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2020年ブックレビュー『ペスト』(アルベール・カミュ著)

新型コロナウィルスが世界で猛威をふるい始めると、カミュ「ペスト」が本屋から消えた。やっと手に入れて読めた。

新聞やNHKのEテレ番組「100分deで名著」でも取り上げられたように、コロナ禍にある現実とリンクする場面は多い。医師の助言を認めようとせず、現実を直視しないで初動を遅らせる行政、自暴自棄や疑心暗鬼になる人々、患者と向き合い、できることを精いっぱいしようとする医療従事者の姿。

「いや、そっくりやん( ゚Д゚)」
と、この本を読んでつぶやいたのは、私だけではないはずだ。

戦時下でレジスタント運動に身を投じていたカミュは、戦後に書いたこの物語で、疫病の「ペスト」をナチスドイツのの隠喩として表現した。戦争や迫害といった「不条理」をペストに置き換え、立ち向かう人々を物語の中に落とし込んだのだ。

しかし、どうだろう。今、「ペスト」を読む私たちにとって、80年近く前に発表されたこの小説はコロナ禍であえぐ私たちの指針そのものだ。

舞台はアルジェリアのオラン市。ネズミの死骸が街のあちこちでみつかるようになり、やがて病(ペスト)によるおびただしい死者が出るようになる。主人公の医師リウーら医療関係者は「ペスト」だと断定するが、市当局は及び腰だ。死者は右肩上がりに増え続け、市当局は街を封鎖せざるを得なくなる。パニックになる住人たち。リウーや友人のタルー、役人のグランは「保健隊」を組織し、病に倒れた人々を懸命に看病するー。

カミュの「ペスト」がなぜ「不条理文学」なのか、私は読み終えた後、少し理解できた気になっている。何の罪もない人たちの命を奪う疫病は人々にとって不条理だ。やっと終息を迎えそうになった時、ペストは最後の力を振り絞るかのように、リウーにとって大切な友人タル―の命さえ、理不尽にも奪ってしまう。

一方で、私たちの現実も「不条理」に満ちている。効果が疑問視されていたガーゼ製マスクを多額の税金をかけてばらまいた安倍政権(私たちの周囲で、アベノマスクを愛用している人が何人いるだろう?)。さらには、不要不急の外出は慎もうと国民に呼び掛ける政府が、力を入れて推進する「Go To キャンペーン」。挙げればキリがない。

そして、感染した人たちを非難して傷つける一部の人たち。
これを不条理と呼ばずして、何と言えばいいのだろう。

物語では、ペストをきっかけに人生観や考え方を変える人々が描かれる。新聞記者のランベールはたまたま訪れたオランで、ペストによる都市封鎖に巻き込まれ、脱出を試みようとするが、心変わりしてリウーたちの保険隊で働き始める。ペストが終息した時、ランベールは自分の意識が社会モラルに向かっていると、自覚する。

私たちもきっと、コロナ禍を経験して変わるのだろう。
それが良い方向であればと願う。



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