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5. 本番前最後の練習

私の先生は、「全力」という言葉が大好きだった


よく言われる言葉がある。

「練習は本番のように、本番は練習のように」

1回1回の練習に本気で取り組むことに繋がるこの言葉は、価値のあるものだと思う。

音楽室での最後の練習。

教室にはもちろんキーボードはあるけどピアノはない。

ピアノがある音楽室での練習は貴重だった。


「これが本番だと思って歌ってください」

指揮者や先生はこのセリフをよく言った。

合唱曲「流浪の民」はソロパートもあって、やや長めの曲だと思う。

出だしもインパクトが強い。

どちらかといえばかっこいい曲で、メッセージの強い感動できる曲、という感じではない。




「先生、今日みんなの歌聴いて泣いてたよ。」

当時指揮者を務めていた友達の言葉は、今でも忘れられない。

まだ金賞を取ることができたわけではないのに。

ベストな歌声を届けられたわけではないのに。

それでも先生が歌を聴いて泣いてくれたことが

言葉に表せないほどうれしかった。

表現できない喜びだった。


みんなの歌がすごく良くて泣いたのか、

合唱コンクールも最後だと思って感慨深くて泣いたのか、

このクラスで歌を創っていくことが出来て良かったと思って泣いたのか、

うまくいかない時期を乗り越えてここまで来れたことに泣いていたのか、

理由は今でもわからないし、尋ねるつもりもない。


でもその歌に、先生に”伝わる”何かがあったのだとすれば

きっとそれは、3年連続金賞を取ることより何倍も何十倍も、

価値があることだろうな、と思う。



本番を合わせても先生が涙を流していたのはこの時だけだったようだ。

今振り返ると、本番以上に

あるいは本番と同じくらい、あの時音楽室で歌った歌は

素晴らしいものであったように思える。




次はいよいよ、本番の話だ。

ほどよい緊張感に包まれながら、私たちは本番を迎えた。

つづく。


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