいました。少しでも軽く・コンパクトにするために、わざわざ薄く削る手間をかけて板厚を5mmに薄くしていたのですが、それゆえに枡のずっしりとした重厚感や高級感が損なわれていたのです。
目からウロコでしたが、少々収納性は落ちるものの、製造原価を少しでも下げられ、高級感も出る板厚8mmに変更することとなりました。

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COBITSUの試作品の変遷

開発の終盤になっても仕様の変更が可能なのは、まさしく金型などが不要なため試行錯誤がしやすいという枡の性質と、パラメトリックに設計変更が可能な3D CADの柔軟性、大橋量器さんのベンチャー企業顔負けのスピード感によるものでした。

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完成したCOBITSU

そしてMakuakeへの挑戦へ

このように最後の最後まで調整・改善を続け、たにりりさんからも良くなったと太鼓判をいただき、完成を迎えました。

そしてCOBITSUのデビュー先として、Makuakeでの応援購入を募ることとなりました!

ここまで様々な検証を重ねてきたCOBITSUですが、本当にお客様に喜んでいただけるものにできたのかをMakuakeで実証するのが次なるステップとなります。

さらに、オベリスク形状を採用したため通常の枡の製造機械を使うことができず、本格的に量産するためには新たな設備投資が必要となるため、集まったお金の一部はそのための資金としても活用したいと考えています。

大橋量器さんのコロナ禍で売上が最大75%減少するという逆風の中、新しく見つけた食卓を枡で彩ることで人々を幸せにしたいというミッションの元に誕生したCOBITSU。
ぜひみなさまもCOBITSUをMakuakeで応援していただき、そして枡でいただくご飯を実際に楽しんでみてください。
そして、さらにCOBITSUの体験をよりよくデザインしていくため、今度はみなさまからもCOBITSUへのフィードバックをいただければ幸いです。

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おわりに

最終回、内容特盛となってしまいましたが、最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。

全4回で、本職UI/UXデザイナーが”枡”というモノに対してUXデザイン的なアプローチを適用し、何を作るか考えるところからスタートしてたった約4ヶ月の短期間、それも工房見学以外はフルリモートという、ちょっと変わったデザインプロセスをご紹介いたしました。

しかしUXデザインと考えると、商品の完成がゴールではなく、商品がお客様=ユーザーに使われてからがようやく本当の市場フィードバックが得られるスタート地点です。
COBITSUがお客様の手に渡ってからのお話も、いつかこのnoteでお話できればと思っています。

今後ともCOBITSUを、〼〼(ますます)よろしくお願いいたし〼!
また、一般販売は10月を予定していますが、お得な割引クーポンの予約を受付中なので、ご興味お持ちの方はお早めにどうぞ!


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